第8話 第14飛行隊
艦載機が次々と空母に着艦していく、よくもまあ、あんな狭い甲板に着陸できるものだと空から見て感心する。
そして、俺達も順々に飛行場へ着陸した。
「皆さん、おかえりなさい」
出迎えてくれてのは黒木さんだ、唯一の居残り。彼も戦いたかっただろうと思う。
「この野郎、基地で楽しやがって」
「えぇぇ!」
荒木さんが黒木さんをとっ捕まえて頭をグリグリとしている、理不尽だとも思うが先程まで生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだ、黒木さんもわかっているだろう。リンさんが「まあまあ」となだめている。
「あ、生還した記念に写真撮りましょうよ!」
荒木さんをなだめながら思いついたのか、リンさんが突然そんなことを言う、写真なんて暫く撮っていない。
「お、いいなぁ。記念に1枚いっとくか」
荒木さんも乗り気のようだ。俺は水咲さん達を見ると、うんうん、と首を縦に振っている。
「そう言うと思って準備よしですよ」
黒木さんは、おーいと1人の整備員を呼んで、ポケットからデジカメを取り出しそれを渡す。
みんなゾロゾロと俺の機体の前に並びだした。あ、背景は俺の機体なのねと理解し、俺も続いて並ぶ。
カメラから向かって右にシエラ隊、左にブルー隊、俺の前に黒木さんがしゃがんでいる。
「撮りますよー」
パシャリ。
黒木さんはすぐに写真を現像して3枚部屋まで持ってきてくれた。
最高の写真だ。
荒木さんはいつの間にか両脇に部下4人を抱え込み、ニンマリと笑っているが4人はすごく苦しそうな顔をしている。
一方俺は、水咲さんが俺の左腕に片腕を回し胸を腕に押し付け、いつもの太陽のような笑顔でピースしていて、東條は何故か俺の右腰に抱きつきジト目でカメラを睨んでいる。写真に写っている俺の顔は真っ赤で引きつっている。黒木さんは俺の前にしゃがみ込んでダブルピース、いい笑顔なんだけど。
「なにこれ、めっちゃ恥ずかしい」
恥ずかしくて手が震える、それを水咲さんと東條は俺の両肩から覗き込み。
「おー、いいじゃん」
「ですね」
と、ご満悦な様子。水咲さんは写真写りバッチリだけど、俺の顔は引きつり、東條に至っては睨んでいる。これでいいのか?
「これぐらいハジけてるのがいいのよ」
これでいいらしい。確かに、真顔で横並びに写真を撮るよりは何倍もいい気がしてきた。
「でも、啓ちゃんがあんなに大胆な子だとは思わなかったな」
水咲さん、東條のこと啓ちゃんって呼んでたっけ?そう言われて東條は。
「折角だったので」
至って真顔で答える、少し頬が赤くなっている気がしたがよく見えなかったし気のせいだろう。でも、折角ってどういうことだってばよ。
「水咲さんもスキンシップが過ぎますよ」
それは東條の言う通りだ、最近何かとつけてボディータッチを仕掛けてくる。って、水咲さん?この前まで吉田中尉って呼んでなかったっけ?この2人、いつの間にこんなに仲良く...。
「ですよね、剣くん?」
「ほんとそう、毎度毎度、心臓にわ、る...。剣くん??」
あまりにも自然過ぎて聴き逃すところだった。東條さん、俺の事、剣くんって呼びました?慌てて東條の顔を見るとジト目のまま顔を傾げている。
「剣くん」
ちょっと!そんな真顔で名前を呼ばないで!てか何で急に下の名前で呼ぶの、さっきまで隊長って言ってたのに。わーー!とパニックになる。
「どしたの、急に?」
恐る恐る聞いてみる。
「私の方が歳上なのでプライベートでは水咲さんと同じく、名前で呼ぶことにしました、何か問題でもありますか?」
あると言えばある。それ、ただの口実で仕事中でも関係なくなってくるやつだから、水咲さんみたいに!
しかし、そんなことを言えるはずも無く。
「ないです」
と、答えるしかなかった、それを聞いた啓はニッコリと笑う。この、ジト目からの笑顔が卑怯なぐらいカワイイ。
「それに、剣くんのこと好きなので」
「え?」
「は?」
俺の心臓は止まりかけ、水咲さんの顔から表情が消える、愛の告白にしては唐突過ぎて頭がついていかない。
「勘違いしないでください、隊長として、ですから」
あ、なんだ。安心したような残念なような。俺の止まりかけていた心臓は動き出し、鉄仮面のようになっていた水咲さんの顔には笑顔が戻る。何だこの、あんたの事なんか別に好きじゃないんだからね!バリのセリフは、年頃の女の子が滅多なことを言うんじゃありません!と怒りたくなる。しかし、隊長として好きってそれはそれでどうなのだろうか、信頼されてるってことかな?あまり考えても恥ずかしくなってくるだけなので、俺は考えることを止めた。
「あ、ありがとう」
とりあえずお礼は言っておく、するとまた啓はニッコリと笑う。何度でも言える、カワイイ。
あの戦場を生き延びた反動なのか、ちょっとしたことが楽しく感じる、もっとこんな時間が続けばいいのに、とまた願う自分がいた。
次の日。8月22日
「カフェ・スカイ」
チリンチリン。
「やあ、剣くんいらっしゃい。水咲ちゃんも。お、啓ちゃん珍しいね」
マスターの記憶力は素晴らしい、自分はもちろんのこと、この前初めて来た水咲さん、滅多に来ないらしい啓のことまでちゃんと覚えている。それが、慕われる一因なのだろう。
厨房からカフェエプロンを着て、今日も茶髪をツインテールに髪をまとめたリュウが出てきた。
「なになに、剣くん。二股??」
悪い笑顔でいじってくる。
「ちっげーよ!!」
もしそうだったとしても2人とも連れてこないよと内心ツッコミを入れる。
「またまたぁ、照れちゃってー、カワイイんだから。あ、東條さん久しぶりぃ、元気だった?」
いつもの事ながら、なんなんだこの人は...。俺をいじるだけいじって今は啓に押し迫っている、啓も勢いに押されてアワアワと困った表情だ。
「いつものでいい?」
俺達を窓際の4人席に案内すると、流れるように聞いてくるリュウ。俺は「あ、3つ」と短く言うと、リュウは厨房へと消えていった。俺達は席につく、俺の隣に水咲さん、対面に啓だ。
「リュウさんいつ来ても面白いね」
水咲さんはクスクスと笑ているが、いじられる方からしたらたまったもんじゃない。啓もあっけに取られて放心状態だ。
「絡みが濃くて疲れるよ...」
また、水咲さんがクスクスと笑う。いや、マジで大変なんだから。
「あの勢いが怖くてなかなか1人じゃ来れなかったんですよね」
放心状態から戻った啓、どうやら彼女も被害者だったようだ。物静かな啓に騒がしいリュウ、そりゃ合わないだろう。
しばらくすると。
「おっまたせー」
今日も早い、早速出来たてのチョコワッフルとミルクコーヒーが4つ届いた、...4つ??
