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ブルー・スカイ  作者: 嶺司
20/31

第20話 端島

10月4日、9時。

「うそ...、なんでなのよ!なんで、剣くんたちが!」

カフェ・スカイにはリュウの悲鳴にも似た怒鳴り声が響いていた。

「やめなさい、リュウ」

マスターが珍しくリュウを叱り、落ち着かせようとしている。

「でも!」

「これが、彼らの仕事なんだ...」

リュウはついに泣き出してしまい、厨房へと消えていった。

「すまないね、リュウは君達が大好きだから...」


ー●ー●ー


2時間前。

いつものように俺達は作戦室に集まり、司令を待っていた。

最近は集まることが多い、今日は何の話なんだろうか。

水咲さんが俺を挟んで荒木さんに。

「なんですかね?」

「さぁな」

と、いつものように聞いている。前情報がない、荒木さん聞きても分からないだろうに。

少し待つと、司令が入ってきた、俺達は起立して敬礼をする。

「お疲れさん、座って結構」

野太いながらも優しさを感じる司令の声、俺達は席につく。

「今回、集まってもらったのは...」

机に手を付き、めずらしく司令が言葉に詰まっている、どうしたんだろうと、皆は黙って様子を伺う。

「ブルー隊と、オメガ隊のベルツィオへの転属が決まった」

「へ?」

俺は空いた口が塞がらない。水咲さんと啓を見ても真剣な顔をして司令を見ている。

いつまでも続くと思っていた、居心地のいい南の離れ小島での生活が、突如、終わりを告げられる。

「私は、君たちを誇りに思う、よく今日までここで戦ってくれた。ここの事は荒木大尉達に任せて、ベルツィオでも暴れて来い」

司令もどこか感慨深い様子、俺達のことを褒めたたえてくれる。

司令は深く息を吸う。

「エルゲート空軍端島基地第14飛行隊ブルー隊、オメガ隊はベルツィオ前線基地への転属を命ずる。・・・そして、私から最後の命令だ、死ぬことは許さん。詳細は副官から指達する。以上」

司令はハッキリそう言い残すとスタスタと足早に、作戦室から出ていった、残された俺達は。

「笹井、ここのことは任せろ」

「...お願いします」

荒木さんが拳を突き出す、俺はそれに答えてグータッチをした、強面の荒木さんがぎこちなく笑っている。端島に残るのは荒木さん達、4機しかいない彼らも大変なはずだ。

「帰ってきてくださいよ!」

リンさんが横から顔をひょこっと出す。

「帰ってきますよ!」

と、俺は笑って返した。


そして、この事をリュウに話すかと水咲さんと啓と話す、黙って行ってしまうと呪い殺されそうだったので、話すことにした。


「カフェ・スカイ」

チリンチリン。

「やぁ、いらっしゃい、剣くん、水咲ちゃん、啓ちゃん」

「いらっしゃーい!」

マスターの優しい声、リュウの元気な声、この声が聞けなくなると思うと足が止まってしまう。

「いつものでいい?」

何も言うことが出来なくて、元気な彼女を見ることが出来ない、もう会えなくなると言ったら彼女はどんな顔をするだろうか。ん?どしたの?とリュウは笑いながら俺の顔を覗き込む。

