第30話 帰路
自由グレイニアで内戦が始まった。
俺たちは危険を承知で、混乱する首都イスタンを脱出。
バスもなく、電車も動いていない、逃げゆくグレイニア人達と共に混乱に乗じて徒歩でアルサーレへ向かうことにした。
日に日に戦火が激しくなっていく。
こんな所で死んでられない、俺たちは必死に歩く。
「ニグルム大丈夫か?」
まだニグルムは子供だ、ひたすらに歩いているとさすがにキツイだろう。俺の体力は幽閉されていた時に比べればだいぶマシ、少し足を痛そうにしているニグルムを心配する。
「大丈夫です」
強い子だ、しかし、そうは言うものの少し顔を顰めている。
仕方ない、休むわけにも行かないのでおぶることにしよう。
ニグルムの前でしゃがんで、乗るように促す。
「……すみません」
聞き分けのいい子でよかった、素直にニグルムは俺の背中に乗り、先を急いだ。
2ヶ月が経過。
何とか俺たちはバルセルへの国境の山岳都市アルサーレへ到着した。しかし、安堵したのも束の間、国境は封鎖されていてバルセルに渡ることは出来ない。白崎の言っていた通りここで足止めだ。山を越えようにも何千メートルとある山脈だ、それなりの装備と案内者がいないと無理だろう。
とりあえず俺達は、難民キャンプに身を寄せた。
手首に結んである黄色いミサンガを眺める、だいぶ汚れてしまった、洗ったりしていいのかな?
今はテントの前で2人で座っている。
「ニグルム、ありがとう。おかげてここまで来れたよ」
俺の隣に座るニグルムの頭を撫でる、5日で終わると思っていたこの旅、気付けば2ヶ月経っていた。四六時中一緒にいると、もはや、本当の弟のように愛おしく思えてきて、ニグルムも俺のことを呼び捨てで呼んでくれている。敬語は癖なのか、なかなか直らないけど。
「ソラ…」
「でも、帰れないよな、どうしよう…」
内戦により交通網は寸断され、まだまだ子供なニグルムはローレニアへと帰れるのか、それが心配だ。むしろ一緒にいた方が安全な気がする。
「一緒に居たらダメですか?」
「え?」
ニグルムは、いつもキリッとしていた目を不安そうに垂れさせ、俺の服裾を握った。いくらスパイになるために訓練されていると言っても、やっぱり彼は子供だ、ここに来るまでかなり危険な事もあった、精神的にも不安定だと思う。
俺はニグルムを抱き寄せて背中を擦る。
彼を連れていくことは可能なのか。しかし、こんな所で少年を1人置いて行くわけにはいかない。
「仕方ない、平和になるまで面倒見てやるよ」
そう言うとニグルムは嬉しそうに笑い、俺の腕に頭を置いて体重を預ける。
1人でも大変だがこればっかりは仕方ない、白崎の後輩だ、これからは俺が守ろう。
それから1年が経った、戦況は酷いものでアルサーレ以外が反乱軍に占領されてしまい、紛争自体は落ち着き事実上の停戦状態となったが、民間人が国境を出入りできる状況ではなかった。
そして、日雇い労働とかで日々食いつないできたが、そろそろ限界だ、いつここから出れるようになるかわからない、ニグルムの為にもそろそろ安定した職を持たないと…。
そう、悩んでいると、再び戦況が悪化してきた、自由グレイニアが反攻作戦を開始したのだ。
その中、目に入った解放軍の募集ポスター、給料も良さそう、国籍問わず、(パスポート上はグレイニア人になっている)少し悩んでニグルムにも話したが、彼は少し嫌そうな顔をしていた、不安なのだろう。
俺も不安だ、しかし、どうせここから出られないんだし、こんな所で手をこまねいて、荒れゆく空を見過ごす訳にもいかない、俺は再びこの大きく広い空に戻ることにした。
そして、俺は、解放軍のため、ニグルムのため、自分のためにここで戦う。イエローラインの通り名は伊達じゃないが、それは基地で知り合ったパイロットのみんなには秘密にしていた。部隊マークも別のものを考えて。
ニグルムは、俺が戦闘機に乗れることに驚いていたが、昔ちょっとね、と誤魔化した。
しばらくして、俺、いや同僚たちの活躍により紛争は終戦。自由グレイニアは元の領土を解放した。
それと共にバルセルとの国境が解放され、同日俺は解放軍を辞めパイロットの同僚と別れを惜しみ、ニグルムとバルセルに渡った。
平和になるまでとは言ったが、1年も一緒にいると、居て当然の存在になっている、特に気にするでもなく常に一緒にいた。
そこからは早かった。
電車でバルセル南部に渡り、電車を乗り継いで東に行くとあっという間に、タバルニアの首都に到着。
