第9話 危険な偵察
数時間前。
俺達は作戦室にいた、副官がモニターを使って作戦の概要を説明している。
「ローレニア艦隊が基地から出港しているのを衛星がとらえた、数は恐らく巡洋艦級3隻に、駆逐艦級5隻、潜水艦2隻だ。空母は今のところ情報はないが、潜水艦が厄介だ。」
衛星写真混じりに説明を受ける、Before、Afterと比べるが基地の桟橋ばガラガラになっている。
「しかし、この基地から出撃した日時が不明だ。既に、すぐそこにいるかもしれん」
偵察衛星も万能ではないし、数も少ない、常にローレニア海軍基地を偵察している訳でもないし迎撃や妨害の危険があるので、かなり不定期の偵察になっている。だからこの3日間のうち、いつ出港したのか分からないらしい。
「現在、我が基地とアバシ方面からP-3Cが出撃し周辺をくまなく捜索している」
アバシはどうやら無事なようだ、方面と言う言葉が少しに気になり、暫く話にも出てこなかったので少し不安だったが、その様子だと本田さんたちは大丈夫だろう。
「そして、艦隊が発見された場合、場所によるが北方海域に展開している第1艦隊か、ここに展開している第3艦隊どちらかが対処することになり、我が航空隊は航空支援を行う事になるのだが」
俺は図を交えながら説明する副官の話を、逃すことなくふむふむと聴く。やっぱり、艦隊には艦隊で対処だよな、北方海域に来られると端島基地からは離れ対処が遅れるし。
「笹井特務大尉のF-35をビーストモードとし威力偵察…、対艦攻撃を行ってもらう」
え?開いた口が塞がらない、ビーストモードとは簡単に言えばミサイルガン積みの脳筋仕様ということだが、なぜ俺が偵察をしなくてはならないのか。しかも、攻撃まで。
「ローレニア方向の電波妨害がかなり酷い。情報は作戦の要だ、戦力を見誤り海軍に余計な被害を出したくないし、少しでも敵戦力を削りたい。私も司令も君なら大丈夫だと思っている。」
信頼されるって大変だな、副官の言っていることは分かる。よわ、敵が2隻だと思って攻撃したら6隻いて反撃を食らったら大変だ、ということだ。確かに、俺の機体には対艦ミサイルが6発載せれるし、それにプラス対空ミサイルも4発、重攻撃機になりえる訳だが。正直、乗り気にはなれない。
「護衛は吉田中尉と東條少尉、敵の防空ラインまで彼を守ってくれ」
彼女たちも大変な役を任せられてしまった。しかし、頼るしかない。2人は大きく頷く。
「シエラ隊、黒木中尉には万が一に備えて基地防空の任にて待機、以上、解散」
格納庫。俺は格納庫端のベンチに座って、俺の機体に次々とミサイルが搭載されていく様子を眺めている。
すごく重そうだ。
「対艦攻撃とかやったことないぞ」
しかも、敵を目視で確認してからの攻撃となる。ということは当然、敵ミサイルの射程圏内にいる事になる、いくらステルス性が高い機体と言えども、ビーストモードでの出撃、ステルス性は格段に下がり、敵を見つける前に見つかりそうだ、自殺行為に思えてくる。しかし、やらない訳にもいかず身振り手振りでイメージトレーニングを繰り返す。低空からの突入がいいか、高高度からの偵察がいいか、悩みに悩む。
「どーしたの?」
「大丈夫ですか?」
心配してくれているのか水咲さんと啓がどこからともなく現れ、俺の左右に座る。
「うん、俺は大丈夫。水咲さん達は?」
あえて気丈に振る舞う。大丈夫じゃないと言えば全然大丈夫じゃないが、彼女たちに言っても状況は変わらないからだ。
「大丈夫大丈夫、あれ見て」
水咲さんは自分の機体を指さす、左翼に何やら一際大きい対艦ミサイルのようなものが搭載されようとしている。
「電波妨害ミサイル、まだ実戦で使ったことないらしいけど、使用許可が下りたの」
鬼に金棒、と言う訳にはいかないが無いよりは断然マシだろう。この電波妨害ミサイルの概要は、推進動力はターボファン推進で射程は約50キロ、誘導性能は無く直進しか出来ないが、飛翔している間妨害電波を発し続けることが出来る、その電波妨害圏内にいれば多少は安全という訳だ。啓の機体の方には対空ミサイルを載せれるだけ載せている。
「剣くんは私達が無事に送り届けます」
啓の声は頼もしいが、別に俺は特攻しに行く訳では無い、必ず帰ってくる。「ありがとう」と笑い2人の背中をポンポンと叩いた。
それから3人で作戦会議だ。
まず、偵察突入方法。電子戦機仕様の水咲さんを先行させて、次に俺、その後ろに啓と続いてもらう。
そして、電波妨害ミサイルの使い方だが、敵の防空圏ギリギリまで接近し、敵性電波を探知したら直ちにその方向に電波妨害ミサイルを発射、俺はそれを追従する形で敵の近くまで接近する、その際2人には反転してもらい安全圏で待機してもらう手筈だ。
「それで大丈夫なんですか?」
啓が怪訝そうな顔で言う。俺でもわかる、かなり無理やりな作戦だがこんな作戦しか思いつかない、他にいい案があったら教えて欲しいぐらいだ。
「3人で突入しても発見される可能性が上がるだけだし、無理だったら引き返すよ」
2人は、んー、と考えているが名案が浮かぶことも無く。
