第21話 敵本土
端島、19時。
俺は戦闘機に乗り込み、マスターから貰った写真を、第14飛行隊の皆と撮った写真の上に挟む。
こうやって見比べると、下の写真の俺の顔はひどい顔だ、さっき撮った写真の俺の方が生き生きしているように見える。
そして、黄色一本線が描かれた機体が3機、白い鷹が描かれた機体が2機、滑走路に向かって動き出す。
駐機場には荒木さんや、整備員の皆の見送り、みんな大きく手を振ってくれている。
《あ!》
その中に、リュウとマスターの姿を見つけた、一体どうやって入ってきたのか、それとも誰かのはからいか、リュウは飛び跳ねながら大きく手を振っている。
それに俺はコックピット内から手を振る。
すると、彼女は気づいてくれたようで、一段と大きく両手を振ってくれた。何かを言っているようだけど、エンジンの音とかで聞こえない、帰ってきたら聞くとしよう。
俺達は尾翼や、エルロンの作動確認を済ませて準備万端。
《ブルー隊、オメガ隊、離陸を許可する。元気でな》
管制の寂しそうな声、いつも冷静なのに珍しい。
《ブルー隊了解、部屋は空けといてくださいね》
《オメガ隊了解、必ず帰ってきます》
俺達は闇に染る空に飛びたち、高度を上げて西に進路をとる、いつ戻ってこられるか分からない端島を背に、一路、ベルツィオへと向かう。
※
彼らは行ってしまった、エンジンの青い炎が夜空へと消えていく。剣くんは私に気づいて手を振ってくれていたと思う、目が合った気がしたから、それが嬉しくて年甲斐もなくはしゃいで「頑張れー!」と叫んでしまった。
この基地の中へは荒木さんに連れられてやってきた、司令から許可は貰ったから1度ぐらい出撃する笹井を見てやってくれと。
彼はとてもカッコよかった、遠くから見ていただけだけど、コックピットの中に軽やかに入り込みすぐに戦闘機を動かして、滑走路へと移動していく。
あの姿を見るまでは、本当に戦闘機乗りなんだろうかと疑っていた、あんなに可愛いのに。しかし、彼はちゃんと戦闘機に乗っていた。
彼の戦闘機の後ろの羽には、シンプルに黄色い線が一本線描かれている。
荒木さんが言うには、「イエローライン」と呼ばれていて、それなりに有名らしい。剣くんは、いつの間にそんなすごい人になってたんだろう、私の知らない剣くんがいると思うと、誇りに思うと同時に、少し寂しく思う。
勢いでキスしちゃったけど、剣くんはどう思っているかな?迷惑だったかな?嬉しかったかな?水咲さん、啓ちゃんと取り合いになるかも。それはそれで望むところだ、絶対に負けない。
帰ってきたらすぐに猛アタックするんだからね。
お父さんも君のこと気に入ってるんだから。
いつ帰ってくるか分からない人を待つ気持ち、不安が募るが、彼は帰ってくることを信じていた。
しかし、戦争が終わっても水咲さんと、啓ちゃんだけが帰ってきて。
剣くんは帰ってこなかった。
※
20時30分、ベルツィオ。
遠く西の空が赤く燃えている、陸軍が激しい戦闘を繰り広げているのだ。ベルツィオ基地からはひっきりなしにロケット弾が発射され、洋上の艦隊からも攻撃が行われている。
《こちらベルツィオ管制、ブルー隊、オメガ隊着陸を許可する。歓迎するぞ、地獄へようこそ》
ホントそうだよ、地獄のように空は赤く燃えている。
俺達はまだ整備が整っていない滑走路にゆっくりと着陸した。ガタガタと揺れが体に伝わる。
駐機場に機体を移動させてコックピットから降りる、遠くの方で銃声と爆発音が響き、基地に静寂は訪れそうにない。
「うわ、やばいな...」
いかにも戦場、と言った感じ、こんなの映画でしか見た事ない。実際に降りたって初めて感じる恐怖。端島では感じられなかった、最前線の緊迫感だ。
降りた機体の方を見ると早速給油が始まっている。
これはすぐ飛ばされそうだ。
