第27話 約束
俺は宮殿地下の独房に幽閉されていた。
いつ死ぬんだろうか、ここに窓はなく何日経ったのかよくわからない、1週間ぐらい経ったのだろうか。食事もうっすいスープだけ、暖房もない、寒くてそれだけで死にそうだ。お腹がすいた…、ああ、チョコワッフルが食べたい、温かいミルクコーヒーも。
死の恐怖に怯えることは無い、死ぬことは既に確定している。願っても生きることは叶わない。
しかし、悔いはある。それも、たくさん。
いつだったか、俺の2番機、ブルー2の吉田水咲さんとこんな約束をした覚えがある。
「絶対に死なない」
安易にそんなことを言うんじゃなかった。だけど、その時は水咲さんを落ち着かせるために、いや、そう簡単に俺は死なない、そう思って約束していた。
啓…、3番機の東條啓も、俺が無茶するとえらく怒っていた、今も怒っているんだろうか、それとも泣いているのだろうか。
リュウにも嘘をついたな、2年も付き合いがあって、最近仲良くなれたと思ったらコレだ、帰ってくるとか言うんじゃなかった。
約束するんじゃなかった…、無茶するんじゃなかった、言うんじゃなかった…。
3人にもう一度会いたい、しかし会えない。
俺は独房の、硬い石のようなベッドの上で、薄い毛布にくるまって、うずくまっている。
ガタンッ。
独房の外で何か物音がした、看守が何か落としたのだろう、特に気にもしないし気にならない。
コツン、コツン…。
誰かの足音が独房に響く、ここには俺しかいない、迎えが来たようだ。ああ、やっと死ぬ時が来たのか。俺は頭を上げて外を見る。
「白崎…、いや、シロ…か…」
力のない声しか出ない、初めは奴をぶん殴ってやりたかったが、今はそんな力も元気もない。疲れきった、焦点の合わない目であいつを睨む。
「白崎でいいよ」
「…え?」
あいつは、この前会った時の、人を見下したような声から、いつもの声に戻っていた。不思議なことを言う、自分で白崎という名前は嫌いだど言ったはず、どういうつもりなんだ。
彼は独房の鍵を開けて、中に入ってくる。
そして、ゆっくりと俺の隣に座った。
「…剣、痩せたね」
「なんだよ」
白崎は俺の顔を覗き込む。父親を殺したやつだ、急にいつもの如く馴れ馴れしくされても、なにも信用出来ない。
「アブルニ王のことはゴメン、ああするしかなくて…」
俺を見るのをやめて、どこか遠くを見る白崎、ゴメンって言われても…。俺は口を瞑る。
「スパイ活動でエルゲート空軍に入って、僕はライエンラークに配属された。剣を探すためだったんだけどね」
俺を探すため、か、恐ろしいことを言ってくれる。白崎は少しの昔話を始めた。
※
サヤ王子の命により、亡命したツルギを探すために、傭兵として僕はエルゲート空軍に入隊した。彼はパイロットになっている、という情報は分かっていたから。
僕は入隊の後の訓練を終えて、特務少尉を拝命、その腕をかわれて、まさかのライエンラーク基地に配属された。
そこは酷いところだった、全員が全員エリート。エースが集まる首都防衛の要ということは知っていたが、みんな癖が強くて毎日が苦痛だった。中には親しくしてくれる人も何人かいたが、他の人は僕の、特務という階級と経歴が気に入らないらしい、ハブられることもよくあった。
僕はスパイだ、こんなことは本国での辛い訓練に比べると楽勝だと思っていたが、そんな事が1年ぐらい続くと、ちょっと参ってきた。剣の情報も全くないし。
この戦争が始まってしばらくすると、端島への転属が決まった。やっと剣を探せると思ったけど。よかった、この変な奴らからやっと開放される、という思いの方が強かった。
そして、端島に着くとツルギがいた。亡命した王子が、なんでこんな前線にいるのか、てっきり奥地で引きこもっているのかと思っていた、アバシとかね。僕はすぐにそれを本国に報告、しばらく一緒に生活をするように言われた。
端島はすごくいい所だった、みんな優しくて、これぞ和気あいあいと言った感じ。楽しくて楽しくて仕方がなかった。
僕は何をしているんだろう?そう思うこともあった。
しかし、任務は任務、その事実に抗うことは僕には出来ない、任務を遂行するまで。
予定通り、僕達はローレニア、ベルツィオに進駐。
作戦が敢行され、今に至る。
※
「僕はツルギのこと好きだよ」
「は?」
俺は顔を上げて白崎の顔を見る、色白で中性的ないわゆる可愛い顔は曇りのない笑顔だった。
「水咲さんも、啓さんも、黒木さんも、みんな。優しくしてくれて、ありがとう」
その目は何かウルッとしているように見えた、しかし、彼はそれを流さずに堪える。こいつの方が俺より強いようだ。
「信じて、なんて言えないけど。ついて来てくれるかな?水咲さんに会いたいでしょ?」
彼は立ち上がって俺に手をさし伸ばす。信じるも信じないも、俺はここにいてもどうせ死ぬ身だ、俺は運命に抗う事にして、白崎の手を取った。
「それと、これ」
白崎は何かを握りしめて俺に差し出す、俺はそれを手に取ると、水咲さんから貰ったら黄色のミサンガだ。ここに入れられる時に、看守に取られていた。
「いるでしょ?」
「ありがとう」
俺は左手首にそのミサンガを巻き付ける。渡された時に見たが、白崎も付けていた、なんて言うか、律儀な奴だ。
独房の外へと出ると、看守が机の上で伏せていた。え?生きてる??
