第17話 あの日
剣が初めてここに来たのは、2年前の確か5月。
私は島に1つしかない高校を、ちょっとやんちゃに過ごして、普通に卒業して、本土の大学に行くのもなんか面倒だったし、特にやりたいことも無くて、何となくお父さんが経営する、このカフェで働き出した。
ここは端島空軍基地の目の前に立地するということもあって、軍関係のお客さんが多い。特にパイロットが多くて、空軍の人達は面白い人達ばかり、いつも彼らをからかって遊んでいた、おじさん達はチョロいチョロい、お父さんも笑っていたし大丈夫だろう。
そこに飛行服を着た彼が来た。
背は170センチぐらいで私より少し高い、髪は軍人らしからぬストレートのショートヘアで、サラサラしていて気持ちよさそうで、私より髪質いいんじゃないかな?と思うぐらい、顔はあどけなさが残り、幼くて可愛い感じだった。
だけど、彼は世界の不幸を全て背負ったかのような、暗いオーラを放っていた。それ以外は可愛い弟みたいな見た目、どうも心配で目が離せなかった。そして、他のお客さんもそんなに居なかったから、隅の窓際の4人がけの席に案内した、いつものノリで話しても無反応、諦めて普通に聞く。
「ご注文はー?何にする?」
「......」
彼は喋ることなく、メニューのチョコワッフルとミルクコーヒーを指さす、見た目も子供っぽいけど、中身もそうだなぁ、と可愛く思う。
注文を受けた私はすぐにそれを作り、彼に届ける。
「おっ待たせぇ。ねぇ君、パイロット?」
どう見ても成人を超えているとは思えない様相の彼、しかし、飛行服を着ている。毎日、空軍さんの相手をしているんだ、飛行服ぐらいは私でもわかる。
「......」
彼は無言のまま。
「んー、まあ、話したくなかったらいいよぉ」
無言の彼に絡み続けるのも悪い気がして、その場を離れようとする。嫌がる人に話しかけ続けるほど図々しくはない、すると。
「......そうです」
彼は俯き、小さく答えた。
「そーなんだ、若そうなのに凄いね!」
私は興味津々な感じで聞き、その場を離れるのをやめて、もう少しここに残ることにした。他のお客さんの注文はお父さんが聞いているし、今は人は少ない、大丈夫だろう。
「......凄く、ないです」
終始自信がなさそうな彼、絡みづらいなぁと思うが、私はその場を離れることが出来なかった、何故か彼を放っておけないから。
「凄いよぉ、君何歳?」
私は彼の前の席に座る、お父さんにはアイコンタクトして頷いてくれたので、多分大丈夫。軍人さんの話し相手になるのも私の大切な仕事だからね。
彼は俯き、私の顔を見てくれないが、ボソッと答えてくれる。
「......18、です」
「え、すご、同い年!」
まさかの同い年で、私は驚いた。18歳でパイロットになれるもんなんだ!ていうか普通に年下だと思っていた。
彼は私の同い年!の声に驚いたのか、少し驚いた顔で、顔を上げて私を見てくれた。
何この子、ほんと弟みたいで可愛いなぁ、と見とれていると顔を赤くして目を背けられた。やだ、可愛い。
「ねえねぇ、名前は?私はリュウ!」
調子に乗って前のめりになって聞いてみる、気になったから仕方ないよね。
少し顔が近くなって、彼は恥ずかしそうに横に顔を逸らす。
「......」
長い沈黙が続く。あら、聞かれたくなかったかな?絡みづらいなぁ、とまた思って困っていると。
「......ツルギ、です」
答えてくれた、名前を教えてくれたって事は、変な人とは思われていないだろう、そこは安心する。
私はなんか嬉しくなって。
「よろしくね、ツルギ!」
私は立ち上がって、彼の肩をポンと叩いた、握手とかはしてくれなさそうだったからね。そして、これ以上絡むのも良くない気がして私は厨房に戻った。
これが、彼との出会い。
それから彼は、暇をみつけてはちょくちょく来てくれた。だいたい、2週間に1、2回ぐらい。毎回毎回、チョコワッフルとミルクコーヒーを頼むのでちょっと心配だが、彼のルーティンなんだろう。次第に、あまり気にならなくなってきた。
始めの頃はほとんど無言で、あまり深い絡みは無く、一方的に私が喋っていただけだったけど、1年ぐらい経ってだろうか。
普段通りツルギ君の横で一方的に立ち話をしていると。
「でね!私こう言ったの、そんな安い女じゃない、ってね」
「リュウ」
突然ツルギが口を開いた、彼から名前を呼ばれるのは初めてで、ちょっとドキッとしてしまった。なになにと隣に座る。
「いつもありがとう」
私の顔は真っ赤になっていただろう、ツルギくんは私を見ずに遠く外をを見ていたので、気づいていないと思う、だけど、私は赤くなった顔を誤魔化すように。
「なにさ、今から死にに行くわけじゃあるまいし!」
彼の背中をバチーンと叩いた。
「いって!何すんだよ!」
初めて彼の感情的な声を聞いた。
「へぇ、ツルギくんも怒るんだねぇ」
彼はハッと我に戻って、いつもの様子に戻る、面白くないなぁ。でも、こーゆー絡み方がいいんだなと分かり、私はニヤついていたと思う。
それからは彼からも話し出して、私はよく仕事中なことを忘れて話し込んでしまい、ちょくちょくお父さんに注意されていた、楽しいから仕方ないじゃん、と思いつつ。そして、それからしばらく経って、ツルギくんが水咲さんを連れてきた。
※
「そんな感じかな!」
おいおい、こいつ全部喋りやがった。それじゃ、俺がただの陰キャみたいじゃないか、まあそうだったけど。
「それと、剣くん、私の部屋にも来たよねぇ」
悪そーーな笑顔で2人に言いながら、俺を見る。待って、やめろ!それはお前が風邪を引いて、マスターが店を離れられないから、非番だった俺が代わりにちょっとご飯持って行っただけで。
2人の目付きが変わり俺を見る。
「あの日の夜は熱かったなぁ」
バカ!なんてこと言うんだ!それは風邪を引いていたお前だけだろ!
