ミッドウェーの防衛
「第一次攻撃隊はミッドウェーの飛行場の爆撃に成功。しかし、同島の基地能力を完全に失っておらず、第二次攻撃が必要とのことです」
幕僚の報告に、ウイリアム・ハルゼー中将は、満足げに頷いた。
「当然だ。我が軍自慢の精鋭達だからな。第二次攻撃隊の発艦を急がせろ」
「はっ」
ハルゼーはこの任務に非常な熱意を抱いていた。それも以前ミッドウェーで行われた海戦に由来している。彼はこの太平洋の衰勢を期した戦いが発生していた時、皮膚病に犯され、海軍病院に入院していたのである。
彼がいたからといって、どうにかなる戦いであったとは思えない。帝国海軍は空母の隻数において有利であったし、艦載機の運用も、自分があの場所にいたとしても同じ行動を取っていただろうと思うものであった。
だからこそ、悔しいのだ。自分があの戦いに、出ずにいたことが。ましてや、彼の親友でも有り、艦隊を預けたレイモンド・スプルーアンス中将が、敗退と空母三隻喪失の責任を負わされて、艦隊司令部の椅子を退かされてしまった事も、彼の悔しさを増幅させていた。本来であるならば、あそこにいたのは自分で有り、敗戦の責任も自分が負うものであった。それを、スプルーアンスに被せてしまった。そういった後ろめたさの様なものを彼は感じていたのだった。
「……ジャップめ……この恨みは、一年分の利子を付けてたっぷり返してやる……」
彼はその思いを胸にこの海戦に挑んでいた。
「早く、整備を急がせろ!第二波が来るぞ!」
ミッドウェーでは、三本の滑走路がある。その全てが、米軍の爆撃にさらされたのであるが、守備隊はその内の一本のみを集中して修理することで、何とか発着を済ませられるようにしたのである。
防衛と言っても、敵攻撃隊が来る直前に飛び立ったのでは、意味が無い。それまでに、十分な高度を稼がなければいけない。そうなると、攻撃隊が襲来する数分前までには飛び立っていなければならない計算になる。時間は、余りない。
米軍の第二波攻撃隊が襲来した時には、出撃可能な七二機の半分、三五機が漸く飛び上がった時であった。十分に高度が稼げていたのは、更にその半分程度しか無かった。
零戦は、圧倒的に不利な状況下で、臆せずに向かっていったが、F6Fの群れに、攻め困れ、戦闘機同しの戦闘に忙殺されていった。その後に、飛び立てた零戦が次々に向かっていくが、戦闘機の壁は厚く、中々突破できずにいた。
「……ほう……」
F6Fに搭乗している、ニーゲ・ノイズ二等兵は、思わず感嘆を漏らした。
出撃前に、聞いた話では、ミッドウェーの航空能力は奪われていたはずである。しかし、目の前には日の丸を翼に記した機体が上空を待っているでは無いか!
「……どうやら、ジャップも中々やるようだな。しかし、機対数では有利このまま押し切らせて貰う」
ノイズは、F4Fの操縦桿を引きつけ、空戦に入っていった。
空を切り裂くようにして、急降下したドーントレスが空中でひらりと翻った。黒い影がドーントレスより分離し、地表に吸い込まれる。突如、轟音が響き渡り、火焔が閃き、爆風が地表を走り、土煙を起こした。
「最後の滑走路もやられたか……」
ミッドウェー守備隊を率いる、真島久志大佐は、入ってきた報告に、耳を傾けた。彼がいるのは島の地下に掘られた人工洞窟の中にある司令部である。ミッドウェーはその特性上守備しか出来ず、敵の航空攻撃に長時間さらされることが予想された。そのため、指揮に必要な物は、そのほぼ全てが地下に形成されていた。
「せめて、今日は持ってくれる物と考えていたが……」
「米軍の兵力は予想以上でした。二度の攻撃で二度ともこちらを上回る数を出してきています。それに米軍も我々の零戦に有効な戦術を形成しているらしく、これまでとは動きが違い、零戦隊も十分な活躍が出来ていない事も理由の一つかと」
参謀長の是山中佐が彼の言葉に応える。
「新型零戦でも、厳しいか」
「どうやら、そのようです」
「……ふむ。情報は入って来ていないが、機動部隊は既にこちらに向かってきているはずだ。今の情報を彼らに伝える必要があるな……丁度、この攻撃が本日最後となるだろう。搭乗員にはしっかり休んで貰いたいところだが、敵の新戦術とやらを聞いてきてくれ」
八月二四日、一八時。ハルゼーは、フウ……と大きく息を吐いた。
そして、本番はこれからだ……と自分自身に言い聞かせた。
ミッドウェーの活動は、二日目を終えようとする日に、ようやく沈黙した。しかし、これで一安心というわけではない。航空隊こそ葬り去ったものの、陸上隊はまだ健在であると考えられる。それに、機動部隊がこちらに向かっているとの情報も入ってきている。
状況は、決して有利というわけではなかった。
……ジャップの機動部隊がミッドウェーに到達するには、凡そ四日かけなければいけない。しかし、我々にも無視できない損害が出ている……ジャップは、こちらに攻撃を仕掛けてくることはなかったが、その分ミッドウェー上空の戦闘は苛烈であった。後方に控えている護衛空母は三隻いるが、これに積んでいる艦載機をほぼ全て使わなければ、回復は不可能である。この艦載機の損害というのは、決して数字通りの損害ではない。機体はすべてミッドウェーで……敵地で撃墜されている。これはそのまま搭乗員たちが未帰還となっているということである。
……彼らが無事であれば良いのだが……仮に助かったとしても、海上では獰猛な海生動物の餌食に、陸上では、ジャップの餌食になりかねない。
……護衛空母にも艦載機の搭乗員はいる。しかし、それも空母搭乗員と比較すれば、一段劣ることは否めない。その状態で、あの悪名高き機動部隊と対決するのだ。
……これは、思っていた以上に厄介な戦いになるかもしれないな……。
ハルゼーは、それを考えると、彼らしくもなく背筋が寒くなるのを感じた。
第三話でした。
ミッドウェーの航空戦力は壊滅しましたが、帝国海軍にはまだ虎の子機動部隊がいます。次話以降、いよいよ空母対空母の決戦が始まります。
第四話に続く……