「なんで4つ??」
まさか!
「私の分、剣くんの奢りねぇ。この時間暇だからぁ」
「なんでだよ!」
言い終わる前に啓の隣に座るリュウ、マスターの方を見ても何も言わず、黙々とコーヒー豆を挽いている。
「えぇ、いいじゃなーい」
そんな上目遣いで見られても...。まあ、そんな高いものでもないし、いやいや、ここで甘やかす訳には...、でも、普段お世話になってるし...、もう作っちゃってるし...。
「たく、しゃーないなぁ」
「やった!ありがとう」
うふん(はーと)とウインクを飛ばしてくる。もういいよ、好きにして、と俺は諦めた。
「冴えないパイロットに美女が3人もついてあげてるんだから安いものだと思いなさい!」
「誰が冴えないだ!!」
水咲さんは俺とリュウのやり取りに吹き出しそうになりながらプププ、と我慢して、啓は我慢しきれずに笑っている。カワイイ。
「そいえば空母の乗員に聞いたんだけどさ、昨日は大変だったみたいじゃない」
おいおい、海軍の秘密保全はどうなってるんだと不安に思うが、こんな離れ小島、漏れる情報も大した事なかろう。まあ、リュウが話の達人だからポロッと言っちゃったのかな?とも思う。そりゃ、誰だって戦闘機がたくさん轟音を立てながら飛んでいったら気にもなるだろう。
「死ぬかと思った」
水咲さんはうんうんと頷き、啓は笑いをまだ堪えれず俯き肩を震わせている、そんなにツボらなくてもいいのに。
「よく頑張りました」
水咲さんの頭、俺の頭、啓の頭を順になでなでする。啓は何事かと伏せていた頭を起こし辺りをキョロキョロする。恥ずかしいけど、リュウは平気でこういうことをしてくれる、癒されるが勘違いする人も多そうだ。
「ありがとう」
照れくさくなって目を逸らし、ワッフルに手を伸ばす。今日も外はサクサク中はしっとりで、とても美味しそうだ。すぐに一口食べる。
「いつ食べても美味しいな」
水咲さんと啓もうんうんと頷く。甘くて、ほっぺが落ちそうだ。
「そりゃ、私のお手製だからねぇ」
リュウが自慢げだ、ふふんと腕を組んでいる。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎる、そろそろ帰らないといけない。
「え、もう帰っちゃうの?寂しい...」
そんなまた上目遣いされても、そろそろ帰らないと怒られてしまう。俺は、またすぐ来るから、と言って机にある伝票を手に取りマスターのいるカウンターまで持っていこうとする。
「気が変わった、私の奢り!」
リュウがヒョイっと俺の手から伝票を取る。いいよいいよ、と俺は取られた伝票を取り返そうと追いかける。
「いいの!」
あまりしつこいと怒られそうだったので俺は食い下がった、ありがとう、とお礼を言う。
「その代わり、またちゃんと来てよ」
変なことを言う奴だ、来るに決まっている。
「もちろんだよ」
そして、バイバイと3人で手を振り店を出ようとする。
「待って!」
リュウの声に3人で振り返ると、啓がリュウにハグされて目が点になっている。続いて水咲さん、俺も思っていたよりギューッと強くハグされるが、リュウはすぐにバッと離れる。
「行ってらっしゃい」
満面の笑みで見送られる、こいつも黙ってたらカワイイのに。しかし、今日はどうしたんだろう?変に思いつつも。
「ああ、行ってきます」
「ありがとう」
「...行ってきます」
俺達は手を振り店を後にした。
次の日、8月23日の昼。
けたたましく島にはサイレンが鳴り響き、俺は駐機場まで出た愛機のコックピットにいる。昨日貰った写真を胸ポケットから出して、計器の間に挟む。いつ見ても俺は変な顔をしているなと思う。写真の隅には端島第14飛行隊と書いている。
ふー、と息を吐き、キャノピーを閉める。
ミサイルを満載にした深青色のF-35と青迷彩のF-16が2機、滑走路に向かっていく。
滑走路に戦闘機3機並ぶ。
《ブルー隊、出撃します》
ノズルから青い炎を吐き出しながら俺達は空に舞い上がった。