「無理しないでね」
「です」
俺に任せてくれるようだ、頑張らなくては。
俺は駐機場まで出た愛機のコックピットにいる。昨日貰った写真を胸ポケットから出して、計器の間に挟む。いつ見ても、写っている俺は変な顔をしているなと思うう。
ふー、と息を吐き、キャノピーを閉める。
ミサイルを満載にした深青色のF-35と青迷彩のF-16が2機、滑走路に向かっていく。
滑走路に戦闘機が3機並んだ。
《ブルー隊、出撃します》
ノズルから青い炎を吐き出しながら、俺達は空に舞い上がり北西へと進路をとった。
※
剣くんが私の前を飛んでいる、水飛沫を立てないように高度を調節しながら低空で。
今は無線封止中で会話は出来ない、彼は今、何を思っているのだろう。
両翼に大きな対艦ミサイルを4つ載せ、胴体下部ウェポンベイに2つはみ出ている、とても重そうだ。
P-3Cが目標らしき影をレーダー探知してすぐに飛び立ったが、本当にこの方向にいるのだろうか、不安だけが募っていく。
周りはただただ無限に広がる大海原、方向感覚がおかしくなりそうだ。
ブー、ブー。
突然アラートがコックピットに鳴り響く、敵性電波を探知したのだ。
すかさず探知方向に、先頭を飛んでいる水咲さんが機首を向け、電波妨害ミサイルを発射する。
レーダー画面がザザーと砂嵐のようにチラつく。
剣くんはそれを確認すると翼を上下に揺らしバンクする、一時の別れだ。私達は高度を上げ過ぎないように旋回して、敵の探知圏外で待機する。
(どうか無事で帰ってきて下さい)
そう願うことしか私には出来なかった。
※
俺は目の前を飛ぶ電波妨害ミサイルを追いかける。水咲さん達の姿はもう見えない、この広い空で1人きりだ。1人には別に慣れている、ついこの前までずっと1人だった、それがいつの間にか水咲さんが加わり、啓も加わった。
今は、とても楽しい。
笑顔が素敵で、お姉さんみたいに俺を気遣ってくれる水咲さん。
ジト目でなんか怖いけど、冷静で時折見せる笑顔がカワイイ啓。
彼女たちのおかげで俺にも笑顔が増えた。
絶対に帰らないといけない、心に誓う。
敵艦隊まで恐らく2分ほど、これ程に長く感じる2分はない。
間もなく、水平線に船影のようなものが見えた、目を凝らしてよく見る。
「おいおい、空母がいるじゃねえかよ!!」
遠目でもよく分かる、やけに平たく大きい船体、小さめの艦橋らしい影、ほぼ間違いなく空母だ。誰に聞こえるでもない文句をおれはぶちまける。
空母がいるということは直奄機もいるはず、これ以上は近づけないか。しかし、対艦ミサイルの射程圏内にはギリギリ入っている、自立誘導のミサイルなので撃ってしまえば、あとはミサイル任せだ。
「くそっ、他には」
俺は他に敵艦がいないかくまなく探す。
いた、巡洋艦2、駆逐艦4だ。
俺は、これ以上は危険と判断。対艦ミサイルにも妨害が及ぶため、電波妨害ミサイルを自らの機銃にて破壊、全対艦ミサイルを発射した。
それと同時。
ビービービービー、とミサイルの警告アラームがけたたましく鳴り響く。上空を見ると何かが光った、敵機だ。これは、ヤバすぎる。
あとは対艦ミサイルに任せておれは反転、端島に進路をとり無線封鎖を解く。
《こちらブルー1、偵察任務終了。敵艦隊、空母1、巡洋艦2、駆逐艦4。敵戦闘機に発見された!なお、対艦ミサイルの攻撃判定はできず》
俺は早口で今起こっている状況を報告する。最悪の展開、操縦桿を持つ手が震える。
後ろを振り向くと遠目にミサイルが迫るのが見えた、口から心臓が飛び出そうになるが、冷静にフレアを発射し難を逃れる。
《了解、ブルー1。空域を離脱せよ》
そんなことも言われなくてもやっている、敵機影がだんだん大きくなり迫ってくるのが分かる。こちらは反転して速度が落ちている分詰められるのが早い。
「敵は2機か...」
恐らく艦載型のSu-27が、猛スピードで追撃を仕掛けてくる。
俺のF-35はそこまで足が速くない、なんなら水咲さん達のF-16の方が速いぐらいだ。こまめにレーダーと後方を確認して補足されないよう操縦桿を操作する。
ビビビビビビ...。
警報音が早くなる、これはまずい。
俺は後ろを見る余裕もなくフレア発射と同時に左に旋回する。
ポンポンポンポン。
白く燃えるフレアにキャノピーが反射してコックピットが白く染まる。
ドドドーン。
空に爆発音が響き操縦桿が揺れる。
「あっぶねぇ〜」
フレアを発射した方向はミサイルの爆発で黒い煙が漂っている。あと少しフレアの発射が遅かったら今頃木っ端微塵だ、あの爆発の大きさは、恐らく敵艦船から発射された艦対空ミサイル、威力が桁違いだ。
俺は回避行動で疎かになっていた敵機の位置を確認するために辺りを見渡す。
「あぁ...」
ため息混じりに声が漏れた、俺の人生はここまでだ。すぐ後ろに敵機が2機くっついている。
計器の間に挟んだ昨日撮ったばかりの写真に目をやる。やっぱり俺は変な顔をしているな。
ガガガガッ。
右翼から白い煙が上がる、銃弾を何発か食らったようだ。
「ごめん...」
静かに呟き、俺は目を瞑った。