すぐに空港に行き、2人分のエルゲート行きチケットを購入。
次の日にはエルゲート連邦本土最西端の地、ファーニナル国際空港に到着した。
そして、端島行きのフェリーに乗るため、バスに乗ってフェリーターミナルへ移動。
端島に飛行場はあるけど、あそこは空軍の飛行場、民間機の発着は出来ない、ここから端島までフェリーで1日かかるが、まあいいだろう、ここまで来れば1日なんて誤差の範囲内だ。
ニグルムと共にフェリーに乗る。2日に1本のフェリーがちょうどあった、ついてる。
中型のクルーズフェリー、足は遅いがデッキに出て潮風に当たれる。
俺はニグルムとデッキに出て、手すりにもたれて潮風に当たっていた。
「なんで端島?ってとこに行くんですか?」
俺の隣で遠く水平線を見ながらニグルムが言う。
「俺の家だよ、友達もたくさんいる」
「ふーん、僕が行っても大丈夫ですかね?」
「大丈夫さ、みんないい人だから」
「よかった」
嬉しそうに笑うニグルム、自分がスパイだったことなんて忘れてるのだろう、もう普通の子供みたいだ。
ここに来るまで長かった、俺の家までもうすぐだ。
水咲さんは元気かな、啓には殴られるだろうな、リュウはどうしてるだろう。
胸が高鳴る。
「カフェ・スカイ」
ガチャ…。
「いらっ、しゃ……」
マスターが目を点にして固まってしまっている、その反応を見ると、どうやら俺が死んだ情報はここまで来ていたみたいだ。まあ、来ていなかったとしても1年も帰らないんじゃ死んだことになるか。
俺は照れくさくて、頭をポリポリと掻く。
「た、ただいま」
マスターは気丈な人で、涙は見せない。バタバタとカウンターから出てきて、俺の手をとる。
「良かった、良かった」
手をがっしりと握り、その手を上下に強く振る。
「あぁ、リュウはあれから本土の会社に就職してね。今は私1人なんだよ、待ってなさい!すぐに電話するから!」
年甲斐もなくテンションバク上がりのマスター、すぐにカウンターに戻り震える手で電話に手をかける。
そうか、リュウは居ないのか驚かせたかったのに残念だ。しかし、本土に就職なんてアイツらしくもない。
「……父さんだ!早く帰ってきなさい!え?休みなんて有給使いなさい、なんでって、剣くんが帰ってきたぞ!」
最後の言葉を言い切ると、俺からでも聞こえる悲鳴のような声が受話器から聞こえてきた。マスター、鼓膜大丈夫かな?そして、俺は信じてくれないから代わるように言われ、受話器を取る。
「よっ、元気?」
「なにが元気?よ!どれだけ心配してたかわかってんの!?ニュースで死んだって言ってて、水咲さんも啓も大変だったんだから!」
涙声まじりの怒鳴り声が耳に響く、思わず受話器を耳から離してしまう。
「ごめん…」
「……、でもよかった。それとなく理由つけて帰るから、いつまでいるの?」
「ずっといるけど…」
「あ、そっか。そーだったね」
少しの沈黙が流れる。
「そーだ、なんでまた本土なんかで就職したのさ?」
「……あんたが居ない島にいてもしょうがないし……」
「え?」
「何でもない!!」
なんだなんだ?どーしたのさ、リュウらしくもない、恥ずかしかったのかまた割れんばかりの声で
怒鳴られてしまった。
そして、しばらく話して受話器をマスターに返す。
早くて明後日にはここに着くらしい。それまで喜びの再会は我慢だ。
「マスター、いつもの2つ」
「ああ、すぐ作るよ。ところでそこの少年は?」
俺の後ろに隠れていたニグルム、なんだよ、しばらく他人付き合いが無くなって人見知りになったのか、それともマスターが怖いのか、可愛いやつだ。
「んー、色々事情があって…。ニグルムっていう」
ニグルムは俺の後ろで、ペコっとお辞儀をする。
「訳アリだね、ココアは好きかな?ニグルムくん?」
「は、はい」
「よし、じゃーいつもの席で待っていなさい」
俺はニグルムを連れて、いつもの窓際の4人がけの席につく、ああ、懐かしくて泣きそう。
感傷に浸っていると、ニグルムが口を開く。
「この人たち誰ですか?」
ニグルムの両手には一体いつ持って来たんだか、カウンターに置いてあるハズの、皆で撮った写真立てが握られていた。1枚目の俺は酷い顔、2枚目のはまあ、見れる顔だ。
「シロさんもいる」
あ、それはここを出る前に皆で撮ったやつだ。白崎の野郎、マジでなんにも話してないんだな。まあ、言えないか…。
「シロはな、白崎って名前でここで俺達と戦っていたんだ」
「へぇー、そうなんですか」
