第20話 端島
10月4日、9時。
「うそ...、なんでなのよ!なんで、剣くんたちが!」
カフェ・スカイにはリュウの悲鳴にも似た怒鳴り声が響いていた。
「やめなさい、リュウ」
マスターが珍しくリュウを叱り、落ち着かせようとしている。
「でも!」
「これが、彼らの仕事なんだ...」
リュウはついに泣き出してしまい、厨房へと消えていった。
「すまないね、リュウは君達が大好きだから...」
ー●ー●ー
2時間前。
いつものように俺達は作戦室に集まり、司令を待っていた。
最近は集まることが多い、今日は何の話なんだろうか。
水咲さんが俺を挟んで荒木さんに。
「なんですかね?」
「さぁな」
と、いつものように聞いている。前情報がない、荒木さん聞きても分からないだろうに。
少し待つと、司令が入ってきた、俺達は起立して敬礼をする。
「お疲れさん、座って結構」
野太いながらも優しさを感じる司令の声、俺達は席につく。
「今回、集まってもらったのは...」
机に手を付き、めずらしく司令が言葉に詰まっている、どうしたんだろうと、皆は黙って様子を伺う。
「ブルー隊と、オメガ隊のベルツィオへの転属が決まった」
「へ?」
俺は空いた口が塞がらない。水咲さんと啓を見ても真剣な顔をして司令を見ている。
いつまでも続くと思っていた、居心地のいい南の離れ小島での生活が、突如、終わりを告げられる。
「私は、君たちを誇りに思う、よく今日までここで戦ってくれた。ここの事は荒木大尉達に任せて、ベルツィオでも暴れて来い」
司令もどこか感慨深い様子、俺達のことを褒めたたえてくれる。
司令は深く息を吸う。
「エルゲート空軍端島基地第14飛行隊ブルー隊、オメガ隊はベルツィオ前線基地への転属を命ずる。・・・そして、私から最後の命令だ、死ぬことは許さん。詳細は副官から指達する。以上」
司令はハッキリそう言い残すとスタスタと足早に、作戦室から出ていった、残された俺達は。
「笹井、ここのことは任せろ」
「...お願いします」
荒木さんが拳を突き出す、俺はそれに答えてグータッチをした、強面の荒木さんがぎこちなく笑っている。端島に残るのは荒木さん達、4機しかいない彼らも大変なはずだ。
「帰ってきてくださいよ!」
リンさんが横から顔をひょこっと出す。
「帰ってきますよ!」
と、俺は笑って返した。
そして、この事をリュウに話すかと水咲さんと啓と話す、黙って行ってしまうと呪い殺されそうだったので、話すことにした。
「カフェ・スカイ」
チリンチリン。
「やぁ、いらっしゃい、剣くん、水咲ちゃん、啓ちゃん」
「いらっしゃーい!」
マスターの優しい声、リュウの元気な声、この声が聞けなくなると思うと足が止まってしまう。
「いつものでいい?」
何も言うことが出来なくて、元気な彼女を見ることが出来ない、もう会えなくなると言ったら彼女はどんな顔をするだろうか。ん?どしたの?とリュウは笑いながら俺の顔を覗き込む。
「リュウ...」
「なに?」
彼女の笑顔を見ていると、やっぱり言わない方がいいんじゃないか、葛藤を続ける。リュウはニコニコと急かすことなく待ってくれる。
俺は決めた、やっぱり言うと。ちゃんとケジメをつけないと。
「今日は、しばらくのお別れに来たんだ...」
「え?」
リュウは手の力が抜けて、伝票を落とす。
それを見て俺はなんとも言えない気持ちになった。本当にごめん、でも行かないといけないんだ。
「本当は言っちゃいけないんだろうけど、ここからもっと最前線に行くことになって。俺と、水咲さんと、啓、黒木さんと白崎も行くことになった。だから、しばらく…」
リュウの泣きそうな顔、心が痛い、しかし言わなくては。
「...ここには来られない」
俺はあえて最後に少し笑って言う、悲しさを紛らわすために。しかし、込み上げてくるものがある、リュウとはもう2年の付き合いだ、悲しいに決まっている。
「うそ...、なんでなのよ!なんで、剣くんたちが!」
リュウの悲鳴にも似た怒鳴り声が響いた。俺だってこんな楽しい所、ずっと居られると思っていた、しかし、現実は非情だ。
「やめなさい、リュウ」
マスターが珍しくリュウを叱り、落ち着かせようとしている。
「でも!」
「これが、彼らの仕事なんだ...」
リュウはついに泣き出してしまい、厨房へと消えていった。
「すまないね、リュウは君達のことが大好きだから...」
すぐ落ち着くと思うから、いつもの席で待っててくれないかい?と、マスターは俺達にそう言ってくれた。
