第22話 前進
10月12日
空に、地上に、A-10サンダーボルトⅡの30ミリバルカン砲の猛烈な咆哮がこだまする。
全てを跡形もなく粉砕するそれは、6機が横一線に並び地上を蹂躙する。
《うわ、やべーなアレ》
あいつら、ライジング隊が飛び抜けたあとの地表は耕され、何も無かったかのようになっている。
特殊な貫徹弾によって戦車の装甲も貫通、砲塔を吹き飛ばし、見るも無残な炎を上げていた。
あれを見る度にいつも思う、戦闘機も危険だけど、あのように戦車の中で焼け死ぬのは、絶対に御免だと。
ライジング隊の後ろから残った敵を殲滅する為に、攻撃ヘリ部隊が突入を始めた。
ここはベルツィオから道なりに北西に180キロ進んだ、カガガルローレッツィオ守備要塞の手前にあるエンツィ防衛拠点、遠目には大きな壁の様な物が見える、あれが守備要塞だ。
攻撃ヘリが動くものに容赦なくロケット弾を発射し、地上で爆発する。
圧倒的ではないか我が軍は。しかし、そうも言ってられない、お客さんだ。
《イプシロン隊から各機、敵機確認、行くぞ》
上空で待機していたイプシロン隊が大きく機体をロールさせ地上目掛けて降下していく、それに俺達もついて行く。絵に描いたような綺麗な編隊飛行だ。
守備要塞方面から戦闘機が7機接近中、恐らくいつもの奴らだ。こっちも、7機いる一人一人相手してやる。
《各隊交戦許可。イプシロン隊、交戦》
《ブルー隊、交戦!》
《オメガ隊、交戦!》
俺達はライジング隊や、攻撃ヘリ部隊に被害が及ばないように、上手く相手を誘導し戦域から離れる。
《ライジング隊は空爆を続行、ブルー隊、オメガ隊、各個撃破しろ》
各隊了解する。俺は誰かに命令されるのはあまり好きではないが、イプシロン隊には実力が伴っている、イヤイヤながらも彼の言うことに俺は従う。
彼の言うように、各個撃破と言えば簡単だが、奴らもそれなりに手強い、なかなか難しい戦いになると思う。だが、俺は敵を追う手を緩めない。
青い7機と、喑灰色の7機が木の葉のように宙を舞う。
《遅い》
イプシロン隊の北見少佐がそう言うと、敵機が1機炎を上げながら落ちていく、何それカッコイイ、とつい見とれてしまう。完全に個人プレイだ、俺達も負けてられない。
ブルー隊の戦法は基本的に囮だ、誰かがわざと追われてそれを誰かが落とす、信頼していないと出来ない、かなり無謀な戦法。硬い人からは無駄だと怒られそうだ。
そして、今は俺が追われている、なんか追われてばっかだなぁ。俺は空を水咲さんと啓の位置を確認しつつクルクルと舞う。
今だ!
操縦桿を戻したその時、敵機の後ろに水咲さんがピッタリとくっつく、それと同時に俺は急旋回、刹那、水咲の機銃掃射によって敵機は火を吹き落ちていく。
《ありがとう、水咲さん!》
次は俺の番だ、今度は啓が追われ役になっている、それを確認すると啓の後ろにつくように大きく旋回、啓もそれを分かっていたかのように、俺の旋回半径に機体を持ってくる。
ロックオン。
俺は躊躇することなくミサイルを発射、敵はフレアを発射するも近すぎた、ミサイルはフレアに見向きもせず敵機に命中した。
《ほんと、よくあんな戦法で戦えるなぁ》
《いいから、僕達もやるよ》
オメガ隊の戦法は個人戦だ、と言うよりも、白崎が縦横無尽に飛び回り、黒木さんがおこぼれを頂く感じ。
俺と同じF-35が空を縦横無尽に飛び回る、本当に俺と同じ機体か?と思うほどに。白崎は不思議な機動で敵機に迫る、あれはスライスターンか?どうやってるのかさっぱり分からない。一瞬で敵機の後ろに付いたかと思うとバババと機銃掃射、しかし、速度が出すぎて追い越してしまった。
《詰めが甘いよ》
敵機が被弾し動きが鈍くなった所に、黒木さんがミサイルを放つ。
バァーン。
見事に命中。
《ありがと、次はちゃんとやります》
なんだかんだ、彼らはいいコンビだった。
〈くそ、前より動きがいいぞ〉
〈F-16のコンビが厄介だ、一旦引くぞ〉
敵は焦っていたのか、無線が混線している。
無線で流れたように生き残った敵機は守備要塞の方向へと撤退していく。
《深追い無用》
追いかけようとしていた俺達を、北見少佐は止める。よくよく考えれば要塞にはどんな対空兵器があるか分からないし、これは囮かもしれない、懸命な判断だろう。
《戦車隊、片付いたぞ、前進しろ》
《了解!戦車隊前へ!拠点を占領する!》
牧田少佐の一声で戦車隊が土埃を上げながら拠点に向かって前進する。横一線に戦車が並び、空から見ると壮観だ。
《こちらライジング隊、弾を使い切った、先に帰るぞ》
《イプシロン1了解、しばらく制空任務につく》
全弾薬を使い切ったA-10が先に基地に帰投する、攻撃ヘリもまだ残っているし火力的には問題ないだろう。
俺達は新たな敵機に備えて、上空を旋回待機していた。
※
アイツらがここから居なくなって約2週間が過ぎた。
こっちはこっちでてんてこ舞いだ。
10月15日、アバシ。
《ソーサラー1から各機、攻撃開始!》
アバシの戦闘は拮抗していた、四六時中、旭要塞からノースエルに向かって滑空砲の雨を降らせているが、敵が減った気がしない。
そしてついにはドローンのお出ましだ、北の空に爆撃機が悠然と飛び、ドローンを投下している。笹井たちのように上手くいくかは分からないが、やるしかない。
《シエラ隊、交戦!》
俺はリンを引き連れてドローンの攻撃に向かう、若いのには対地攻撃を任せてある、ドローンの対処なんてまだ無理だろう、俺はアイツらを生かすためにも闘う、島木のようにまた、仲間を失いたくないから。
《早く戻ってこいよ、笹井...》
叶いもしない願いを、俺は願っていた。
いなくなって初めて気づく、仲間の大切さ。あいつらは死んだわけじゃない、こうやって闘っているとまた一緒に飛ぶ時が来るだろう。俺は、その日が来ることをまた、強く願った。
※
エンツィ拠点は占領した。しかし、守備要塞からの距離が近すぎて、ロケット弾のいい標的になっていた。これには堪らず、陸軍は施設を破壊して射程外までの撤退を余儀なくされた。せっかく落とした拠点、放棄するのは悔しかった。
ベルツィオ飛行場。
「皆さん、差し入れを持ってきました」
長井さんがテントに何やら缶かんを持って入ってきた、今日は何を持ってきてくれたんだろう?
