6人目の仲間
迷宮日誌の続きの短編となります。
さすがに"育ち盛りのエメラルド"はスライムとはいえ、その巨体相応の瘴気を有していたようで、迷宮から帰還して静養を取るとパーティーメンバーそれぞれに様々な恩恵があったようだった。
アレクシアは、第四位階を含めた新たな魔術を幾つか習得したらしい。
パストアは、より即効性の高い治癒などの奇跡を授かったようだ。
チャンスは、最近よくいいことが起こるらしい。
シルバは、表情が柔らかくなった。
俺はと言えば身体能力が向上した気がする。
なんと言い表したら良いか、巡っている血の量が増えたような活性化したような、身体が軽くなったような。
身体に良い意味での異変を感じた朝、少し期待をしながら改めて老魔術師に魔術の適正を見てもらったが、それは結局一切なかった。
老魔術師の横に無駄に同席したアレクシアの嘲笑の眼差しといったら腹立たしいことこのうえなかった。
神様仏様からの啓示も今の所何もなかったし、奇跡と魔術とは相変わらず無縁の身体で過ごしていくことになるんだろう。
特別大きな力を手にしたというわけではなかったが、一度迷宮から生還できたというのは幾分か確かな自信となっており、剣の動きは冴えていた。
そこで一つ新たに考案したのが、投擲ベルトという装具だ。
特別な素材や魔術が宿っているものでもない為、作成費用もあまりかからずに済んでいる。
魔術や奇跡も使えず、剣術も軒並み優れたわけではない俺は何か特別な技能でもないと生き抜けないと痛感した。
RPGなどを始めとしたほとんどのゲームでは攻撃などをもらえば体力やらヒットポイントを失うが、攻撃力は落ちなかったり、逆に上がるパターンなどがあったりするものだが、現実の戦闘では攻撃をもらえばもらうほど失血したり目眩がしたりで劣勢となり、攻撃の威力は落ち、機会は減る。残念ながらそこにドラマ性や胸熱展開というのはあまり期待できない。死んで寺院に運ばれるか、死んでそのままかのどちらかだ。
つまり、先制攻撃というのには非常に大きな利点がある。
では自分にはどんな先制攻撃が可能なのかを考えてみた。
剣圧を飛ばせたりするわけでもなく、火を吹いたり目から光線を放つこともできない。
結局思いついたのが、"投げる"ことだった。
いま必死に練習しだしたばかりなので、精度はまだまだなのだが、思えば自分の元いた世界では何かと球技に触れる機会はあったのだ。
全く知識も経験もない特技を研鑽するよりも、実戦に昇華できそうな感じはある。
右腰から尻あたりにかけ、野球のボール程度の鉄球袋を3つと、あとは何か短剣などの適当な武器の柄をひっかけられるホルダーを設けた丈夫な革製腰ベルト。
剣の鞘は左側だ。
俺の右手は今後、剣を抜くために左腰へ動くか、投擲をするために右腰へ動くかという2択になる。
迷宮には扉が多いため、小部屋への突入戦などには抜剣状態で対応し、通路や大部屋なら投擲が活躍する場面もあるかもと思っている。
敵に逆手に取られたらどうするかと思われるかもしれないが、まず迷宮には獣や甲虫というそもそも道具を使用しない魔物も多く、そういう種族に対しては一方的に有利に働くかもしれない。
人型の相手と接敵した場合、むしろ人だからこそ徒手空拳ということは滅多になく、使い馴染んだ得物を使用するはず。それを一度手放してまで俺の放った鉄球を拾って投げ返すだろうか。
という魂胆だ。まぁ物を投げて一撃で仕留めようなどとは思っておらず、牽制になればそれでいいくらいに思っている。
さて。
最初の迷宮探索から一週間、各々が休息を取り終えた天気の良い昼下がり。
翼馬の酒場にて顔を合わせ、昼食でも取りながらそれぞれの近況や変化について交換しあい、次の計画を練ろうということになったのだ。
野菜料理や肉料理など適当に注文したものが長方形のテーブルに揃い、思い思いに料理を口に運び、とりあえずは空腹を満たしているところで、突然女性に声をかけられた。三つ編みに束ねられた長い後ろ髪やその容姿を見ていなかったなら、青年に声をかけられたと勘違いしたかもしれない。
「お食事中失礼、いまちょっといいかな?」
突然の出来事に意表を突かれた俺たちは、顔を見合わせ、特に断る理由が思い浮かばないまま彼女の着席を許した。
白い翼の羽飾りが頭の上から生えるようにしてくっついた銅のサレット。
サレットの下からは赤みがかったこれまたブロンズの巻き毛が両の眼にかからない絶妙な位置取りでくるりと跳ね出ている。
透き通るようなブルーの瞳は、長いまつ毛もあいまって引き込まれるような強烈な目力だ。
肌は雪のように白いのだが、華奢という印象は受けない。顔と首、腕くらいしか肌を露出しておらず、その装着している銅製の甲冑があまりに彼女に馴染んで見えるからなのだろうか。素顔だけ見れば20から30くらいの北欧人女性といった風なのだが、ここ2、3日で武装を整えましたといった風ではなさそうだった。
口調や、堂々たる立ち振る舞い、声の雰囲気などから、元いた世界の女性のみで構成された有名歌劇団の男役とかにいそうだった。
彼女は簡素な木製の柄のショートスピアと、二本の全長50cm程度の細身の剣を抜身のまま近くの壁にたてかけると、何から語るべきか思案した様子のまま着席した。