第26話 彼女のために
11月12日
ローレニアが降伏して1週間が経った。相変わらず、と言うか前よりも寒い、凍える毎日を送っていた。
私と啓ちゃんはまだ、ベルツィオにいる。
ローレニア暫定政府監視団として。
政府の外交とやらはよく分からないけど、サヤ王を頂点とする暫定政府はクーデターによって発足された、軍主導による組織だ、あまり信用が置けないのだろう。戦後処理が終わるまでは、ここに軍を置き彼らを監視するそうだ。
戦後処理というと、まだ剣くん達は帰ってきていない、今頃どこにいるのだろうか。まさか、奴隷の如く働かされているのでは?不安だけが募っていく。
彼が帰ってこないと、私の戦争は終わらない。
コンコン。
長井ちゃんだ、ガチャンガチャンとなにか重そうなものを持ってきた。
「はぁ、やっとストーブが届きましたよ」
彼女の両手にはよく学校とかにある円柱形の石油ストーブがあった。遠くから持ってきてくれたのか、寒いのに彼女の額には汗が見える。
「あ、わざわざありがとう」
彼女は私にニッと笑って見せ、ピューっと外に出て直ぐにチャポチャポとポリタンクを揺らしながら灯油を持って帰ってきた。
すぐにそれをストーブに移して、火をつける。しばらくすると。
「「「あったかーい」」」
寒くて固まっていた顔が緩む。
ああ、早く常夏の端島に帰りたい、そんなことを思うが、剣くんが一緒じゃないと、リュウちゃんに入れてもらえそうにないし、私も帰りたくない。
私達は、しばらくストーブの前から離れられなかった。
※
宮殿内、大広間、王の間の玉座には俺の兄、サヤ王子、いや、サヤ王が座っている。
俺は鎖に繋がれて、王の間の端に、中央の開けた所には父、アブルニ王が立たされていた。
一体何故、兄上は俺を捕まえたのか。
一体何故、兄上はクーデターを起こしたのか。
一体何故、父上は立たされているのか。
一体何故...。
俺は、兄上が父上を嫌っている事は知っている、成人すると幾度となく喧嘩をしていた、それは武力を伴うことも。理由はよく分からない、興味がなかったから。それが嫌、兄の言う戦う意義という、俺には小難しくて分からないことが嫌で、エルゲートに亡命した。
しかし、今俺はここにいる。ほんと、なんでなんだろう...。
「シロ」
兄上がそう言うと、玉座の後ろから誰かが出てきた、白いマントを羽織りフードをしていて、顔は伺えない。
「用済みだ、やれ」
シロと呼ばれた白いマントの人は右腕を上げて、父上に真っ直ぐに向ける、手には拳銃を持っていた。
パン、パン、パン...。
父上が頭から、胸から血を周辺に撒き散らしながら倒れた。
俺はもう、何も考えられなくなっていた。いや、考えたくなかった。
シロと呼ばれた人が俺の元へと歩いてくる、コツコツと足音を響かせて。
ああ、次は俺か、せめてもう1回・・・、水咲さん、啓、リュウ、皆に会いたかった...。
俺は下を向き目を瞑る。
しかし、いくら待っても何も起こらない。
痛みも感じずに死んだのか?恐る恐る目を開けると、王の間の床が見える。まだ死んではいないようだ。
シロと呼ばれた人の足が視界に入る、俺は顔を上げると、その人はフードを脱いだ。
「お前っ!!」
俺の目の前には、銀髪ショートヘア、中性的な顔をしていて、色白な美青年がいた。
「白崎!お前、この野郎!」
今すぐに殴ってやりたい、しかし、俺は鎖に繋がれていてジャラジャラと音がするだけで手が出せない。
「なんでなんだよ!どういうことだよ!白崎!」
ただただ、俺の怒号が部屋に響く。
「ツルギさん、その名前は嫌いなんですよ。僕のことはシロと呼んでください」
「貴様っ!!」
鎖が腕に食い込んで痛い、だけど、今すぐこいつをぶん殴らないと気が済まない。肩が外れそうな程暴れる。
「おー、怖い怖い」
そこに、兄上が笑いながら割って入る。
ギョッと玉座を睨むとニヤリと笑っている兄上が、足を組みこちらを向いていた
「シロは、ノースエル出身だが。彼の父親は代々ローレニアの優秀な諜報員でね。まあ、そこまで話すとあとは分かるよね、弟よ」
クソッタレ、クソッタレ、クソッタレ!
ずっと俺は、みんなは、こいつに騙されて監視されていたのか...。
「クソッ!クソッ!...」
俺は地面に頭を打ち付ける。
「まあまあ、落ち着きたまえ、弟よ。貴様に選ばせてやる」
選ぶ?一体何を?