「缶パンです、2つしかなくてすいません...」
いやいや、2つでも十分だよ、本当にいつもありがとう、皆で丁寧にお礼を言う。彼女は嬉しそうに笑う、笑顔が可愛いな。しかし、彼女も目の下のクマが日に日に濃くなっている、大丈夫だろうか?
「長井さん、大丈夫?」
白崎がクマのひどい彼女を心配する、この優男め。
「休憩を貰ったので、少しここで休んでいってもいいですか?」
うん、構わないよと俺たちが了承すると、彼女は白崎が座るコットにちょこんと腰を下ろした。え?君たちいつの間にそんな関係なの??
彼女は安心したのか白崎の肩に頭を置いて一瞬でスースーと寝てしまった。
白崎がすんごいドヤ顔でこっちを見てくる、やめろ気持ち悪い。
「翼くん、やることはやってるんだね」
「戦場で不純です」
いや、2人とも、君たちも同じだからね?
もうなんか俺にくっつくのが癖みたいになっていて、全然離れようとしてくれないんだから。
一方、黒木さんを見ると、なんで俺はモテないんだと言わんばかりに、負のオーラを放ちつつテントの端っこで体育座りをしていた。
うん、放っておこう。
俺達はありがたく、長井さんが、持ってきてくれた缶パンを食べる。俺と水咲さん、啓に1つ、黒木さんと白崎に1つ、シンプルな味だが甘くて美味しい。俺は1口だけ食べると、残りを半分に分けて2人に渡す。
「え、調子悪いの?」
「食べた方がいいですよ」
水咲さん達は俺のことを心配してくれる、俺の事はいい。それより君たちだよ。
「2人とも、ちょっと痩せてきたよ?俺は大丈夫だから、食べなって」
俺だって腹は減っているが、こんな可愛くて美人な2人にひもじい思いはさせられない。俺からのせめてもの配慮だ。
「でも…」
「...」
2人は分け与えられたパンを見て悩んでいる。
ぐぅぅぅぅぅ...。
ばっ、バカ!こんな時に鳴るんじゃない、俺のお腹!
「剣」
白崎に呼ばれて見るとパンが投げ渡された、白崎はニンマリと笑っている、彼らのを3等分して1つくれたみたいだ、みんな優しいなと胸にジーンとくる。
パンといえば、リュウの手作りチョコワッフルが懐かしい...。なんか、なんでも食べてはそれを思い出しているような...。
最近、戦闘糧食ばかりでまともに食べていないせいだろうか、水咲さん達は少し痩せた気がする。せっかくの美貌が台無しだ、俺だって気を使ってしまう。
栄養は豊富なんだろうけど、全然腹持ちが良くない、それを気にしてか長井さんが、時々甘い物を持ってきてくれる。とても優しい子だ。いや、白崎への貢物なのかもしれない、そう考えるとちょっと
恐ろしい...。
しばらくすると彼女が目を覚ました。
「......わ!わたし!!」
顔を真っ赤にして飛び起きて、すみませんすみません!とペコペコと俺達に謝る、大丈夫大丈夫、と笑って言っていると彼女は時計を見て。
「わ!も、戻らないと!失礼しました!」
ピューっと風のように出ていった、騒がしい子だ。隣のテントから。
「お前、どこ行ってたんだ!」
「すみませーーーん!」
と、声が聞こえる。
それには。悪いと思いつつも笑ってしまう。
「おい、白崎」
「ん?」
「頼むから、この戦争が終わったらプロポーズするんすよ、とか言わないでくれよ?」
「え?」
「え?じゃねーよ!」
皆、笑っていた。ここに来て初めて腹から笑った気がする。
白崎はキョトンとし、水咲さんは満面の笑みで大笑い、啓も肩を揺らして堪えきれない様子、黒木さんはテントの隅にいたので話についていけないようだ、俺も自分でツッコんどいて笑ってしまった。
ずっとこんなんだっら良いのに、しかし、そうもいかなかった。