ってか、え?ついて来いってこっから逃げるの?
やっと状況を理解した、白崎は俺をここから逃がしてくれるようだ。しかし、どうやって。
「すぐにエルゲートに行くことは出来ない、後で説明するから!」
白崎を追い外に出ると、眩い太陽の光が…なかった、今は夜のようだ、独房にいるとまったく外の状況が分からない。
弱った体にムチを打って階段を上り、出口のような所に近づくと、軍用のトラックがそこにある、これで逃げるみたいだ。
「乗って!」
白崎は運転席に座り、おれは助手席に乗り込む。
おお、スパイ映画みたい!疲れきっていた俺はアドレナリンが出てきたのか、緊張のせいか、テンションが上がっていく。
白崎はトラックを発進させて宮殿内を駆けていく。え、こんな簡単に逃げれるものなの?
「心配しないで、僕は優秀な諜報員だよ。門の衛兵ぐらい金でどうにかなるよ」
マジか、そんなザルなのかこの宮殿は。ていうか、優秀って自分で言う割には、金で解決してるのかよ、面白い奴だが、軍の末端は腐ってるな。
そして本当に門を、易々と抜けていく。
「どこに行くんだ?」
「ここから西のグレイニア自治区手前まで、そこからは送れない。そこから、アルサーレって国境の街まで行って、それからこれを使ってバルセル共和国に渡って」
白崎は俺に手帳の様なものを渡す、これは?パスポート?良く出来ている、本物?ではなさそうだ。
「そして、バルセルに渡ったら、こっちを使って南東の国、タバルニアに渡る。そこからは早いと思うから、そのままエルゲートに、後は好きにして!」
また1つパスポートの様なものを渡される、これって密航?不法入国?みるみるスパイ映画のような事になっていく。
「グレイニアで、足止めを食らうことになると思うけど、その方法が1番安全だから。バルセルとグレイニア、タバルニアは仲良いし、タバルニアはエルゲートと国交があるから」
すぐにエルゲートへ直行したかったが、俺の安全を考えての事だった、少し遠回りになるがそれは仕方ないだろう。今は、エルゲートとローレニアの国交もないし。
「足止めって、どういう事だ?」
しかし、どうせならパパッと各国を渡って彼女たちに会いたい、何故それが出来ないというのか。
「サヤ王が粛正をしていて、グレイニアにアブルニ王派の人達が流れ込んでるの、多分紛争になる。それまでにはアルサーレまで逃げてて、あそこは山岳地帯で安全だと思うから。でも国境の検問が厳しいと思う、簡単にはバルセルに渡れないかも」
こいつ凄いな、そんな所まで読んでいるのか。俺は明日のことしか考えていなかった、ご飯どうしよう、とか。
「とりあえずアルサーレに行ったらいいんだな」
「うん、そうだね」
白崎は鼻で笑った気がする、いっぺんに言われてもよく分からない、非常に心外だ。
そして俺は渡されたパスポートを、ペラペラと捲る。
「ソラ・アオイ?」
パスポートの自分の写真の横に、そんな名前が書かれている。これは?