「この国を立て直すにあたって、貴様は邪魔なんだよ。父上派の人達が貴様を持ち上げないとも限らないからね」
だったら、そのままほっといてくれたってよかったじゃないか...。わざわざエルゲートにいる俺を、連れ帰してまで対立するほどでもなかろう。
「ほら、この国の諜報員は優秀だろ?不安分子は早めに始末しとかないとね」
なんだよ、結局俺は殺されるのか。やっぱりあの時ベイルアウトせずに死んどけばよかった...。しかし、あの時は、水咲さん達の顔が浮かんで死にきれなかった。
「だから選ばせてやる!国の為に死ぬか、エルゲートへ戻るか」
え?それならエルゲートに帰りたい。目を見開いて兄上を見る。
「しかし、エルゲートに戻るなら、シロが勝手なことをするかも、しれないな。それに、普通に死なれても面白くない」
フハハハハ、とあいつは笑ってどこかへと消えてしまった。
はぁ、俺は結局死ぬのか...。
俺は国の為に死ぬことを選んだ、エルゲートに帰って水咲さん達にもしもの事があったら遅い、死ぬのは俺だけで十分だ。
「ツルギさんには最高の場所を用意してあるよ、水咲さんに会えるよ?」
白崎、いやシロは俺の両肩に手を置き、顔の前でニコッと笑って見せた。
「......え?」
※
《飛行禁止区域に航空機1機が侵入。ブルー隊、スクランブル急げ》
しばらく何事もなかったベルツィオ基地が、慌ただしく動き出す。
もー、せっかく温まってきたところだったのに、私は文句を言いながら啓ちゃんと戦闘機に乗り込み、
状況を確認する。
ローレニア方向から飛行禁止区域、(だいたいベルツィオとカガガルローレッツィオの、ローレニア境界線から20キロの非武装地帯のこと)に航空機、と言うか、戦闘機が1機侵入したので警告に向かへ、という事だ。飛行禁止区域に侵入されてからスクランブルするのでは遅い気もするが、最近何事もなかったし戦時中でもない、見落としていたのだろう。
私達は機器のチェックを済ませて、すぐに離陸する。
前方に戦闘機が見えてきた、私達は旋回して警告の為に距離を詰める。
暗灰色のSu-27、両翼は赤く塗られている。間違いなくローレニアの機体。両翼が赤いということはエース級だろう、動静に注意しないと。
《貴機は飛行禁止区域に侵入しています、進路を北に変針してください》
〈......〉
返答はない、通信設定は出来ているはず。機体をもっと寄せて警告を続ける。コックピットの中は伺えない。
《指示に従わない場合は発砲します》
〈......〉
それでも、ローレニア機は全く反応しない。
《ブルー隊、警告射撃を許可する、何かあったら撃墜して構わん》
《ブルー2了解》
私は警告射撃をするためにローレニア機の後方に移動する。そして、射線を外して10発ほど発砲した。
バッ!
《え?》
目の前からローレニア機が消えた。
私はキョロキョロと周りを見渡す。
《水咲さん後ろ!》
啓ちゃんが慌てた声で危険を知らせる、後ろを振り向くとSu-27が私の後ろにくっついていた。
《いつの間に!》
啓ちゃんが機銃を発砲しローレニア機は回避、その間に私はロールして逃げる。
ロール後、後方を確認すると啓ちゃんがローレニア機の後ろにつこうと追っているが、なかなか後ろにつけにない。むしろ、クルクルと回っているといつの間にか、相手に後ろに付かれている。
《くそっ》
啓ちゃんが舌打ち混じりに声を漏らす。
こんな空戦は久しぶりで心拍数が上がる。
クルクルクルクルと3機は宙を舞う。
その時、ローレニア機は一瞬の油断を見せた、私はそれを見逃さない、剣くんと飛んで鍛えた空戦技術がここで発揮される。
《フォックス2!》
躊躇することなくミサイルを2発、発射。
ババーーン、ドーン...
