最終話 戦場で
戦闘機の準備に3日かかると言われた。
それまでにリュウに会うとしよう。しかし、またしばらくのお別れになる、何しに来たんだって言われそうだけど、大事な2番機と3番機を放っておけない。
ニグルムは少し寂しそうにしていたが、リンさんと早々と打ち解けて、くせっ毛を引っ張ったりして遊んでいた、大丈夫だろう、戦争が終われば帰ってくる。
そして、2日がたち、リュウが帰ってきたらしい。
1人で行こうと思ったが、ニグルムは俺の服の裾を離そうとしない。まあ、いいか、一緒に行こう。
「カフェ・スカイ」
ガチャ。
中に入ると、いつもいたツインテールの女性がカウンターに座って、忙しなく魅力的な細長い脚をブラブラと振っている。
「やぁ」
リュウは俺の存在に気づくと、目に涙を浮かべ飛びついてきた。勢いが良すぎて俺は倒れそうになる。
「…バカ、ホント、バカ」
俺は彼女を抱きしめる、ニグルムが後ろにいたがそんなことは気にしてられない。
会えないと思っていた人に、会えた。
「おかえり」
涙でくしゃくしゃな笑顔だったが、リュウは嬉しそうに迎えてくれた。
「でも、また行かないといけないんだ」
「え?なんで?ずっといるって言ったじゃん…」
リュウは嬉しそうな泣き顔から、一瞬で悲しそうな顔に変わって俺から少し距離を置く。そんな悲しそうにしないで欲しいけど、仕方ないだろう、また帰ってこなかったらなんて言われることやら。
「水咲さん達がね、まだ戦ってるらしいんだ。俺、行かないと」
「……」
リュウは、なんとも言えないような顔で少し俯く、俺の事も心配だろうけど、水咲さん達も心配なのだろう。
「あと、この子のことも頼む。俺だと思って可愛がって」
俺は後ろに隠れていたニグルムを俺の前に抱き寄せて、リュウに紹介する。ニグルムは恥ずかしそうにモジモジしている、リュウは美人だもんね、グレイニアにも美人は多かったけど、リュウは格別だ。もちろん、水咲さんも綺麗だし、啓も可愛い。
「え?」
リュウは物珍しそうに、ニグルムを観察する。
褐色肌の少年、この島には居ない感じの子だが、彼女はどう思うだろうか。
「ニグルム・サマーオ、です」
モジモジしながらニグルムは自己紹介をする、パッと見は可愛いらしい少年だ、本当にスパイだったのだろうかと言うほど、今は従弟のようになっている。
「かわいい!」
「わっ!」
恥ずかしそうにしているニグルムにリュウはハグをして頭を撫で回している。お気に召した様だ、ニグルムは顔を真っ赤にして、成るようになれと言った感じで、諦め顔になっていた。
「え?剣の従弟?」
「なわけねーだろ!」
だよねー、とニグルムを撫で続ける。仲良くやってくれそうで安心だ。
次の日。
駐機場には整備の終わった、F-35が停められていた。前のように深青色ではなく汎用の青迷彩の機体、それは仕方がない。その機体は、空対空ミサイル満載のビーストモードとされ、しかし、グレイニアまではかなりの距離がある、増槽が2つ付いているので、完全なビーストモードでは無い。
その、F-35の垂直尾翼には斜めに描かれた黄色の一本線。
ブルー隊の部隊マーク。
懐かしさに浸りながらも、俺はそれに乗り込む。グレイニアではやけにハイテクなF-15に乗っていたが、この機体は馴染みがあってしっくりくる。
捕まっている時に没収された、皆の写真を再び現像してもらって再び機器の間に挟み込む。
「よし…」
キャノピーを閉めて、滑走路に向かう。
脇にはニグルムや、荒木さんたちの姿が。ニグルムは、可愛くぴょんぴょん跳ねながら手を振っている。
荒木さんにはこっ酷く叱責された。
「次帰ってこなかったら、絶対に許さん」
帰って来ますとも、俺は1度死んだ身、ニグルムのためにも、みんなのためにも帰ってくる。
《 ブルー1、離陸を許可する。帰ってこいよ》
《 ブルー1了解、ああ、必ず》
俺は再びこの端島から、どこまでも深く青い空へ舞い戻った。
※
私は啓ちゃんと共に異国の地、自由グレイニア、アルサーレ空軍基地に来ていた。
理由はと言うと、グレイニア紛争時にエルゲートはグレイニアに、多少なりとも軍事的支援をしていたらしい。しかし、表向きには介入していないことになっていた、私達が監視団としてローレニアにいた時も軍は介入していなかった。
そして、紛争終結後すぐにバルセルがグレイニアへの攻撃を開始。理由は酷いもので戦後報酬として街を1つよこせ、というものだ。そんなもの領土も小さく資源が乏しいグレイニアに呑めるはずもない。終戦から3日も経たないうちに、ここは再び戦火に包まれたのだ。