ん?それだけ?まあ、白崎もスパイだったし予想外という程では無いのか。しかし、ニグルムはまだ写真を見つめている。
俺は次々に紹介していく、水咲さん、啓、荒木さん、リンさん、黒木、リュウ。ああ、懐かしい。
「仲良いんですね」
まじまじと写真を見続ける。
「シロさん…」
あ、そう言えば言っていなかった、俺の代わりにあいつが死んだことを、確定ではないが多分そうだ。
どう声をかけようかと悩んでいると。
「お待たせさん」
マスターがいつものやつを持ってきてくれた。
チョコワッフルにミルクコーヒーと、ニグルム用にココアだ。いい匂いでめちゃくちゃ美味そう。
ニグルムも、わー!と目をキラキラさせて見ている。
さっそく1口。
美味い、泣きそうだ。
うるうるしている俺の目を見て、ニグルムは笑っていた。だって1年以上ぶりだよ?嬉しいに決まっている。
そして、腹ごしらえをした俺は、急ぎ足になる足抑えて、端島空軍基地に向かった。
守衛は俺のことを覚えていてくれて、入門証とかなかったが、特別ですよ、とすんなり入れてくれた。司令は代わってしまったらしい、それは残念だったが、パイロットは代わっていないとか、兵舎に向かう足が早くなる。
中に入ると、あの時と何も変わっていない通路を通って、俺達の部屋へと向かう。運良く誰ともすれ違っていない、訓練中かな?
部屋の前に着いた、ドア横の名札には。
「笹井剣」
「吉田水咲」
「東條啓」
と、そのまま残されている。
俺はそれだけで泣きそうだったが、中に人の気配は無い。試しに開けてみるが、やはり誰もおらず、部屋は綺麗に片付けられていた。ベッドのシーツも剥いである。
おやおや?とうろついていると。
「誰かいるのか?」
このいかつい声は荒木さんだ!誰も居ないはずの部屋のドアが開いているのを不審に思ったのだろう。部屋の前まで来て中を覗かれた。
「誰だ、そこは吉田の……」
荒木さんは目を点にして固まっている。
「ちわッス」
彼は動かない、幽霊でも見たような顔をしている。
え、どうしよう…。
「どうしたんですか?荒木さん、え……」
端からリンさんも顔を出す、同じように幽霊を見たような青ざめた顔をしている。まあ、死んだって話だしね、仕方ないね。
「えっと、ただいま」
とりあえず、にたぁっと笑って見せた。
「笹井か?」
「はい、帰ってきました」
荒木さんがドスドスと、荒い足取りで近寄ってくる。あ、やばい。
「ごっ!」
綺麗な右ストレートを顔面に食らってしまった、俺はよろけて床に尻もちをつく。
「馬鹿野郎、なんで連絡よこさないんだよ!1年もどこほっつき歩いてたんだ!」
荒木さんは俺の胸ぐらを掴み、更に拳を振り上げる。こればっかりは仕方ない、俺は奥歯を噛み締めて、殴られるのを待つが。
「やめてください!」
ニグルムが俺と荒木さんの間に入る。
「なんだお前は?」
「ここまで来るのにどれだけ大変だったか分かってるんですか!?何度も死にそうになったし、関係の無い紛争に巻き込まれても、ソラはみんなのために戦っていた!なんで殴るんですか!?」
そう言うと、ニグルムは俺の服にしがみつき、わんわんと泣き出してしまった、今までの不安が爆発してしまったのだろうか。俺は優しく背中をさすってやる。
「す、すまん…」
荒木さんは困ったように頭を掻く、リンさんもあーあ、泣かせちゃった。と荒木さんをいじりながら部屋に入る。
そして、事の顛末を説明する。
白崎はスパイだったが、俺を助けてくれた事。
案内役のニグルムと紛争のグレイニアを旅した事。
解放軍としてグレイニアと共に戦ったこと。
そして、俺は帰ってきた。
「……吉田たちは今朝、グレイニアに行った」
「は?」
ちょっと荒木さん何を言っているんですか?冗談にも程がある。
「お前、知らないのか?」
バルセルはグレイニア紛争中、グレイニアに軍事的支援を行っていた、それは知っている。そして、その結果なのかは分からないが、グレイニア解放軍は紛争に勝った。しかし、俺たちがバルセルから出国した後、バルセルが報酬として、鉱物資源の豊富なアルサーレの割譲を要求。それを拒否した自由グレイニアとの戦争が始まった。それを、よく思わないエルゲートはグレイニアへの支援を表明、先遣部隊として水咲さん達が送られたらしい。
「俺も行きます」
俺は力強く立ち上がった。
こんな所で呑気にしてられない、グレイニアには友達もいるし、大切な人がまだ戦っている。
彼女達の1番機として、助けに行かないと。