ローレニア機は私の発射したミサイルを避けることが出来ずに2発とも被弾、炎を上げて墜落していくと、空中で燃料に引火したのだろうか、爆発四散した。パイロットは脱出出来なかったようだ。
《…敵の抵抗にあい、こちらも応戦、撃墜しました》
《了解だ、ブルー隊、帰投しろ》
私達は任務を終えて基地に帰投。
そして、その後すぐに守備隊長、元い、監視団長の部屋に呼ばれた。
何かと思えば私たちの端島への転属が決まったそうだ。後任の戦闘機隊が決まり、私たちは元の基地に戻ってゆっくり休め、との計らいだったようだけど。
啓ちゃんは断固として拒否していた、剣くんがいないと帰りたくないと。
私だってそうだけど…。
「君たちの気持ちは痛いほど分かるがこれ以上私情を挟むな、私だって部下が何人も死んでいる…」
その言葉に啓ちゃんは何も言えなくなり、部屋の真ん中でシュンと棒立ちしてしまう。
私はそんな彼女の手を握って、部屋を後にした。
夜。
「急に決まっちゃって、元気でね、長井ちゃん」
「いろいろありがとうです、元気で」
私と啓ちゃんは剣くんと白崎くんの荷物を持って、ここにいる間、良くしてくれた長井ちゃんにお別れを言っていた。
「いえ、こちらこそ!笹井さんと白崎くんは必ず見つけます!」
ブカブカなヘルメットが相変わらず似合わず、ビシッと敬礼する長井ちゃん、私達はクスッと笑って敬礼を返した。
長いようで短かったベルツィオでの生活は終わり、端島へ帰る時が来た、5人で来て2人で帰る、帰ったら荒木さんたちになんて言われるか、それよりも、リュウちゃんだ、何と説明しよう...。
そういろいろと悩んでいたら時間が来た、私は剣くんの荷物を、啓ちゃんは翼くんの荷物を機体に載せて乗り込む。
《ブルー隊、離陸を許可する。また会おう》
私達は暗闇の空に飛び上がり東に進路を向ける、剣くんがいないけど帰るしかない、私たちの家へ。
※
水咲達が帰ってきた、機影は2機、笹井と白崎の姿はない、やはりあいつらは死んだのか?それに、黒木の姿も無い、一体何が...。
「剣くんと白崎くんは墜落して捕まり、捕虜になっている可能性が高いらしいです、黒木くんは空母に帰っちゃいました」
なるほどそういう事か、遺体が見つからないんじゃ、そうも思うだろう。行方不明の家族が見つからない、そのような人は少なくとも、どこかで生きている、そう思うものだ。
現実はそんなに優しいものだとは思えなかったが、それを彼女たちに言う訳にはいかない、少しでも可能性が残っているなら。
「リュウちゃんには言ったんですか?」
「言えるわけないだろ、そんなこと…」
「ですよね、遅かれ早かれ知られると思うんで、明日行ってきますね」
「あ、ああ...」
そして、その場はお開きとなった、過酷な地獄と言われる所にいたんだ、少しでも休ませてあげたい。
※
荒木さんは優しく私たちを迎えてくれた。
みんな相変わらず元気そう。
ベルツィオの寒さが嘘のようにここは暖かい、あっちは寒すぎてインナーを着込んでいたから汗ばんできた、部屋に戻って着替えよう。
私たちの部屋はベルツィオに行った時のまま残されていた、いや、そのままという訳では無い、机やベッドには、ホコリひとつなかった。
リンくん達が時々掃除してくれていたらしい、人が居なくなった部屋はすぐに痛むからと。お礼はちゃんと言っている、今度カフェで奢ってあげよう。
啓ちゃんが荷物を置いておもむろに飛行服を脱ぎ、何枚も着込んだインナーを脱いでいく。私も暑い、着替えよう。
啓ちゃんは人目をはばかることなく上着を全て脱ぎベッドに放り投げる、元々片目が隠れるほどあった髪の毛は少し伸び、ろくにお風呂も入れずにボサボサになっている、可愛い顔が台無しだ、しかしそれよりも。
あそこに居た1ヶ月、まともな食事は一切なかった、長井ちゃんが時々持ってきてくれる甘いチョコや、缶パンが嬉しかった。しかし、剣くんが帰ってこなくなってからほとんど食事をとらず、上の空な日が続いていた。
啓ちゃんの背中は痩せていて骨が浮き出ている、元々細身だったのに、一体この1ヶ月で何キロ痩せたんだろうか。
「どうしたんですか?」
自分をじっと見つめる私に気がついたのか、疲れきり目の下のクマが酷いジト目を私に向ける。
「ううん、啓ちゃん痩せたね」
彼女は、ん?と自分の体を見る、胸の膨らみは元々ないが肋骨がうっすらと浮き上がっていた、それを手でなぞって「ふんっ」と鼻で笑って私を見る。
「美咲さんこそ、痩せすぎです」
なにがおかしい、というわけではなかったが私達は笑っていた。
その日は気絶するように眠りについた。
翌、12時
「カフェ・スカイ」
私達は意を決して店の中に入る。
チリンチリン。
