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迷宮日誌② 〜バニーハント〜  作者: ケット・C・ニャンガード
4/11

警告

「くあぁ。ほんとよく寝た。いやぁ、あんなに素晴らしい寝床があるなんてね。もう二度と起きられないかと思ったよ。」


俺達と同じ普通の寝台の部屋だったというのに随分と大げさな表現だ。


武装はしっかりと整っているが、まだまだ眠り足りないといった様子でスゥがロビーに現れる。


常宿である"白騎士亭"にて。時刻は朝7時を差した頃。少し肌寒い。天気は良さそうだ。迷宮に入ってしまえば意味はないが。


今回の依頼クエストは一見魅力的だ。ライバルも少なからずいるだろうということで、気持ちばかし早めに行動を開始することになった。


「おはようございます。スゥさん。さぁ、こちらをどうぞ。目が覚めますよ。」


パストアが鶏出汁スープの入った湯気立つカップをスゥに差し出す。


朝食の時間も内容もほどほどに、俺とパストア、チャンスはスープと蜂蜜を塗ったビスケットで済ませた。


しつこいようだが白騎士亭の朝食は決して豪華ではないが、味は満足のいく内容である。鶏出汁のスープに関してはほぼ毎日でてくるのだが、気候や季節によって香草や塩加減を調整しているようだ。今朝のは塩気は薄かったがピリリと少しだけスパイスの効いたような風味で身体が芯から温まった。


スゥは愛用らしき短い槍と、無理やりまとめて柄を掴んでいた2本の剣を壁に立て掛けてからカップを受け取り、着席するとふぅふぅと息を当てながらスープを啜った。


みるなぁ。」


目が覚めるどころか、サレットの白い翼をはためかせて天へ昇っていってしまいそうな顔をしている。


『ところで、その剣まさか持っていくつもりじゃないですよね。』


「え?」


『え?』


スゥは顔が綻んだまま、俺の言ったことが理解できないというような返事だ。


なぜ人の手が2本しかないのに、鞘もなしに槍に加えてさらに剣を2本持っていこうとするのか。


「置いていったらなくなっちゃうかもしれないじゃないか。」


『ここの宿屋はちゃんと預かっておいてくれるので大丈夫です。』


「もういっそ、そいつも置いていった方がいいんじゃないか。」


いつの間にかシルバが宿に到着していたようで、付き合いきれないといった不機嫌な声を漏らした。


「そんなっ…!あねさん酷いよ!それはあんまりだ!」


いつの間にやらシルバをあねさんなどと馴れ馴れしく呼んでおり親しげに接している。まぁ、シルバの方は全く親しげには見えないのだが。


「私が言うのもなんだが、お前は少しこのへんで下働きでもして世間勉強をしといたほうがいいぞ。」


男性一同は銀色の狼亜人ワーウルフから放たれた全く悪意はないであろう、的ごと吹き飛ばすような豪速球にどうコメントしていいかわからなかった。しかしスゥがめちゃくちゃ世間知らずというか世渡りが下手そうだというのは彼女と一日と付き合っていないにも関わらずメンバー全員の認識が一致しているようだった。


あねさん…。そしてケットくん。パストアさんに…。ええっと…。」


「チャンス。」


不自然な間はチャンス自ら埋めることとなった。


「そう、チャンスくん。今回の件、依頼を引き受けてくれたこと、宿代を立替てくれたことも含めて、本当に感謝してる。…私は元々あちこち戦場を渡り行く兵士でね、とにかく戦いのことくらいしか実はよくわからないんだよ。」


戦い以外を知らぬと公言する彼女に同情するような、少ししんみりとしたような空気が流れる。


「…それでね。我々兵士の楽しみといったら食べることと飲むこと、眠ることくらいなものだったんだけど、ここの寝台の心地良さといったらそれはもう凄まじいものだった。あんなものを味わってしまったら草むらや、そうだな、積まれた藁なんかですら物足りない。私はここで…あの部屋で…もう一泊しなければならないんだ…!」


友の仇を討つ決心を固めたかのようなトーンなのだが内容は全く伴っていない。


「そうですね。がんばりましょう!」


パストアが神が乗り移ったかのような慈しみ溢れる笑顔で彼女を激励すると、スゥは理解してもらえたのが嬉しかったのか「はい…!」とやや涙を浮かべながら二振りの剣を「この子達をお願いします。」と潔く宿の主人に預けた。なんなのだこの茶番は。と、多分シルバも思ってた。


「おはよう。あら、もうみんなお揃いなのね。」


バケツ兜を鉄杖の柄にかけ、左の手甲で金色の髪の寝癖を気にするような仕草をしながらアレクシアが合流した。





買い足しておいた青いツユクサのポーションをチャンスとスゥに1つずつ分け与え、全員が1つずつ所持していることを確認すると、宿を出発した。







迷宮の入口となる砦へと向かう途中。



自然とアレクシアが俺と2人で会話できるような距離を見出して声をかけてきた。



「ケット。あんたも危険だと思ってるんでしょうけど、今回のは私もやばいと思ってる。前回のようにみんな無事とはいかないかも。万が一の時は全滅だけはしちゃダメ。」


今日は宿に着いた時から兜を外しているせいもあってアレクシアの表情が良く見える。


お調子者の印象の彼女だが、どこか沈んでいる。せめて今だけでも少しひんやりした空気を思う存分に吸い込むことで心を落ち着かせたいとでも言うように。


不安は俺も感じている。


前回は初陣ということもあって、なるべく安全な依頼を受けたのだ。結果、無茶をしたとはいえ。


だが今回は、こちらから罠にかかりにいくようなものだ。


この依頼に挑んだ冒険者達の何組が果たしてそういう覚悟で挑んだかは知らないが。


迷宮のウサギ…。


気になって昨晩も図鑑を見返したが、やはりそれらしいものはなかったのだ。


亜人か、あるいは悪意ある冒険者によるウサギを利用したおびき寄せ…。




『…やはり罠だと思うか?』




「そのほうがマシかも。」




少し意味が飲み込めなかった。



















「もしかしたらだけど…そのウサギは絶滅種かも。この街の言い伝えでしか残ってないのよ。それこそ小さい子供を怖がらせる怪談話みたいなね。昨日お母様の夢を見て思い出した。」



絶滅種…?


数百年もあれば確かに生態系は変わるものかもしれないが…。


あるいは危険すぎて冒険者達が徹底的に駆除したとか…?





















『ちなみに、それはどういう…?』















































「言うこと聞かない悪い子は


 さらわれるならまだマシさ。




 言うこと聞かないその耳は


 首ごと"バニー"にはねられる。


 "断頭兎ボーパルバニー"にはねられる。」


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