「リュウ...」

「なに?」

彼女の笑顔を見ていると、やっぱり言わない方がいいんじゃないか、葛藤を続ける。リュウはニコニコと急かすことなく待ってくれる。

俺は決めた、やっぱり言うと。ちゃんとケジメをつけないと。

「今日は、しばらくのお別れに来たんだ...」

「え?」

リュウは手の力が抜けて、伝票を落とす。

それを見て俺はなんとも言えない気持ちになった。本当にごめん、でも行かないといけないんだ。

「本当は言っちゃいけないんだろうけど、ここからもっと最前線に行くことになって。俺と、水咲さんと、啓、黒木さんと白崎も行くことになった。だから、しばらく…」

リュウの泣きそうな顔、心が痛い、しかし言わなくては。

「...ここには来られない」

俺はあえて最後に少し笑って言う、悲しさを紛らわすために。しかし、込み上げてくるものがある、リュウとはもう2年の付き合いだ、悲しいに決まっている。

「うそ...、なんでなのよ!なんで、剣くんたちが!」

リュウの悲鳴にも似た怒鳴り声が響いた。俺だってこんな楽しい所、ずっと居られると思っていた、しかし、現実は非情だ。

「やめなさい、リュウ」

マスターが珍しくリュウを叱り、落ち着かせようとしている。

「でも!」

「これが、彼らの仕事なんだ...」

リュウはついに泣き出してしまい、厨房へと消えていった。

「すまないね、リュウは君達のことが大好きだから...」

すぐ落ち着くと思うから、いつもの席で待っててくれないかい?と、マスターは俺達にそう言ってくれた。

俺達はいつもの席で待つ。

「やっぱり言わない方が良かったかな…」

「それはそれで可哀想だよ」

「そうです」

重たい空気が俺達を包み込む。

しばらくすると、リュウが厨房から出てきた、お盆にはミルクコーヒーとチョコワッフルをしっかり4つ乗せている。

彼女はそれを俺達の前へゆっくりと置く。

「さっきは、ごめん...」

リュウは力なく俺の横に座る。

俺は言葉に困り、右手でリュウの頭を撫でてやる。ツインテールにまとめた髪がサラサラとしていて気持ちいい。

「別に死にに行くわけじゃない、戦争が終わったら帰ってくるから」

リュウの寂しさを紛らわすため、嘘でも本当でもないことを言う。

「約束だよ?」

「ああ、約束だ」

帰ってはきたいが、それがどういう形になるかは分からない、これは戦争だ。

しかし、俺は約束するしかない、水咲さんと啓もうんうん、と頷く。

そして俺達は静かにチョコワッフルを食べる。

「いつ行っちゃうの?」

「今日の夜...」

「そっかぁ、早いね...」

リュウはワッフルを食べる手を止めて、下を向き震えている、お皿にポツポツと水滴、いや涙がこぼれ落ちる。

俺はリュウに体を向けて、背中をさする。

するとリュウは急に顔を上げて、俺の胸に顔を押し付け、俺の服をがっしりと掴んでワンワンと泣き出してしまった、俺はただ優しく抱いてアタマを撫でることしか出来ない、これくらいは水咲さん達も許してくれるだろう。マスターも、すまないね、といった顔でこちらを見ている。しかし、こんなに俺達のことを想ってくれていたのかと思うと、とても嬉しい。

彼女はひとしきり泣くと、俺の胸から顔を上げた。

「ごめん、ありがと...」

俺はできるだけ笑って「いいよ」と返した。


そろそろ時間だ、基地に戻らないと。

「お父さん!写真撮って!」

「ああ、それがいい」

マスターが奥からカメラを持ってきた、一眼レフでとても高そうなやつだ。

俺達は横に並んでいると、リュウが俺の背中に飛び乗ってきた。

水咲さんより小さいが柔らかいものが背中に当たっている。

「ちょっと、おい!」

「いいじゃーん」

リュウは俺の顔のすぐ横から顔を出して、めいいっぱい笑ってみせている。まあいっか、と諦めて、落ちないようにリュウの太ももを掴む、水咲さんと啓も俺の腕を組んで掴んでくっついてくる。

ちょっと!重いです!

「おお、剣くんモテモテだねぇ」

ちょっとマスターまでノらないで!早く写真撮ってください!色んなところに柔らかいものが当たって、どうかしてしまいそうなんだから!

「撮るよ、はいピース」

何気ないマスターの掛け声だったが、ピースという言葉が胸にのしかかってきた。平和だったらこんなお別れの写真なんて撮っていないだろう、俺は少しくちびるを噛んだ。

写真を撮ると、すぐに印刷してくるからと、マスターは奥に消えていき、本当にすぐに出てきた。

俺のぎこちない笑顔、前の写真よりは上手く撮れている方か、リュウは俺の背中から両手を伸ばして、嬉しそうにダブルピースをしている。水咲さんもとびきりの笑顔でカメラに向かってピース、啓は相変わらずジト目でカメラを睨んでいる、こいつ、写真写り悪いな...。

「ありがと、飾っとくね!」

「遺影にするなよ」

「バカ!変なこと言わないの」

「ごめんごめん」

緊張が解けたのか、少し笑い声が増える、ここはいつ来ても平和でいいな。

お代はマスターが肩代わりしてくれた、餞別だそうだ、俺達はありがたく甘える。

「それじゃぁ、またね」

俺がドアノブに手をかけて店から出ようとすると。

「...待って!」

俺が振り向くとリュウが駆け寄ってきて、俺の頬を両手で優しく包む、すべすべの手のひらが俺の頬をなぞる、彼女はジーっと俺の目を見つめる、リュウさん、近いよ?

チュ。

え、なに?めっちゃ柔らかい...。

リュウは少し背伸びして、顔を近づけ俺の唇にキスをした。

「「あ"っ!」」

俺のファーストキスはリュウに奪われてしまった。何をされたのか一瞬分からず、すぐに理解し俺は顔を赤くする。

水咲さんと啓は何もすることが出来ずに、驚愕の顔で固まってしまっている。

「またね!!」

リュウはしたり顔、頬を赤く染め、とびきりの笑顔で外まで出て見送ってくれた。

帰り道、水咲さんは、リュウちゃんがあんな大胆な子だったなんて…、と項垂れ。啓は何度話しかけても口を聞いてくれなかった。

俺は柔らかい感触が残る唇を触っている。多分ニヤついていて、傍から見ると相当気持ち悪いだろう。

俺は必ず帰ってくる、この居心地のいい家に。


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