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ブルー・スカイ  作者: 嶺司
5/31

第5話 エレメント

6日後。

8月17日。

尾翼に黄色の一本線が描かれた深青色の機体と、同じく黄色線が描かれた青迷彩の機体が空を飛んでいる。今日は周辺海域の偵察、端島の西方約100キロ地点をブロックに分けて異常がないかレーダーと目視で偵察する。今はシエラ隊と交代しながら不定期にこの付近の偵察任務を行っている、あれからローレニアの軍事行動は特にない。

明日、第3艦隊が島に到着するので俺達の哨戒任務は明日の朝まで。そのまま、空母艦載機に引き継がれることになっている。

《特に異常はないかな?》

哨戒空域にこれといった異常は無い、ここ6日間こんな状態だ、本当に戦時中なのだろうかと思うほど。レーダーはなにも探知せず、ただただ広い海が眼下に広がっている。

《燃料もそろそろ限界だし帰ろっか》

帰り道の燃料と、もし何かあった時の非常用燃料とを計算したら水咲さんの言う通りそろそろ飛行限界、基地に帰ることにする。

《ブルー1から管制、任務終了帰投する。》

《了解、ブルー1。帰投せよ。》

俺達は東に向きを変えこの空域を離れた。


端島、昼過ぎ。

プロペラ機の独特なエンジン音が島に響く。

「P-3Cかぁ」

俺は格納庫からそれが着陸する様子を伺う。

青迷彩で4発のプロペラエンジンがつく対潜哨戒機。今日、急きょ追加で3機が配属されることになったそうで、今到着したようだ。だんだんこの基地も騒がしくなっている。

「笹井!」

ボーッと外を見ていた俺に荒木さんが声をかける。

「ーーッ!なんですか?」

ビクッとしてすぐに振り向いて近づいてくる荒木さんに俺も歩み寄る。

「若いやつの最終試験はお前が出てる間にやっといた。まあ、合格だが、実戦ではどうかな」

良かった、合格したみたいだ。これで晴れてひよっこ達も実戦配備となるが生き残れるかは別の話。しかも、ひよっこのうちの2人は臨時で既に先の防空戦で戦闘を行っている。結果は数機撃墜しての墜落だったが、それがトラウマになってないといいが。

「それは皆ですよ」

「まあな」

実戦で生き残れば運が良かっただけか、実力が伴った結果か。はたまた戦死すれば運がなかったのか、実力がなかったのか。それはもう戦場を飛んでみないと分からない、いくら模擬戦をしても死にはしないし、実戦で死の恐怖に耐えれるかが問題だ。それを、荒木さんも十分理解しているようだ。

「お疲れ様です、ありがとうございました」

「なーに、いいって事よ」

俺は深々と礼をする、荒木さんはハッハッハ!と、笑いながら手を振って帰って行った。

俺はしばらく格納庫の入口でボーッと外を見ていた。次のフライトは夕方、まだ時間もあるし、明日艦隊が来たらこの島も更に騒がしくなるだろう。こんな南国の離れ小島でぬくぬくしていた頃が懐かしい。

「あ!」

あることを思い出した、俺は急いで水咲さんがいるであろう俺達の部屋に走る。


バァン!

「水咲さん!」

「わ!なに!?」

勢いよくドアを開けると同時に水咲さんに声をかける、横になっていたのか彼女はベッドから飛び起きた。

「カフェ行こ、カフェ!」

「え?どういうこと??」

水咲さんは頭の上にクエスチョンマークをあげているがお構い無しに、いいからいいからと俺は彼女の手を引っ張る。

「ちょっと、準備ぐらいさせてよ!」

怒られてしまった。はい、と手を離し、彼女は支度を始める。

水咲さんも化粧とかするんだなぁ、特に気にしたこともなかったし、する所を見たこともなかった。まあ、化粧とかしなくても綺麗なんだけど。

「カフェって基地出てすぐの所?今行って大丈夫なの?」

まだまだお昼過ぎ、仕事時間中といえば仕事時間中だけど。

「別に24時間勤務だしちょっとぐらいいいでしょ?」

ちょっとサボっても誰も文句は言わないだろうという楽観的な判断、どうせ夕方まで暇だし。

「んー、そうだね」

もう化粧は終わったのか水咲さんが立ち上がってこちらを振り向く。唇にうっすら口紅を塗って、ファンデーションも薄めに塗っている、簡単なよそ行き化粧なのか、それでも色気が増している。

