マンアットアームズ
迷宮突入の受付所を目指して、砦の中を進んでいく。
アレクシアから"断頭兎"とやらの言い伝えを聞いてからというもの、首筋が寒くて仕方がない。
アレクシアの方はと言えば俺に恐怖を伝播させたことで気が楽になったのか「まぁどっちにしたってやることをやるだけよね。」などと開き直り、頑丈そうなバケツ兜で頭部をすっぽりと覆ったのだった。
砦中央部の受付区域に到着すると、それぞれ受付係の兵士による冒険者照合を済ます。
前回のような修繕作業等はないので今回支給されるのは魔球具のみだ。
この魔球具のおかげで、当初の目的ではなかった"依頼"や"討伐"の事後報告が可能となるため、特別な理由や目的などなくても冒険者や"喚ばれし者"であれば迷宮に入ることができる。
が、一応国家ぐるみで迷宮に挑んでいて、少なからず支援を受けている身であるので最低限の情報共有くらいはするべきだと思う。この社会に生きる者としては。
「今回潜られる目的は何かありますか?」
全員が魔球具の装着を終えたところで兵士が訊ねてきた。
『三層へ行きます。ウサギを捕まえに。』
「貴方がたもですか。随分と活きの良いウサギなんですね。お気をつけて。」
この兵士は突入の受付が主な役目であって、帰還報告にはあまり携わっていないのだろう。捕獲に失敗した者達が戻ってきていない事実を知ったらそんな言葉はでない。
そういった意味では酒場や宿屋なんかの主人のほうがよっぽど"依頼"や"冒険者"の情勢について精通している。そして誰が出発していって、誰を最近見なくなったかを知っている。それが料理の味に飽きてしまっただとか、寝具が合わなかったなどという理由であることは幸いなことに、いや、残念ながらほとんどない。
いざ出発というところで野太い男の声が響いた。
「おい"マグレアタリ"殿もウサギを捕まえに行くんだとよ。」
「ガッハッハ!可哀想に!じゃあ今回はハズレだな!なんせ俺達が先に捕まえちまう!」
6人の重厚な鎧兜に身を包んだ一団。武器や盾もうっとりするほど見事な物ばかりだ。前衛らしき3名はそれぞれが身をすっかり隠せてしまいそうな大盾を装備している。それぞれの盾に刻まれている交差した鉄槌の紋章は家紋かなんかだろうか。
後衛らしき2名は大きな弩と矢筒を携え、鞘には剣を収めている。
リーダーらしき男は巨大な重々しい両手槌を重力に委ね、重心を地面に預ける形で休ませている。
あげたバイザーの下から覗く顔はどれも大きな団子っ鼻を中心にして豪快な髭が覆いつくしている。
太い眉の下の大きな目玉からはとても友好的とは言えない眼差しが俺に向けられていた。
大柄といえば大柄なのだが、身長は俺のような人間と比べて格別高いというわけではない。
だが6人とも、その縦の分は横に回しましたとでも言うかのような巨漢である。多くの戦闘の痕跡を残しつつも、それでいてよく手入れされた鈍く輝く重厚な甲冑の下には、岩山のように鍛え抜かれた身体が宿っているのだろう。
この王国出身のドワーフ族のみで結成されているパーティー"重装歩兵団"だ。戦士のみで構成されている点も特徴的で、その個々の戦闘技術の高さ、高性能な武具、熟練の連携により、魔術や奇跡なしで活躍しているパーティーである。
メンアットアームズと呼ぶ者もいるが、チーム名や固有名詞といったところなので前者で呼ぶ者のほうが多い。
直接の面識はないが、彼らのパーティーリーダーを戦士ギルドで見かけたことがある。水牛の角を模した鋼鉄が天に向かって勇ましく生えている印象的な兜。
戦士の訓練所の教官から聞いた話ではこの王国の誰もが"喚ばれし者"を歓迎しているわけではない。
中には、異界からの冒険者を厄介者扱いする者達もいる。もともとドワーフ族というのは頑固気質の者が多く、迷宮の問題はこの王国で生まれ育った自分達自身で解決するべきだと強く主張する者が多いのだそうだ。
それはそれで別に殊勝なことなんだが、彼らは思ったことをすぐ口にする性分らしい。
"マグレアタリ"というのは俺が初の迷宮探索にして"育ち盛りのエメラルド"を"運良く"討伐し、スライムとしては異例の金貨100枚を報酬として手に入れてからついたあだ名のようだ。
もっとも、"臆病者"だとか"弱虫"だとか呼ばれるよりはあまり気になっていないというのが素直な心境だ。
「まぁそのへんにしといてやれ。だがこいつの言ったことはその通りだ。今回おめえらに出番はねぇ。」
角兜のドワーフは威嚇するように俺達を睨みつけた。