誰かが駆け寄ってくる、緑の迷彩服を着ていてヘルメットもちゃんと被っているが、サイズがあっていないのかブカブカで手で抑えている、それに小柄でちょこちょことしているその人、空軍ではなさそう。
「お待ちしておりました、陸軍通信員の長井3等兵曹です!荷物をお持ちになってください、テントまで案内します!」
声を聞くまでわからなかったがどうやら女性のようだ、ヘルメットを深く被っているので素顔はよく伺えない。
「へ?テント?」
案内されながら彼女から詳しく話を聞く。
兵舎の類はエルゲートの空爆によって使えない状態、司令部も、兵舎も今は急ごしらえのテントで補っているという。
そして、パイロット用のテントにつく、テントと言っても意外としっかりしていて、トンネル型の縦に長いテントだ、中に入ると、ベッド代わりのコット(布製のベッド)と、ちょっとしたテーブルが8つ並べられている。地面はむき出しだ。
「えーここ?」
水咲さんは嫌そうだが、本当の最前線とはこういうものだろう、むしろ、今まで恵まれていたのだと痛感する。
「しばらくここで、ゆっくりしていてください!私は隣の通信テントにいますので、何かあったらそこへ!では!」
テントの入口を閉めて、ピューっと風のように彼女は去っていった。ゆっくりしろと言われても、外からは遠く爆発音が聞こえる、気が休まらないし、啓は怖いのか、俺からくっついて離れようとしない。
とりあえず、俺達は荷物を置いてコットに座る。啓は相変わらず離れようとせず、俺の横に座る。
「啓、大丈夫?」
「大丈夫、です」
いや、どう見ても大丈夫そうじゃない、時々大きい爆発音が響き、大丈夫だと言っていても、啓や白崎とかもビクッとしている。いや、心臓に悪すぎる。
しばらく攻撃の音に怯えていると、誰かがテントに入ってきた。
「いや、待たせてすまない、他で手が離せなくてね」
大佐の階級章が見える、ここの指揮官か?
彼はスラリとした体格で緑迷彩服をビシッと着こなし、上唇に蓄えた口ひげがダンディな、所謂、おじ様系に見える。
「ここベルツィオ基地の守備隊長、西崎仁大佐だ、地獄へようこそ、端島の諸君」
丁寧に挨拶してくれる、いい人そうで良かった。
俺もすかさず挨拶する。
「ブルー隊隊長、笹井剣特務大尉です。よろしくお願いします」
「うむ、よろしく頼む 」
守備隊長は律儀に一人一人と握手をする。
「早速だが、出撃してもらう、ここから北西に40キロの所に敵のトーチカ郡がある、迫撃砲や自走砲は他を対応中でな」
俺達は身支度を整える。早速の仕事だ、こんなドンパチしている地上にいるよりかは、空の方がよっぽど安全だ。啓は余程ここにいたくないのか、俺から離れてササッと準備を終える。
こんな所にいられるかと、俺達は空に舞い上がった。
ここでは爆発音も何も聞こえない。地表よりとても安全に感じる。
指定された目標へと急ぐ、夜なのでとてもわかりやすい、曳光弾による線がトーチカから光っていた。
《さっさと片付けよう》
俺達は腹に抱えた爆弾を全て投下し、トーチカ郡を黙らせた。
ここに来て1週間が過ぎた。
10月11日。
皆、目の下のクマが酷くなってきていた。
黒木さんと、白崎は隙あらばと今は仮眠している。
俺はと言うと、急ごしらえで作ったお手製の長椅子に3人で座っている。
水咲さんと啓は俺の肩に頭を乗せてスースーと眠っているが、時折する大きな爆発音にビクッとして目を覚ます。
俺は怯える2人の頭を撫でることでしか、落ち着かせることができない、こんな生活が1週間、参ってしまいそうだ。
陸軍の戦線の状況はと言うと少し手こずってはいるが、前進はしている、次の目標は、ベルツィオから道なりに行って北西200キロにある、カガガルローレッツィオ守備要塞。ローレニアの絶対国防圏とされる要塞だ。そこを抜ければ王都への道は開ける。今は、そこへもう少しという所で足止めを食らっている状態だ。
