第7話 再来
3日後。8月21日
3機編隊となっての初陣がこれか...。と正直、東條に申し訳なく思う。
俺達の前方にはウリューの艦載機30機が飛んでいる。先程、敵の大編隊を探知して皆、スクランブルしたばかりだ。
シエラ隊と黒木さんはお留守番で基地防空を任せられている。
青空に戦闘機の編隊が33機、壮観といえば壮観だがこれからの戦いを思うと物々しい。
《目標視認!》
誰かが言う、西の空に黒い点がいくつも見えてきた、まるで渡り鳥の群れのように。
《爆撃機約30、護衛機7!》
あれは、ただの爆撃機ではない。以前、端島に襲来したドローン母機のB-36と思われる、それだと戦力差は軽く3倍以上だ。そう言っている傍から、爆撃機から何かが投下されキラっと光る。
レーダーに反応あり、ドローンだ、各機きっちり3機づつ投下している。周りを飛んでいる護衛機の方は有人のSu-27と思われた。
《各機、武運を祈る。作戦開始!》
隊長らしい人がそう言うと、艦載機たちは一糸乱れぬ動きをとり、15機はさらに上空へ、残りは左右に散開し敵を迎え撃つようだ。俺達は上空に上がった隊に追従する。
《ヤバすぎだろ...》
眼下に展開する無数の敵機、思わず心の声が漏れる。100機以上いる敵機、その殆どは重力を感じさせない動きをするドローン、さらにそれは近づくと自爆する。これは最早詰んでいるのではないだろうか。
その中に艦載機たちは恐れを知らないのか次々と突っ込んでいく。
至る所で爆発が起こり、空が黒煙に包まれていく。
《隊長、どうしますか?》
圧倒的不利な状況に屈しかけていた俺に、東條は冷静に話しかける、とても強い人だ。
《一撃離脱、ドローンに追われたら無理せず俺を呼んで。まずは極力、有人機を始末する》
ドローンに追われたら余程腕のたつ者しか対処できない、ただ追われて逃げるよりかは。俺が追われている人のドローンをどうにかとらえて撃墜した方がいいと考えた。そして、基本的にドローンは艦載機達に任せて、有人機のSu-27を片付けることにする。
《いくぞ、ブルー1、交戦》
《了解、ブルー2、交戦!》
《ブルー3、交戦します》
目の前にいるのは暗灰色のSu-27が7機、どこかで見た機体編成だ。
(こんな所で死なれねーんだよ!)
俺は、水咲さんと約束したことを思い出し、全ての安全装置を解除する。
※
剣くんが必至に飛んでいる。
今もまたSu-27に追われながら、啓に迫るドローンを落とした。
その直後、見事なコブラで自分を追っているSu-27を先に行かせて銃弾を浴びせる。
普段はなんか抜けた感じで放っておけない子が、空を飛んでいる時はとても頼もしい。
自分も負けてられない、剣くん程の機動はこの機体では難しいがやれることはやる。
今度は剣くんがドローンに追われている、彼の動きを確認しすぐに追いかける。
捕らえた!
迷わず機関銃の引き金を引く、目の前のドローンがバラバラと崩れボンッと小さく爆発し、そのまま黒煙の中に突っ込む。よしっ、すぐに彼の姿を確認しようと煙を抜けると、そこに彼の姿はない。
「え?」
辺りを見回しても彼の姿は確認できなかったが、突如自分の真後ろで、バァンと何かが爆発し操縦桿が揺れる。えっ!?と驚きながら後ろを振り向くと煙を上げながらゆらゆらと落ちていくSu-27、その後ろに深青色の機体、剣くんが悠然と飛んでいた。
《ありがとう、水咲さん!》
すぐに彼は機首を上げ、上空へと飛んでいき次の獲物を探す。ありがとうって、私が言いたかったのに。しかし、どんな動きをしたらあの一瞬であの位置まで行けるのか、本当にすごい子だ。
啓の方に目をやる、彼女もなかなか腕がたつ子で、剣くんのおかげで追ってくるドローンがいなくなると、クルクルとよく分からない機動で宙を舞いたまたま通りかかった敵機の後ろにつく。
《ブルー3、フォックス2》
冷静な声と共に翼からミサイルが放たれ、暗灰色の敵機に一直線。
バァン。
命中した、この子も本当にすごい。
しかし、艦載機たちはの方は散々なようだ、敵味方関係なく次々と落ちていく。
※
隊長は噂では変な人としか聞いてなかった。
他の人とはあまり口を聞かず、喋ってるを初めて見たのは吉田中尉がここに来る前、あのカフェで女性の店員さんと何か話しているのをたまたま見たぐらいだ。彼女がこの基地に来てからは2人とも常に一緒にいて仲はいいんだろうなと思う程度。
同期も隊長とは話したことは無く、荒木大尉に聞いても「付き合いは短いからよく分からんが、ヤバイやつだな」と、整備員に聞いても「あの人はヤバいです」と、それぞれに何故か答えを濁された。
しかし、今思えば、彼らの言ったヤバイとは人間的にではなく、パイロットとしての話だったのだと理解した。答えを濁らせたのではなく、それしか言いようがなかったのだ。
バァン。
気付けば私を追っていたドローンが爆発した、すぐ側を深青色の機体が飛び抜けて行ったと思うと急減速し機首を上げて完璧なコブラを見せる。
ダダダダ...。と銃声が響き、Su-27が煙を上げながら落ちていく。
《すごい...》
思わず、声が漏れる。私も頑張らないと。
操縦桿を一気に引きクルクルと高度を上げる、手頃な敵機を見つけた、失速を利用して向きを変えて一気に出力全開、急降下とともに背後につく。
《ブルー3、フォックス2》
冷静に言って、ミサイル発射ボタンを押す。右翼から放たれたミサイルは真っ直ぐ敵機に向かい爆ぜた。
よし!
