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「おい優介、お前、載ってるじゃねぇか!」
コンテストの結果をスマホで確認した源太が、喜んで優介の肩を叩いた。それは、審査員特別賞で言わば本戦とは無関係の賞だったが、それでも優介は、嬉しかった。
そんな優介を晶も横から祝福した。
「でも悪かったね。ギター、うちの婆ちゃんを助けるために壊しちゃったんだろ。それさえなけりゃもっと……」
「そんな事ないよ。気にしないで晶」
慌てて首を振る優介に源太が聞いた。
「で、これからどうするんだ優介?」
二人に見つめられ優介は、頭を掻きながら答えた。
「当分は、バイトかな」
壊れたギターも早く修復しなくてはならない。そのためには当面の資金が必要だった。
「それならいいバイトがあるよ」
晶が弾んだ声で言った。その提案によれば、知り合いの音楽関係の舞台設営等を手がける事務所が、今、人を募集していると言うのだ。
「音楽業界を裏から見れるチャンスだよ」
そう言う晶に優介は、二つ返事でうなずいた。
「頼むよ晶、僕を紹介して欲しい」
「分かった。任せて。大将に連絡するよ」
晶は、すぐさまスマホで連絡を取った。やがて、了承を得た晶が優介に言った。
「今日から来ていいってさ」
「ありがとう、晶」
礼を言う優介を晶は、意味深に見ている。
「な、何?」
「フフッ、大将はね。アーティストを見抜く達人なんだ」
「アーティストを見抜く……達人?」
思わず優介は、聞き返した。
「あぁ、優介はどう評価されるか楽しみだよ」
晶は優介を見てクスッと笑った。
やがて、授業が終わり、晶に紹介されたバイト先へと向かった優介は、そこでいかにもな男性に会い、頭を下げて近づいた。
「あ、あの……僕、晶から紹介された小磯優介です……」
「おぅ。お前か。オレは現場監督の伊達だ」
太い声で話す伊達は、優介をじろっと睨んだ。
「な、何か?」
タジタジになって尋ねる優介に伊達は、言った。
「オーラがない。なんでお前みたいな奴、晶は寄こしたんだか……まぁ、いい。カネ払う以上は、しっかり働いてもらうぜ」
やがて、着替えた優介は、伊達の下でビッシリ働かされた。あちこちの資材やら道具を運び込み額に汗を流す優介に伊達の罵声が次々に飛び、優介はヘトヘトになってしまった。
そんな優介に伊達は、笑って言った。
「なんだ、最近の若いのは足腰がなってねぇな」
だが、その表情は満更でもなさそうだ。
「まぁいい。優介、休憩だ」
「あ、はい」
優介は、資材に腰掛ける伊達の横に座った。
「いいか、優介。数パーセントだ」
突然の話に優介は訳が分からない。
「ミュージシャンとしてやっていける奴の比率だ」
伊達は補足し、リストに載っている設営会場でパフォーマンスをする予定になっているグループを指差し弾いた。
「コイツもダメ、コイツもイマイチ……オレには分かる。才能ってのは一目で分かるもんだからな」
「で、でも才能だけじゃなく何割かは努力も影響するんじゃないですか?」
そう恐る恐る尋ねる優介に伊達は、かぶりを振った。
「違う。百パーセント才能だ」
「百パーセント……」
「そう。その百パーセントの才能の上に百パーセントの努力だ」
伊達は、そう言い切り、あるシンガーの名を指差し続けた。
「例えばコイツ、コイツは今はまだ芽が出てねえが紛れもなく才能がある。それも他のメンバーは音楽がなくてもやっていける奴ばかりだ。だがコイツは、音楽以外に世の中に使い道がねぇってくらいの天才だ。いずれ時代を掴むだろう。あとはこの辺とかは、まぁまぁやるんじゃねぇか?」
次々に評価を下す伊達に優介は、言葉が出ない。
「オレは消えて行った連中をいっぱい見てきた。つくづく思う。残酷な世界だと」
伊達は、一息つき優介の顔を見た。
「で、優介。お前はどうなんだ?。そんな世界に入って行く覚悟はあるのか?」
「覚悟……」
優介は、そこまで言われると何も言えずに黙りこくってしまうのだった。
バイトを終えて帰路についた優介は、悩んでいた。
「百パーセントの才能の上に百パーセントの努力……かぁ」
その重い現実を前に優介の足取りは重い。伊達の言っていたセリフが頭にこびりついて離れなかった。
「僕は甘かったのかな」
そんな事を思いながら、いつしか晶に電話をかけていた。
「それで、どうだった?」
電話越しに尋ねる晶に優介は、溜息混じりにありのままを報告した。それを聞いた晶は言った。
「本当かい?」
その声は歓喜に弾んでいる。
「優介、それだけ言われたって事は相当気に入られたって事だよ」
「えっ?、そうなの?」
思わず優介は、拍子抜けになった。
「そうさ、へぇ。あの気難しい大将がねぇ」
意外そうに感心する晶に優介は、言葉が出ない。やがて、晶は言った。
「優介、才能があるかないかなんて悩む必要ないよ。それは人が判断する事だからね。優介は今出来る精一杯の事をやったらいい」
「そ、そうかな」
「そうだよ」
晶は、さらに断言し、言った。
「私は優介の歌、好きだよ」
「あ、ありがとう晶」
「じゃあ切るよ」
そこで電話は途切れ、優介は通話が終わったばかりのスマホをしばらく眺めて続けた。確かに晶の言う通りだった。才能はあくまで人が判断する事で自分が思い悩んでもどうしようもない事なのだ。
「そうだ。僕は僕でやれる限りの事をやろう……」
そう思い直し、再び家へと帰って行った。その足取りはいつしか軽くなっていた。