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「懲りないヤツだな」
宮野君に見返されて松田先輩はサークルの人達と話し始めた。
彼はもう私に関わらない方がいい。
責任感が強い彼は自分がこの状況を作ったと思うかもしれないけど、当事者なのは私と松田先輩で巻き込まれているのは宮野君。
「私、帰るね」
お金を置いて立つと手を掴まれた。
「いらない」
掴まれた手を強く引かれてまた座ると宮野君は綺麗な顔を近づけて私を見た。
「話は終わってない」
真っ直ぐに見つめられて目を反らそうとすると彼の手がそれを許さなかった。
綺麗な手が私の頬を押さえて、顔を背けようとする私を自分に向かせた。
「嫌がらせは続いてるのにどうして言わない?」
「ここまでしてくれただけで十分」
松田先輩の事で惨めな気持ちにならずに済んだのは彼のおかげ。
「…まさか…まだあのバカが好きな訳じゃないよな」
「え!?…」
思ってもいなかった事を言われて慌てて否定しようとすると、彼の顔が触れそうになっていた。
「宮野…」
どうしたの?そう聞こうと思ったのに…唇が触れていた。
どうしてキスするの?
宮野君の肩を押して離れると、今度こそ帰ろうとお金を置いた。
「…送る」
ここに来たときと同じように肩に腕を回して店の外に出た。
さっきのキスは気紛れなのか責任感なのか…どちらだとしてもあまり意味の無いキスなのだろう…。
迎えの車を呼ぶと言われて店の外で一緒に待つことになった。
「新しいバイトって何?」
「児童福祉施設」
「何時まで?」
「その日によって違うけど…21時過ぎるかな」
子供達の食事の世話をして、後片付けや食器を洗うと遅くなることがある。今日みたいに急な欠員が出ると時間がかかるのは仕方がない。
「バイト終わったら連絡しろ」
「え?」
手にしていたスマホを取られてSNSのIDを交換し始めた。
「宮野君?」
「千尋は危なっかしい。今日だって…」
何かを言いかけたけれど口をつぐんでしまった。
…変な宮野君。
「バイトが終わった時と家に着いたら必ず連絡しろ。遅くなる時は迎えに行く」
決定事項のように言われて呆気に取られているとスマホを返された。
「…宮野君こそ、学校の課題とか勉強は?」
言ってから、馬鹿なことを聞いたかもしれないと後悔した。
クラブの常連の彼が課題や勉強に取り組んでいるように思えなかったから。
「適当にやってる」
適当って…
もしかしたら勉強が苦手?
「三浦君に教わったりするの?彼って生徒会の副会長なんでしょう?」
そう聞くと、一瞬真顔になったけれどすぐに笑った。
「愁には聞かない。…千尋に心配されるような成績じゃないから」
「え…?」
そういうと、宮野君は道路を見て「来たぞ」と言った。
「これって…」
いつか見た…宮野君が座っているように見えたフルスモークの車。
「葵さん、お待たせしました」
「悪い、コイツの事送るから」
「ハイ」
どうぞ、と後部席のドアを開けられ、当たり前のように宮野君は乗り込んだ。
「千尋、早く」
急かされて宮野君の隣に座ると、車は静かに走り出した。
「…一応説明すると、ここら辺りを仕切ってるチームのトップがオレで愁がNO.2。代々東青の生徒会役員がチームの幹部」
チームって…不良っていうこと?
「宮野君が!?…悪っぽく見えないのに…」
宮野君は突然笑いだしてしまった。
どうしようと思ってルームミラー越しに運転手の人に助けを求めると、気まずそうに視線を反らされてしまった。
「変な女。チームだからといって悪いことをしてる訳じゃない。半グレとは違う」
その言葉にホッとした。
「宮野君も生徒会役員なの?」
「副会長が愁、生徒会長はオレ。授業や成績の事は心配しなくていい」
笑いが収まった宮野君は何でもないようにスマホを弄りながら言い、手にしていたスマホが震えて画面を見るとオレ様なスタンプが届いていた。
「報告しろよ」
オレ様な発言に控え目なスタンプを返した。
今日はいろんな事がありすぎて混乱してる。早く部屋に帰って落ち着いて考えたかった。
送って貰った次の日から宮野君からメッセージが届くようになった。
午後になると今日はバイトか聞かれて、返信をする。
バイトがある日は終わった後と家についた時にメッセージを送る。
今日は施設に入っている中学生の女の子に話しかけられて遅くなった。
明日は午前の授業が無いから…そう思って施設のスタッフと一緒に彼女が苦手だという科目の勉強に付き合った。
スタッフの彼女への接し方を見ることは勉強になる。私は何も知らない世間知らずだと痛感させられることばかり。
時間を見る為にスマホを見ると、メッセージが届いていた。
"終わったか?"
"終わったよ。今駅に向かってます"
気をつけろ、とオレ様なメッセージが返ってきて笑ってしまった。