第13話 自分の選んだ方じゃなくていいんですか?
「……何だかご機嫌だね?」
「フフフッ、そうですかね?」
ライオの机の傍らにいつもの通りバスケットを置いたソフィー。いつもはそのバスケットを受け取ったライオが自らバスケットを開き、中身をいただくのだがこの日ばかりは違った。
ライオがバスケットに手を出す前に、ソフィーがバスケットを開いたのだ、そしてその中にあったのは、3つの大きなパン。
「今日はパンの中に具を包んだ料理を持ってきたのですが……ちょっとこの料理を用意するのに手間がかかって私もお昼ご飯を食べ損ねたんです。1個は自分用に持ってきたものなので、一緒にいただいてもいいですか?」
ここで料理を作ってきてごちそうになっている相手に「食べるな」と言うほどライオも心は狭くないつもりだ、だからこそ「どうぞ」とライオは答える。その答えを受けてうれしそうにソフィーはバスケットに手を伸ばそうとして……そして固まる。
「あの、ところでライオさんは辛いものって大丈夫ですか?」
「うーん、あまり辛い物は得意じゃないかな。どうしてだい?」
「いえ、私用に激辛のを一緒に入れたんですが……どれが辛い物かが分からなくて……」
ソフィーがちょっと困ったような表情を見せる。
「……中を割って確認すればいいのではないかい?」
「中身を見ても大して差が無いから分からないと思います。どうしましょうか?」
ここでライオは考えを巡らせる。ソフィーを何となく見つめると……どことなくニヤニヤしているように見える……もしかして……
「ソフィーちゃん、もしかして、どれが辛いものか分かってるの?」
「あはは、流石にライオさんにはバレましたか、実は知ってます」
ペロッと舌を出しおどけるソフィー、だがそれだけではないようだ。ソフィーは続ける。
「今日のこの料理は私とマリナさんとエミーさんの3人で作ったんですよ……それでその……マリナさんが先日ライオさんの出した質問にちょっとご立腹でして……」
「あぁ……」
ライオは昨日の夕食時の様子を思い出す。いつもなら真っ先にマリナがライオのオーダーを受けるのがマリナというのが日常であったものの、昨日だけはエミーがライオの注文を取ったのだった。
別にマリナがお休みの日と言う訳では無かったが、ライオがマリナを見るとマリナが「つーん」と目線を逸らしていたのだが……なるほど、ちょっと意地悪し過ぎたのかもしれない。
「つまり、この中にはソフィーちゃんの作った辛いパンと、マリナちゃんが作ったイタズラ込みのパンがあると……そうなると、エミーちゃんの作ったパンを選択しなきゃならないのか……」
「ごめんなさい、私がどれを作ったのかは分かるのですが、エミーさんとマリナさんの作ったのがどれかは分からないです……」
そうなると……とライオは思考を巡らせる。3つのうち、当たりは1つ。そうなると……当てる確率を上げなければならないだろう。
「それじゃ……私はこれをいただこうか。ソフィーちゃんも自分のを取っちゃいな」
ライオは考えた上で左のパンを手に取る。そしてその後にソフィーが真ん中のパンを手に取る。
「それがソフィーちゃんの作ったパンかな?」
「ええ、これが私の作ったパンですね、ライオさんは今手に取ったパンを食べるんですか?」
「……いや、やっぱり右のパンをもらおうか」
ライオは手に取っていたパンをバスケットに戻し、右のパンを手に取りなおす。
「え? 自分の選んだ方じゃなくていいんですか?」
「ああ、複数の選択肢から1個のあたりを選ぶ場合、こうした方が当たりを引く確率が高いんだよ」
「……ああ、なるほど」
ソフィーは一瞬考えたものの、すぐに理解をしたのか首を大きく盾に振る。
「いただきます」
2人はそのままパンにかぶりつき、そして……
「!!??」
ライオが見悶えする。ものすごい空さに口の中に痛みが走ったのだ。
「ラ、ライオさん、大丈夫ですか!?」
あまりの激痛に口元を抑え声も出せずに伏せながら身を悶えている。
「ラ、ライオさん! はい、飲み物です!!」
ソフィーから飲み物を受け取りライオは一気に飲み干す、そして何とか口の痛みを流し込む。
「ふぅ……何とか、落ち着いた」
「さ、災難でしたね……でも、当たりを引く確率が上がったのにハズれてしまいましたね」
「まあ、あくまで確率だからね……あー、口が痛い」
と言いつつライオはもう一つのパンに手を伸ばし、そのパンを食べようとするのだが……ソフィーはふと不思議になり頭を傾げる。
(あれ? でもライオさんがさっき食べたパンは確かエミーさんが作ったパンだったはずだったのにどうしてライオさんは食べられなかったんだろう?)
ライオはパンをパクッと口に含み、そしてそのまま
「~~~!!!!」
再び悶え始める。先程のパンが辛すぎてまだ味覚が麻痺してる感じだが、それよりも今度は違った辛さを感じたのだ。鼻にツーンとした痛みが走り、そのまま目まで痛みが通る。涙が止まらなくなる。
「ま、まさかどっちもハズレだったなんて……」
ライオは苦しそうにそう告げると、机に突っ伏してしまう。
「ラ、ライオさん!! しっかりしてください!!」
◇
酒場でマリナとエミーが昼食を取っている。その昼食は先程ライオが食べたパンと同じものである。だが当然ながらマリナのパンはイタズラが仕込まれていないパンである。
「ねえ、私のとエミーちゃんのパン、1個交換しない?」
「はい、いいですよ」
マリナとしては後輩であるエミーの料理の腕を確認したいという考えもあり、エミーにパンをお互いに交換する事とした。エミーは働き始めてからずっとウェイターとして働いているため、料理に関わったのは実は初めてなのだ。
マリナはエミーの作ったパンをパクッと齧り……
「!!!!!」
マリナは体中からドバッと汗を吹き出し、そのまま声にならない叫びを上げながら悶える。
「マ、マリナさん!? 大丈夫ですか!?」
マリナはテーブルに置いてあった飲み物を一気に飲みこみ、そして息を整えてからエミーに告げる。
「エミーちゃん……これ、イタズラ用なの? ちょっと辛すぎない……?」
「え? 普通の辛さじゃないですか?」
エミーは顔色一つ変えずに自分の作ったパンを食べ続けている、その光景はマリナにとってはある意味恐怖であった。
「もしかして……ソフィーちゃんがライオさんの所に持って行ったのも……?」
「はい、普通の辛さです」
マリナは心の中でライオに謝罪した。てっきり自分の作ったイタズラパンとソフィーの作った辛いパンがハズレで、普通に作ったと言うエミーのパンが当たり、みたいなロシアンルーレット的な事をしてやろうとしたのだが……ある意味アタリとして設定したパンがまさかの爆弾だったのだ。
流石にライオに悪いと思ったのか、マリナはその日の夜にライオに謝罪をした。ライオもちょっとやりすぎたかもとお互いに謝罪し、この全てハズレのロシアンルーレット事件は幕を下ろした。
「ところでライオさん、2つのパンどうしたの?」
「食べたよ、ちょっとお腹の調子が悪くなったけど、作ってもらった物を残すのは失礼だからね」