マスターは顔をこちらに向けると嬉しそうに微笑み、リュウはカウンターの高椅子に座り長い足をブラブラと揺らしている。カフェエプロン、ホットパンツにタンクトップ、私よりはないが胸の膨らみが強調されて、剣くんが喜びそうな格好だ。
「おかえり、水咲ちゃん、啓ちゃん、...おや?」
「わ!おかえり!......剣くんは?」
私達を見ると満面の笑みで駆け寄ってきたリュウちゃんだったが、剣くんがいないと分かると表情を暗くして足を止める。
私達は事の顛末を彼女に伝える。
「そうだったんだ...、じゃぁ、剣くんは生きてるんだね?」
「うん、きっと」
今日、会えなかったことは残念そうだったが、生きている希望があるだけ、彼女は表情を明るくした。
みんなでカウンターに飾ってある私たちの写真を見る。
「てかさー、水咲さん達、痩せすぎ!なんか作ってくるね!」
彼女はエプロンのヒモを締め直して、厨房へと走っていく。私と啓ちゃんは顔を見合わせる、頬をやつれさせ元気のない目、2人同時に自分でパンパンと顔を叩く。
いい匂いが漂ってきた、お腹がグルルと鳴る。
しばらく待っていると、出てきたのはパスタとソーセージの盛り合わせに、ちょっとしたサラダと、チョコワッフル。
とても美味しそう。
「へー、リュウちゃん、他にも料理出来たんだ」
正直チョコワッフル以外作っているのを見たことがなかった、意外と言えば意外だった。
「まぁ、炒めて混ぜただけだけどね。ってこら!」
リュウちゃんのノリツッコミに3人でケラケラと笑う。すると、マスターがおもむろにテレビをつけた。
「へぇ、テレビあったんだ、気が付かなかった」
「戦争が始まってから衛生テレビが映んなくなってね、最近また、映るようになったんだよ」
私達は普段見ないテレビにワイワイと話しながら目をやる、やってるのはニュース番組かな?
《先日、エルゲート軍が駐屯するベルツィオの飛行禁止区域に侵入した航空機は、エルゲート空軍機によって撃墜され......》
「あ!あれ私たちだよ!」
「うそ、凄い!かっこいいね」
どこの誰が撮っていたのか、私たちが空を飛び、ローレニア機と空戦をしている姿がテレビから映し出されていた。
「いつもあんな感じなの?」
「んー、だいたいそうかな」
「わー、怖い...」
リュウちゃんは両腕をさすり顔を顰める、まあ、そうだよね、私だって怖いもん。
カランカラン。
何かを落とした音にびっくりして、私は啓ちゃんを見る、彼女は目を見開き、パスタを食べようとしていたフォークを落としていた。
「ちょっと大丈夫?」
私は笑いながら、飛び散ったソースを拭いてあげていると。
「水咲さん、あれ...」
啓ちゃんはテレビを指さす。
《ローレニア暫定政府の発表によりますと、飛行禁止区域に侵入したのは、長い間行方不明だったツルギ・アルシュール・ローレ王子...》
テレビ画面、ニュースキャスターの横に映る写真にはよく見慣れた顔が映っていた。
サラサラストレートヘアで可愛げのある男とも女ともよく見分けがつかない、剣くんの姿。
その写真は王家の煌びやかな正装を着ていて、とても格好良かった。
けど…。
どうやら、ニュースのアナウンサーが言うには、私が撃墜した戦闘機には、剣くんが乗っていたらしい。
啓ちゃんはその場に泣き崩れる。
「え?あれ剣くんに似てない??え??」
リュウちゃんは混乱していたが、テレビに映し出された写真を見ると、すぐにそれが剣くんだと理解する。
《サヤ王は、彼の暴走を止めることが出来ずにエルゲートにご迷惑をかけたと陳謝し。また、ツルギ王子はアブルニ王の死後、王位継承第1位の前王派だったこともあり、彼の死亡により内部抗争は収束に向かうでしょう...》
私はカフェを飛び出していた。
涙で視界はボヤけて、直ぐに躓き転けてしまう。
私は立ち上がれない。頬を擦りむいてヒリヒリする。
今思えば、私が警告射撃をするために後ろに付いた時、彼は姿を一瞬消した、それが誰かが撮った動画にも映っていた。
キレキレなコブラマニューバ、彼の機動そっくりだった。
あの時、それに気づいていれば。
あの時、応答さえしてくれていれば。
あの時、啓ちゃんと帰らず剣くんと残っていれば
あの時、あの時、あの時...。
私は西の空に向かって力なく叫ぶ。
「ツルギくん...」
涙が洪水のように溢れ出てくる、私はこの手で大好きな人を殺めてしまったのか、知っていたか知らなかったかなんて関係ない、それは事実なんだ。
ふと、左手首を見ると黄色いミサンガが土で汚れている。
「......ごめんなさい」
力なく呟く。
私はなんの為に戦っていたのだろう、大切な人を守るため?しかし、大切な人を亡くしてしまった。
ブルー隊隊長、黄色の一本線。
私の1番機、イエローラインと世に名を馳せた、笹井剣は帰ってこない。
私の戦争は今終わった。