「皆さん、差し入れです」
ここに到着した日に案内してくれた長井さんは、俺達のことを随分と気にかけてくれていて、時々、差し入れを持ってきてくれる。彼女の、素顔は最近初めて見た、髪は長いがポニーテールにまとめて、目がクリっとしていてとても可愛らしい。歳は22歳だとか、とても勇敢な子だ。
今日の差し入れはチョコレートだ、1人一欠片しかないが、体が甘いものを欲していた、とても嬉しい。
「ありがとう、長井さん」
白崎が真っ先にお礼を言う、あいつは彼女が来たら全然目を離さない、一目惚れでもしたんだろうか、分かりやすい奴だ。
俺もお礼を言って、チョコレートを1口。
「んー!うまい!」
甘さと苦味が体に染み渡る、こんな美味いチョコは初めて食べたかもしれない。
「これだけしか用意できなくてすみません」
何故か俺達に謝る長井さん。
「ううん、嬉しいよ」
「ありがとうです」
水咲さんと啓にも瞳に光が戻っていた、やっぱりチョコレートは偉大だ、リュウの手作りチョコワッフルが恋しくなる。
「今日はライエンラークから援軍が到着します、少し楽になるといいのですが」
おお、長井さんや、それを早く言ってくれ!
しばらく生き残りの艦載機と、俺達だけだったので手が回っていなかったのだ、嬉しい知らせだ。
「まもなく到着すると思います」
しかし、ライエンラークか、援軍は嬉しいけどソーサラー隊長みたいな人だったらどうしよう。
あんな、偉そうな人が来るとやりづらくてたまらない。嬉しさ反面不安が残る。
少しすると、戦闘機のエンジン音が周囲に響く、援軍が到着したようだ。
滑走路まで見に行くと、そこには、青迷彩のF-16が2機と、青迷彩のA-10攻撃機が6機いた。
おー!A-10とか久しぶりに見た!これで対地攻撃力アップだ!と興奮していると。パイロットらしい人達が近づいてくる。
「ライエンラーク第102攻撃飛行隊から来た、ライジング隊、隊長の牧田少佐だ、こちらは」
「同第103飛行隊、イプシロン隊、隊長、北見少佐。君たちは?」
偉そうと言うより、偉い人が来てしまった、少佐とかアタマが上がらないぞ。嫌だなーと思う。しかし、白崎のいた101飛行隊ではない、何が違うのか?
「あ、先日配属されたばかりのブルー隊、隊長の笹井特務大尉です」
敬礼を忘れず、ハキハキと挨拶する、上官には第1印象が大切だ、いくら嫌でも、彼らに嫌われるのは得策ではない。
「お、君がイエローラインか、噂は聞いている。思っていたより若いな、よろしく頼むよ」
気さくに話してくれる牧田少佐という人、彼らも意外といい人のようだ、隊長2人と握手を交わす。
「おお、白崎じゃないか。元気そうで何よりだ」
北見少佐が白崎を見つけるやいなや握手を交わしている、どうやら隊が違うだけで白崎は彼らと知り合いだった様子、白崎は「お疲れ様です」とペコペコしている。
そして、彼らは俺達の隣のテントへと案内されていく、良かった違うテントで。
「あの人たちってどんな人?」
白崎に聞いてみる、同僚なら知っているだろう。
「んーとね...」
彼が言うには、牧田少佐は普通にいい人らしい、ライエンラークでは攻撃機部隊のまとめ役で、自らもライジング隊の指揮を執っている。北見少佐はちょっと小難しい所があるとか、ライジング隊の護衛としていつも行動を共にしているらしい。
「なるほど2隊で1組ですか」
黒木さんが、話に割って入る。まあ確かに、昨日今日来たやつが攻撃機の護衛をするより、専属の護衛機がいた方が連携が取りやすいだろう。理にかなっているのか。
《ブルー隊、オメガ隊、出撃準備》
基地にマイクが流れる。俺達は慌ただしく準備を始め、自分たちの機体へと急いだ。