エルゲートはグレイニアに負けてもらっては困るらしい、少しでもこの大陸に影響力のある国が欲しかったのだろう。それで、私たちは先遣部隊としてここに来ていた。
1番機を失った私たち、それでも戦わなくてはならない。
啓ちゃんは、剣くんが亡くなったというニュースで見てからあまり喋らなくなってしまった、任務で使う言葉以外ほとんど。
強くなるために他はどうでもいいといった感じで、ジト目が可愛かったのに今はその瞳に光はなくなってしまい、生気は感じられなかった。
《ブルー隊、離陸を許可する、グレイ隊に続け》
私たちより先に薄灰色のF-15、3機。黒色のF-15、2機が既に上がっていた。私たちは薄灰色のF-15に追従するべく空に上がる。
《ブルー2、了解》
《ブルー3、了解》
基地に来て、どうして1は居ないのかと聞かれた。仕方ない事だったけど、それを聞いて、冷静に振舞っていた啓ちゃんは泣き出してしまった。
死んだ、と隠しても仕方ないのでここのパイロットに伝えると申し訳なさそうにしていた。
私がブルー1を名乗る資格は無いし、隊の名前も変えたく無かった、彼をいつも感じれるように。
そして、私たちは空に舞い上がる。
ここの空はいつも曇っている、早く雲の上に上がって青空を飛びたい。
《グレイ1から各機、バルセル機が飛来中だ、数は不明、ここを守るぞ》
《グレイ2、了解》
《ブロッサム1、ウィルコ!》
《グラム2、ウィルコ、すぐヤっていいの?》
《グラム1、了解よ。ええ、いいわ》
《ブルー2、了解》
《……》
7機の編隊で西の空へ向かう、編隊長はグレイ1、ここの人達は皆強い人でグレイ2以外はみな女性だ。
男性は先の紛争で多くを失い、今働ける者は鉱山で働いていて、軍人までなかなか人が回らないらしい。グレイ2の彼もまだ20歳、剣くんの一つ下だった。
ついつい、彼の姿を重ねてしまう。
いや、そんなことを考えている場合じゃない、戦闘に集中しよう。
《くそっ、敵が多い、手に負えん!》
作戦空域に到着すると、敵の緑色をしたF-14と鉢合わせた、その数14機。年式こそ古いが、さすがに手が回らない。
《こいつら、早い》
しかも普通のF-14とは違い、スピードと旋回性能が段違い、私たちの機動に難なくついてきていた。改良版なのだろうか?
《こちら管制、増援はない、踏ん張ってくれ》
基地からは全機飛び立っている、全てで7機しかいないのも少ないが、これが今の全力だった。
色々な色の機体が空を舞う。
補足されそうになると、雲に逃げ、反転して後ろを取ろうとする。しかし、敵は2人1組で一撃離脱を基本としているようだ、上手くいかない。
《アンノーン接近中注意しろ……。いや、IFF確認、エルゲート機だ》
エルゲート機?本国から増援が来るとは聞いていない、敵の偽造か?全機警戒しながらバルセル機を追う。
《こちらエルゲート空軍第14飛行隊、ブルー1まもなく空域に到着する》
《え?!》
無線からまだ、あどけなさが残る男とも女ともよく分からない声が聞こえた。第14飛行隊と言えば私たちの飛行隊だ。それに、ブルー1?変な冗談は辞めて欲しい。そんなことを思っていると東の空がキラリと1つ光り、それと同時にまた4つ光った。
《ブルー1、交戦。フォックス3!》
ブルー1を名乗る戦闘機はミサイルを4発発射、簡単に全弾敵に命中した。私はその戦闘機とすれ違う。
垂直尾翼に私たちと同じ黄色の一本線。
《啓、後ろについて》
《え?!……え!?》
その声は間違いなく剣くんだった。
啓ちゃんは混乱しているようだったが、すぐに彼の後ろにつく。そして、彼はいつもの様に不思議な機動で、次々と敵機を落としていく。啓ちゃんは、彼にちゃんとついて行っている。
《あの動きは!?》
《え?まさか…》
グレイニアのパイロットもどこか混乱している様子、あの人たちも彼のことを知っているのか?いや、イエローラインの1番機の噂はここまで届いているようだ。
《ほら、水咲さんも!》
《え?う、うん!》
私たちは剣くんを先頭に、デルタ編隊を組んで空を舞う。信じられない、私の前に1番機が飛んでいる、3機編隊で飛ぶこの時間を噛み締めるように、彼はゆっくりと旋回。
《いつものやるよ、ブルー隊、散開!》
彼の掛け声と共に私たちは左右に別れる、1年以上前にやったっきりだが体が覚えていた、いつもの危なっかしい囮作戦だ。
早速、剣くんが追われている、私と啓ちゃんで分担して彼を追う敵機を落とす、久しぶりにやるけど、なかなかに危ない作戦だ。しかし、私たちは手際よくそれをやってのける。
剣くんは自分の後ろにいた敵機がいなくなったのを確認すると、不思議な機動で上方へ方向転換、そのままクルっと回ってみせ、私の後ろにいた敵機の背面に銃弾を浴びせる。
ボンッ!