俺達はいつもの席で待つ。
「やっぱり言わない方が良かったかな…」
「それはそれで可哀想だよ」
「そうです」
重たい空気が俺達を包み込む。
しばらくすると、リュウが厨房から出てきた、お盆にはミルクコーヒーとチョコワッフルをしっかり4つ乗せている。
彼女はそれを俺達の前へゆっくりと置く。
「さっきは、ごめん...」
リュウは力なく俺の横に座る。
俺は言葉に困り、右手でリュウの頭を撫でてやる。ツインテールにまとめた髪がサラサラとしていて気持ちいい。
「別に死にに行くわけじゃない、戦争が終わったら帰ってくるから」
リュウの寂しさを紛らわすため、嘘でも本当でもないことを言う。
「約束だよ?」
「ああ、約束だ」
帰ってはきたいが、それがどういう形になるかは分からない、これは戦争だ。
しかし、俺は約束するしかない、水咲さんと啓もうんうん、と頷く。
そして俺達は静かにチョコワッフルを食べる。
「いつ行っちゃうの?」
「今日の夜...」
「そっかぁ、早いね...」
リュウはワッフルを食べる手を止めて、下を向き震えている、お皿にポツポツと水滴、いや涙がこぼれ落ちる。
俺はリュウに体を向けて、背中をさする。
するとリュウは急に顔を上げて、俺の胸に顔を押し付け、俺の服をがっしりと掴んでワンワンと泣き出してしまった、俺はただ優しく抱いてアタマを撫でることしか出来ない、これくらいは水咲さん達も許してくれるだろう。マスターも、すまないね、といった顔でこちらを見ている。しかし、こんなに俺達のことを想ってくれていたのかと思うと、とても嬉しい。
彼女はひとしきり泣くと、俺の胸から顔を上げた。
「ごめん、ありがと...」
俺はできるだけ笑って「いいよ」と返した。
そろそろ時間だ、基地に戻らないと。
「お父さん!写真撮って!」
「ああ、それがいい」
マスターが奥からカメラを持ってきた、一眼レフでとても高そうなやつだ。
俺達は横に並んでいると、リュウが俺の背中に飛び乗ってきた。
水咲さんより小さいが柔らかいものが背中に当たっている。
「ちょっと、おい!」
「いいじゃーん」
リュウは俺の顔のすぐ横から顔を出して、めいいっぱい笑ってみせている。まあいっか、と諦めて、落ちないようにリュウの太ももを掴む、水咲さんと啓も俺の腕を組んで掴んでくっついてくる。
ちょっと!重いです!
「おお、剣くんモテモテだねぇ」
ちょっとマスターまでノらないで!早く写真撮ってください!色んなところに柔らかいものが当たって、どうかしてしまいそうなんだから!
「撮るよ、はいピース」
何気ないマスターの掛け声だったが、ピースという言葉が胸にのしかかってきた。平和だったらこんなお別れの写真なんて撮っていないだろう、俺は少しくちびるを噛んだ。
写真を撮ると、すぐに印刷してくるからと、マスターは奥に消えていき、本当にすぐに出てきた。
俺のぎこちない笑顔、前の写真よりは上手く撮れている方か、リュウは俺の背中から両手を伸ばして、嬉しそうにダブルピースをしている。水咲さんもとびきりの笑顔でカメラに向かってピース、啓は相変わらずジト目でカメラを睨んでいる、こいつ、写真写り悪いな...。
「ありがと、飾っとくね!」
「遺影にするなよ」
「バカ!変なこと言わないの」
「ごめんごめん」
緊張が解けたのか、少し笑い声が増える、ここはいつ来ても平和でいいな。
お代はマスターが肩代わりしてくれた、餞別だそうだ、俺達はありがたく甘える。
「それじゃぁ、またね」
俺がドアノブに手をかけて店から出ようとすると。
「...待って!」
俺が振り向くとリュウが駆け寄ってきて、俺の頬を両手で優しく包む、すべすべの手のひらが俺の頬をなぞる、彼女はジーっと俺の目を見つめる、リュウさん、近いよ?
チュ。
え、なに?めっちゃ柔らかい...。
リュウは少し背伸びして、顔を近づけ俺の唇にキスをした。
「「あ"っ!」」
俺のファーストキスはリュウに奪われてしまった。何をされたのか一瞬分からず、すぐに理解し俺は顔を赤くする。
水咲さんと啓は何もすることが出来ずに、驚愕の顔で固まってしまっている。
「またね!!」
リュウはしたり顔、頬を赤く染め、とびきりの笑顔で外まで出て見送ってくれた。
帰り道、水咲さんは、リュウちゃんがあんな大胆な子だったなんて…、と項垂れ。啓は何度話しかけても口を聞いてくれなかった。
俺は柔らかい感触が残る唇を触っている。多分ニヤついていて、傍から見ると相当気持ち悪いだろう。
俺は必ず帰ってくる、この居心地のいい家に。