俺はちょっとドキッとして目をそらす。それを見た水咲さんは、フフッ、と少し笑う。

「行こっか」

「あ、はい」

俺達は部屋から出て共用の自転車を借り、基地を出てすぐのカフェに向かった。


「端島」

この島には空軍基地の他にも基地の反対側、丘の向こうにちょっとした街がある。人口は2000人ぐらいだったか、漁業農業と、軍人を相手にした商売で成り立っている。

そして、基地を出てすぐにある端島空軍基地に住まう軍人の憩いの場。

「カフェ・スカイ」

1人のマスターと、1人の店員で成り立つ小さなカフェ、というより喫茶店?基地の目の前なので軍人の出入りが多い。店の裏にはサトウキビ畑が広がっている。

チリンチリン。

木製のドアを開けると来客の鈴が鳴る。

「やぁ、剣くん、いらっしゃい。お!今日は彼女でも連れてきたのかい?」

それなりの常連なのでマスターは俺のことを覚えてくれている。スーツをビシッと着て、髪はオールバックに固めて、背も高くてすごくダンディな人だ。

「剣くん、いらっしゃい!え、彼女?そんな...」

もう1人の店員はマスターの娘さん、確か同い年の20歳だったと思う。エプロンを着て、長い茶髪をツインテールにまとめ身長も自分と同じぐらい、ちょっとヤンチャしてそうな感じの子だ。

「彼女じゃないですよ!エレメント!」

慌てて彼女ということは否定する俺、水咲さんの方を見るとちょっと悲しそうに見える。やらかしたか!と、血の気が引いて顔を青くするとクスクスと笑って顔をそらす。嵌められた!

当のマスター達は、エレメントがわからなかったのか首を傾げている。

「相棒!パートナー!」

分かりやすく説明すると。

「「一緒じゃん」」

ダメだこりゃ。水咲さんは笑いを堪るのに必至のようだが今にも吹き出しそうだ。

「冗談はさておき、いつものでいいかい?」

急にあっさりするマスター、「あ、はい。2つ」と拍子抜けしながら答える。そして、ツインテールの娘に案内されて店の奥、窓際の席につく。

「私、リュウって言います。お姉さんは?」

「水咲よ、彼女じゃないからね」

悪そうに笑いながらこっちを見る水咲さんとリュウ、なんか告白してもないのにフラれた気がして複雑な気持ちになる。

「分かってますよー、剣くんに水咲さんみたいな美人はもったいないです」

納得いかない、なぜ俺はここでこんなにいじられないといけないのか。水咲さんはその言葉に、ありがとう、とにこやかに返した。そして、リュウは厨房へと戻る。

「可愛がられてるね」

また、水咲さんはクスクスと笑う。

「馴染んじゃったら、すんごいいじられるようになって...」

「剣くん、弟みたいだからね」

「え?」

「ううん、なんでも」

またまた悪そうに笑う水咲さん、バカにされているような気がする...。

「いいとこだねぇ」

店内を見回す水咲さん、木を基調としたログハウスのような店内、机には年期の入ったランタンが置いてあり、観葉植物も所々にある、角にはハンモックでゆっくり出来るスペースもある、非常にオシャレだ。

「おっまたせー」

そうこうしているとすぐに、リュウが注文した品を持ってくる。

「ミルクコーヒーと、チョコワッフルね。剣くん甘党だからねぇ」

いつもここに来たらこの2つを注文する、甘党なのは事実で特にチョコには目がない。

「へぇ、剣くん可愛いね」

水咲さんがそれを受け取って机に並べる、俺は照れて顔を赤くし頭をポリポリと掻く。疲れた体には甘いものが1番だし、何も問題ないと自分に言い聞かせる。

「じゃ、ごゆっくりー」

リュウは笑顔で大きく頭の上で手を振りまた厨房に戻っていく、水咲さんも笑顔で小さく手を振り返す。リュウも妙に気を使わなくてもいいのに。

「いただきます」

水咲さんは手を合わせてチョコワッフルを1口、自分も続いて食べる。焼きたてホカホカ、外はサクサク中はしっとり、甘くて。

「ン〜、美味しい!」

水咲さんはご満悦のようだ、俺のイチオシだし間違いないだろう。

「良かった」

嬉しくなって食が進む、こうやって誰かとここで食事を共にするのは初めてだ。リュウと話したりはしたことはあったがそれはカウントしない。

「剣くんはさぁ」

「なに?」

突然、ちょっと改まった感じで話し出す水咲さん、不思議に思いつつも聞いてみる。

「家族はどこにいるの?」

家族かぁ、家族なぁ...。

「家族は...、どこかにいると思う」

ミルクコーヒーを1口飲む、秘密にする必要も無いし嘘でもない。俺はほぼ家出同然で家を飛び出し空軍に入った、兄貴とも連絡をとっていない。

「そっか、ごめんね」

申し訳なさそうに水咲さんは俺に謝って、同じようにミルクコーヒーを1口飲む。どうしたんだろう?