後ろを確認すると、主翼がもげた敵機が火を上げながら落ちていく。
この動きは疑う余地がない、間違いなく剣くんだ。
彼は私達が敵機を撃墜しやすいように可憐に空を飛び、自らも敵機を落としていく。
《そっちにいったぞ!》
《わかってる!》
彼がグレイニアのパイロットと交話している、いったいどういう繋がりなのか、考えても全く分からない。
グレイニアの機体の方も空を舞い、剣くんの登場で勢いづいたのか敵機を翻弄している。
そして、彼の活躍により敵機の半数を撃墜、敵は撤退していき、追撃はせずに私達はアルサーレ基地へと帰還した。
アルサーレ基地。
彼、剣くんが最後に降りてくる、まだ信じられないけど、あの黄色の一本線が描かれたF-35に乗っているのは剣くんに違いない。
私と啓ちゃん、グレイニアのパイロット達と駐機場で待つ。
彼は無事に着陸して、私たちの待つ駐機場に戦闘機を駐める。
キャノピーが開いて、パイロットがヘルメットを脱ぐ、あの顔は見間違えることの無い、剣くんだった。
その機体にグレイニアのパイロット達が駆け寄っていく。
「来るなら来るって言えよ」
「ホントですよ、なんも準備してないから」
「また会えるとは思わなかった!」
「……会えてよかった」
「そうね、でもどうして?」
この人たちとはやっぱり知り合いなのかな?理解が追いつかない、剣くんはみんなからもみくちゃにされている。
「大切な人が戦ってるって聞いたんで」
剣くんは照れながらそう言って、彼女たちのもとを離れて、私達の元へ頭をポリポリと掻きながら歩いてくる。
剣くんの顔を見たい、けど涙で視界がぼやけてよく見えない、居ても立ってもいられなくなって剣くんに2人で駆け寄る。
もっと近くで顔を見たい。
私の大切な人、失いたくなかった人が今、目の前にいる。
※
水咲さんと啓が駆け寄ってくる、水咲さんも啓もちょっと痩せているようだ、心配をかけてしまった。1年も時間がかかって、申し訳なくて、涙が込み上げてくる。
2人が勢いそのままに俺に抱きついてきた、あまりの勢いにちょっとよろめいてしまったがしっかりと受け止める、2人ともそのまま泣きじゃくりながら俺の服に顔を埋めた。
「バカ、バカ…」
啓は俺の腕をがっしりと掴み声にならない声でそう言う、2度と離さないと言わんばかりだ。水咲さんは鼻を啜り服を握ったまま何も言わない。
俺は2人の背中を擦る。
なんと言ったらいいだろうか、来るまでに考えておけばよかった、俺は悩む。
しかし、気の利いた事は言えない、これしかないだろう。
「死なないって言ったじゃん」
多分涙が流れていただろうが、精一杯に笑って2人に言う。
水咲さんと啓は顔を上げる、涙を流し鼻水を垂らしてひどい顔だ。俺はそれを手でなぞるように拭いてあげる、すると2人は涙で濡れた顔を笑顔に変えた、とても愛おしくて、もう泣かせたくない。
「ただいま」
「「おかえり」」
俺は2人をギューッと抱きしめ、彼女たちもそれに応える。
大切な人、2度と離さない、2度と泣かせない。
俺は彼女たちの1番機、俺は…。
死なない。
ブルー・スカイ
THE BLUE・SKY
~完~
あとがき
無事に最終話を迎えることが出来ました。
ひとえに皆様の閲覧、感想のおかげです。
感想ってすごく嬉しいですよね。まあ、当初閲覧数が数百ぐらいあればいいかなぁと思っていたのですが、その何倍もの人に見て貰えて感謝しかありません。それよりも、語彙力が足りなくてすみません!
シーンは浮かんでるんですけど、言葉に出来ないんですよね・・・。
あとは、誤字ですかね、見返すと酷い酷い、脳内変換が優秀すぎます(笑)適宜修正していきます。
さて、本作「ブルー・スカイ」は今思えば26話完結で主人公は死亡の予定でしたが、啓にぞっこんの後輩編集長に。
「バッドエンドは誰も望んでいません」
と脅されて追加で執筆。
後輩編集長の目にビビりながら31話完結という運びになりました。
彼女たちに会えて主人公も幸せでしょう。
でも、内容は戦争、誰かが死んで誰かが生きる、主人公でも脇役でもそれは同じです。それが分かってもらえれば幸いです。
しかし、今作は完結しましたが戦争はまだ終わっていません。
話は次作に続きます!
剣くんがグレイニアに渡った時に起こった「グレイニア紛争」
入れ違いで彼女たちが戦っていた「バルセル・グレイニア戦争」
その2つの物語です。
主人公は変わってしまいますが、剣くんも出てくるし、登場人物は個性的な人を集めたのでお気に入りを見つけて頂けたらと思います。
是非、引き続き読んで頂けたら嬉しいです。
それでは次作。
「グレイ・スカイ」でお会いしましょう!