「今からそれが名前だよ、ソラ」
白崎はニヒッと笑う。俺が空が好きなのを知ってなのか粋なことをしてくれる。ソラ、か…。
「ソラ・アオイ、アオイ・ソラ・・・」
考えているとまだ白崎は、ニヤニヤと笑っている。こいつ…。
「青い空、ブルー・スカイ・・・」
「へへぇ、いいでしょ」
「このやろ!」
「いててて!なんで!?」
運転している白崎の頭を、グリグリと拳で痛めつける、粋だけど小っ恥ずかしい名前にしやがって!
白崎は、危ない危ないと言いながらも笑っていた。
でも、ソラ・アオイか…、いい名前だな。それが今日、いや、今から俺の名前だ。
「そう言えば、お前はどうすんだよ?逃がしたのがバレたら、ただじゃ済まないだろ?」
俺は今、白崎が送ってくれてるから大丈夫だろうけど(多分)、このまま俺を送り終えて帰ったら白崎の命が危ない。いったいどう考えているのだろう。先見性の高い白崎は、考えていると思うが聞いてみる。
「僕?僕はやることが済んだら、バルセルに亡命するよ」
楽勝、楽勝と俺に笑って言って見せる。少し不安だったが、大丈夫と言われたらそれ以上は聞けない、俺が心配しても状況は変わらないしね。
「あ、あとこれ!」
白崎は運転しながらバッグをゴソゴソとまさぐる、出てきて、俺に投げ渡されたのは財布だ。
「え?」
これはさすがに貰うのを躊躇してしまう。
「大丈夫大丈夫、僕のじゃなくてソラ用に用意したやつだから、軍資金に使って。諜報活動の予算をちょっとね」
悪い奴だ、サイフの中を見るとそれなりに入っている、暫くは不自由なく過ごせそうだ。しかし、バイトとかして旅費を稼がないと、エルゲートまでは行けそうにない。
「足りないのは自分で調達してね」
「わかってるよ、ありがとう」
そして俺たちは、グレイニア自治区に向けてひたすらに道を西へと走る。
死ぬ事が確定していて、蓋を開けてみると、トラックに乗り爆走して逃げている。俺の人生波乱万丈だ、まだ、白崎の事を信じ切った訳では無いけど、どうだろう、信じてもいいのかな?
あいつはずっとニヤニヤしている、何が楽しいんだろうか。しかし、その笑顔を見ていると信じてもいいかな、と思えてきた。
俺もなにかおかしくなってきて、ニヤつきながらバータイプのレーションを食べていた。
休憩しながら1日走り続け、また薄暗くなってきた、白崎はずっと運転している、申し訳ない。そして、まもなくグレイニア自治区だ。
街の外れにトラックを駐め、白崎はトラックの外に出て、誰かと電話している。
「おっけー、難民がそろそろこの街を出発してグレイニア自治区。いや、自由グレイニアに行くらしい、それと合流してグレイニアに渡って、協力者がいるから」
白崎ともお別れだ、なんだかんだいろいろ用意してくれて良くしてくれた。一時はぶん殴ってやろうかと思ったが、もうそんなことは忘れた。ただただ、感謝だ。
俺は準備を始める、服を着替えて、バックパックに荷物を詰めて。長旅になる、用意は慎重に。
「よしっ」
忘れ物は無い、パスポートも持った、労働許可証も使えるか分からないけど持った、全部持った!俺はここから、エルゲートに向けての旅に出る。
貰った限りなく黒に近い青色のコートを羽織り、バックパックを背負って、俺は白崎と向き合う。
「ありがとう、頑張るよ」
「うん、必ず彼女達に会うんだよ」
白崎と握手を交わして、その場を離れる。名残惜しいが水咲さんに会うため、頭を振って寂しさを紛らわす。
「ツルギ!」
おいおい、俺はソラだよ、お前が言ったんじゃないか。と思いつつも白崎に呼ばれて振り返ると、ガバッと抱きつかれた。
「ちょ、白崎…」
白崎は離れようとしない、俺は彼の背中を擦る。ギューッと締め付ける力が強くなる、やめろって、悲しくなるだろ。
しばらくして、ようやく彼は離れた。
「ありがとう、またね」
いつにもないとびきりの笑顔、それを見て俺は泣きそうになる。
「ああ、またな」
俺は込み上げてくる涙をぐっと我慢して、手を振っりそこを離れる。白崎はひとしきり手を振るとトラックに乗って帰っていった。
1人か、寂しいけど、みんなと会うまではずっと1人だった。
頑張ろう。
そして、俺は難民たち、協力者という奴と合流するために街へと歩き出した。