まだまだ、戦いは始まったばかりだ。
※
彼女達は必至に飛んでいる、俺も余裕がある訳では無いが手に負えない程ではない。それも、艦載機たちがドローンを引き付けてくれているからだが、そちらの状況は思わしくはない。ドローンを撃墜したと思うと、次の瞬間には他のドローンの自爆に巻き込まれ粉々になって海に消えていく。
《くそっ...》
見るに堪えない現状、早く有人機をどうにかしなくては。
既に2、3機は落としたが残りの敵が手強い。
俺が敵機の背後につくと、すぐさま他の機が俺の背後につく、そして、水咲さんがそれに気付き俺の背後の敵機の後ろに付くと、敵は仕切り直しと言わんばかりに散開していく。
《東條、俺の後ろについて!》
《了解》
どうもこうもいきそうにないので各個戦闘していた東條を呼び戻し後ろに付いてもらう、無理やりにでも1機落とそうと考えた。
しかし、敵も馬鹿ではない。まだまだ沢山いるドローンを巧みに使い俺達を妨害し、俺達の背後につこうとする。また、仕切り直しだ、どうしたものかと考える。
《シエラ隊、作戦空域に到着。》
は!として東の空を見ると5機の編隊がこちらに向かってきている。荒木さん達だ。居残りのはずだったが、どうやら援軍で出撃したらしい。
《ひよっこ共には悪いが、俺達が援軍だ。シエラ隊、交戦!》
ぶわっと5機は1度散開し各々戦場に突っ込んでくる。これは頼もしい、グッドタイミングだ。
それからは、俺と、水咲さん、東條、荒木さんと組んでSu-27を追い詰める、1対1に持ち込めれば勝機はある。リンさんとひよっこ3人は艦載機たちと合流してドローンの攻撃を始める、やっと半分始末したか、しかし、こちらの被害も甚大だ。30機いた艦載機は20機まで減っている。
《くそっ、ちょこまかと》
荒木さんは苛立ちが隠せない様子。あと少しという所でフワァと射線を避けられると、それはイライラするだろう、俺だってイライラしている。
《ブルー3、機銃残弾、残りわずかです》
ミサイルをできるだけ温存した結果だが、みんな同じ状況だ。自分もミサイルはあと2発、機銃は残り少ない。全部使ってしまうか?と考えるが、現実的ではない、基本的には追撃に備えて1発残すのがセオリー、どうする。
《こちら第3艦隊、イージス艦を全速力でそちらに向かわせている。敵を誘いこめ》
その手があったか、願ってもない助っ人だ。しかし、艦隊までは少し距離がある、みんな無事にたどり着けるか。考えている暇はない、俺達は一か八か勝負にでる。
《みんな聞いたな?方位090、当空域から離脱せよ!》
艦載機隊長が叫ぶ。途端に皆が一斉に東に進路をとる、旋回のタイミングを見誤りまた何機か爆発に巻き込まれ落ちていく。
《くそっ...》
艦載機隊長の悔しがる声が聞こえる。しかし、遅れたものを助けることは既にできる状況ではない。
生き残った艦載機達とシエラ隊を先行させて、俺達は彼らの後を追う。追撃してくるのはドローンのみだ、数は30機ほど。燃料なんか気にしてられない、出力全開、低空で必至に東の空へ逃げる。
音速の壁を超え、意識が飛んでしまいそうな程に。
《機首を上げろ!》
艦載機隊長が叫んだと同時に全機、一気に高度を上げる、血液が遠心力に従って足先に集まる。低空で逃げていて突然高度を上げた、理由は簡単だ。
《目標探知、SM-2発射初め!当たるなよ!》
水平線が光った気がする、イージス艦の対空ミサイルの射程に入ったのだ。
無数の光は白い煙を吐きながら高速で近づいてくる。俺達はギリギリまでミサイルを引きつける。あまりにも小さく距離感がよく分からない、レーダーが頼りだが写ったり写らなかったり、緊張が走る。
《全機散開!!》
四方八方に一瞬の判断で味方とぶつからないように皆が散らばる。
ドドドドーーーン。
あまりにも大きな爆発に一瞬目の前が白くなり思わず目を瞑る、再び開けるとお花畑とは勘弁して欲しい。
《目標失探、全目標の撃墜を確認》
誰かが言う、俺は恐る恐る目を開けると、まだコックピットにいる。ふー、良かった。慌てて飛んできた道筋を見返すと大きな黒煙が広がり、ドローンの残骸が海に散らばり落ちていた。さすがはイージス艦だ。
《作戦終了、帰投する》
俺達は生き残った。しかし、艦載機の方は20機が撃墜され大損害。素直に喜べないのが悔しい。
帰り際、俺達を助けてくれたイージス艦を見かけた。通り過ぎる間際、翼を上下に振りバンクをしてありがとう、とお礼を言う、艦橋からは大きく手を振っている人が見えた。
少しして水平線に端島が見えてきた、俺達は無事、基地に帰ることが出来た。