競争
角兜のドワーフの瞳をしっかりと見つめ返す。
陰口をあえて聞こえるよう叩かれたのは、度胸を試されているのだろう。
ここで聞こえなかったふりをすれば、エスカレートする可能性もある。
最悪だ。標的にされた側にしてみれば面白いことなどこれっぽっちもない。黙っていれば仲間が馬鹿にされるかもしれない。それはさらに面白くない。
拳と腹に力を込め、背筋は鞭をいれたように伸ばし、肺に思いきり空気を取り込む。
『お会いできて光栄です!"重装歩兵団"の皆様!私の名はケットと申します!仰る通り、私は冒険者としても戦士としても、まだまだ力不足!優秀な仲間に恵まれた為、なんとかこうしてっ!生きながらえることがっ!できておりますっ!』
俺が教官から教わったのは剣の技だけではないのだということを伝えねば。
今は俺が"重装歩兵団"の存在を知っており、自分の力量を過信しているわけでもないということが全面的に伝わればいい。
俺は冒険者であると同時に駆け出しの戦士。この王国を古くから支えてきたであろう"重装歩兵団"は俺の憧れだ、という感じで。傾きは美しい45度を。渾身の最敬礼を御見舞する。
顔を見合わせるドワーフ達。
「…無能そうだが無知ではないらしい。ゴルドールめ、挨拶くらいはできるようにしたみてぇだな。リーダーのガルガンだ。」
『光栄です!ガルガン様!私のような者にまで目をかけて頂いて!』
ドワーフ達がやや面倒臭そうな表情へと変わる。
少しやりすぎたろうか。
「ふん。そんなんじゃねぇ。とにかく、この依頼は俺達のもんだ。行くぞ。」
そう言うと、ドワーフの一団はその重厚な甲冑の音色を響かせながら入口の櫓へと進んでいった。
「あんな重たそうな奴らだったら、途中で追い抜けちゃうんじゃないかな。」
チャンスが彼らの後ろ姿を見ながら首を傾げる。
「あのリーダー。腕にブルーリボンを巻いてた。昇降機を使うんだと思う。」
アレクシアが応えた。視界の悪そうな兜なのによく見ている。
なるほど。武具や鎧にばかり眼を奪われて気づかなかった。
迷宮は魔力に満ち溢れているが、建設などといった人の手が絶対不可侵というわけでもないらしい。その証に、かつての国王は迷宮の攻略を捗らせる為、多大な犠牲を払いながらも迷宮内を往来する昇降機を築き上げてみせた。
その昇降機を利用することで、判明している全十層のうちのかなりの深層まで迅速に移動することができる。
しかし下層ほど危険な魔物が多い為、昇降機は誰にでも利用できるわけではない。
実績、名声など、細やかな評価基準は不明だが王国から認可が降りることがあり、その利用許可証がブルーリボンと呼ばれる青い帯だ。とはいっても恐らくただの布きれではなく、"魔球具"のように魔力の細工でも施された判別道具なのだろう。
確かに三層へ降りるためには二層の恐ろしく長いうずまき回廊を通る必要があり、そこが一つの難所となるだろう。
ウサギが三層のどのあたりにいるかは運にもよるところだが、二層の移動を省くとなると、かなりのショートカットとなるはずだ。
「それにしても、ドワーフのオヤジ共なんかに、あんなに頭下げなくても良かったのに。」
不満そうな口調でアレクシアがぼやく。
「"マグレアタリ"だなんて呼ばせないわ。ね?」
彼女の問いかけに、みんな力強く頷いてくれた。
『ありがとう。』
俺達も迷宮へと急いだ。