「水咲さんは?本土にいるの?」

なんだか重い空気になってしまい無言になるのがイヤで同じ質問を彼女にする。

「私?私は...、いないんだ」

遠く窓の外を見つめる水咲さん、「え、うそ、ごめん」小声で謝って俯く俺。

「大丈夫大丈夫、変なことを聞いてごめんね!」

急に表情を明るくする水咲さん、本当にどうしたんだろう?考えてみるがわかる訳もなく、んー?と首を傾げたその時。

「どーしたのー?別れ話?」

いつの間にか後ろにいたリュウが俺の首に腕を回してニヤニヤしながら話に割って入ってきた。肩に胸が当たってますよ!年頃の女の子がはしたない!

「ちっげーよ!」

咄嗟に俺の首に回されたリュウの腕を振り払う。

「大丈夫大丈夫、水咲さんに捨てられても私が拾ってあげるからさ」

うふっ(ハート)と言わんばかりな感じでウインクを飛ばしてくる。何を考えてるんだこいつは。

「仲良いんだね嫉妬しちゃう」

えぇぇ!水咲さんまで!どしたの急になんで俺をいじめるの?

水咲さんは演技がかって少し不貞腐れている顔をしている。

「もういいよー」

降参する俺、つくえに伏せこみミルクコーヒーをチュルチュルと飲む。それを見た2人はキャッキャと笑っている、なんなんだよもー。

でも、こんな幸せで楽しい日がずっと続けばいいのにな、とも思う。

楽しいなぁ。


夜。

偵察を終えて帰ってきた、今回もなにも収穫なし、ただただ黄昏時の沈みゆく夕日が綺麗で、少し眺めてからその夕日を背に帰ってきた。

そして、俺達は自分の部屋にいる、夕食もお風呂も済ましてあとは寝て早朝4時の偵察任務に備えるだけだ。

「明日も早いし寝よっか」

俺はそれに頷き水咲さんが部屋の明かりを消す。

すると、しばらくして。

「剣くん」

「ん?なに?」

また唐突に水咲さんがちょっと重い口調で話しかけてくる、本当に今日はどうしたのかな?

「言おうか迷ったんだけど、やっぱり言っときたくて」

「うん?」

どうやら深刻そうな話のようだ、俺は起き上がって、暗い部屋の中ベッドに座り込む。水咲さんは薄明かりで見ると横になったままだ。

「嘘ついちゃってたんだけど、私、親を亡くして生活するために空軍に入ったんだ、パイロットになってこの隊で4隊目なの。初めの隊は4機編隊だったんだけど3人が事故で亡くなって。次の隊は2機編隊、隊長は夜間給油訓練で操縦ミスで亡くなって。そしてこの前、アルファ隊の本田くん達も...。私、死神なんだと思うの。だから剣くんに申し訳なくて...。」

泣きそうに声を震わせる水咲さん、その声にもらい泣きしそうになってしまう。どう考えても、それはたまたまだ、しかし、なんて言っていいかわからない。俺と一緒の隊になったのも、たまたま俺が1人で、たまたま水咲さんがこの基地に来て、たまたま司令がエレメントを組むように言っただけだ。

「俺は、死なないよ」

水咲さんの話を否定しても違う気がしてそう言うことにした、死亡フラグを立てたかもしれない、だがそれでいい、死ななければいいから。

「それに本田さん達は死んだと決まった訳じゃないしね」

あえて明るく言う、ちょっとでも水咲さんが楽になればと。

「ありがとう」

水咲さんも声を震わせず明るく言ってくれた。あの空で出会ったのは何かの縁、そして、今一緒にいるのも。

俺は強い、絶対に死なない。ブルー隊の2番機、俺のエレメント、相棒、水咲さん、守らないといけない。

そう、心に強く刻んだ。

「絶対に死なない」

「約束ね」

水咲さんはいつの間にか起き上がり、俺の前に来ると俺を優しく抱擁する。心臓が爆発しそうなぐらい鼓動が爆上がりする。でも頭は正直で、「ああ、いい匂いだな」なんて、邪なことを思ってみたり。

俺はこの瞬間を手放したくないと切に願った。


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