「お前っ!」
否定する暇もなく。
「剣くん、最低」
「軽蔑します」
「いや、違うって!」
穴があれば入りたいとはこの事、全然悪いことしてないのにそういう事になっている。ちょっと待ってくれ、人生変わってしまう。
水咲さんはドン引きし、啓は光のない蔑んだ目でゴミを見るように見てくる。
「ふふふ、冗談だよ」
こいつめー、俺を好き放題弄りやがって...。
リュウは満面の笑みで笑ってみせる、しかし、それを見ると怒る気も失せてしまう。
パチン。
「イッたっ!、何で!?」
啓はリュウの冗談宣言を聞いても、俺の頬にビンタしてきた。何で、痛い。
「気に入らなかったので」
理不尽だ...、でも、これで気が済んだのなら良しとするか。
「部屋に来たのは本当」
だからリュウさん、ぶっこむのを辞めてください。
俺は、また2人に冷たい目で見られた、その後ちゃんと説明しても聞いてもらえたのか、もらえてないのか。
「でも、剣くんがこんなハーレム体質だったとはねぇ」
そんなことは無い、男の友達だっている、リンさんとか、黒木さんとか、白崎とか、荒木さんは友達と言うより上司だけど。しかし、この前まで1人で飛んでいたのに気付けば増えたものだ。
チリンチリン。
誰かが入ってきた。
「やぁ、いらっしゃい。真くん、翼くん」
珍しい来客だ、黒木さんたちもこの店に来た事があるのか、マスターが名前を知っているならそうなんだろう。
「あ、笹井さん達、お疲れ」
「お疲れぇ」
黒木さん達は俺達を見つけるやいなや隣の席に座る。2人も結構来ているのか慣れた感じだ。
「黒木さん達、結構来てるの?」
気になったので俺は聞いてみる、まあ、この島の娯楽といえばここに来る事ぐらい、何回かは来てるだろう。
「はい、白崎くんと何回か、ここのブレンドコーヒーが美味しくて」
ほー、なるほど大人な黒木さんはここのブレンドコーヒーがお目当てか、俺には苦くて飲めないが評判は知っている。そして、白崎はと言うと、俺と同じミルクコーヒーを注文している、あいつもまだ子供だな、人に言えたものでは無いが。
マスターはすぐにそれを作り、リュウがそれを持ってきて、テーブルに置く。苦そうなブラックのブレンドコーヒーに、美味しそうなミルクコーヒーだ。
「真さんもイケメンだし、翼くんはイケかわだし、剣くんは弟系だし、私はこんなお客さんが増えて嬉しいよ」
声を弾ませるリュウ、少し前まで、おじさんを相手にしていたのだから歳の近い人と絡めるのが嬉しいのだろう、ホントかウソか分からないような事を言う。
「いやいや、ご冗談を」
「可愛くないって」
黒木さんと白崎は謙遜している、しかし、実際彼らの顔は整っている。黒木さんはお兄さんタイプのジュノン系イケメン。白崎も色白で中性的な顔立ち、俺でもカワイイと思う。と言うか思った。
「弟系ってどういう...」
しかし、俺だけあんまり褒められている気がしない。
「ほっとけない弟、みたいな?ねぇ?」
「ほんとそう」
「同意です」
同い年のお前に言われたくない、しかし、水咲さん達も同じことを思っていたのか、リュウの言葉に、うんうんと頷く、ほっとけないなんて、少し自分を不甲斐なく思う。
「剣が弟みたいか」
カワイイ顔して白崎がニヒニヒと笑っている、こいつ、後で覚えてろよ。
俺は無理やり話を変える。
「そう言えばさ、オメガ隊の部隊マークってどうなったの?」
俺らの識別マークは黄色の一本線、垂直尾翼に斜めに描かれいる、シエラ隊は趣味の悪いミサイルを咥えたブルドッグ、オメガ隊はどうなったのか。
「シンプルにΩ(オメガ)にしようと思ったんだけど、ソリュー艦載機の赤2本線と、翼くんをイメージして...」
赤色で2重にΩを描き、その中に白い翼を広げ横から見た鷹を描いた、2人が容易にイメージ出来てとてもいいと思う。白崎は下書きの描かれたメモ帳をみんなに見せる。
「おー、それっぽい!」
「いいね!」
「かっこいいです」
女性陣にも好評の様子。
「てかさー、なんで剣くんのとこは黄色の一本線なの?シンプル過ぎない?」
リュウの指摘、シンプルイズベストとも言うし、いいじゃないか、それに。
「水咲さんが使ってたから...」
少し、照れくさく言う。リュウがえ?と驚いていたので、俺もえ?と返すと。
「剣くん、水咲さんの事好きなの?」
「なっ!?」
いや、好きとか嫌いとかそーゆーとこでは無くて、人として好き?いや、それだと俺は水咲さんのことが好きなのか?え??
1人でパニックになる、顔を真っ赤にしていると水咲さんも顔を赤くしているし、啓はジト目で睨んでくる、リュウはやだー!と、どこかの奥様みたいに手を振っていた。
「え、剣、水咲さんの事好きなの?」
ちょっと白崎くん?なに同じことを2回言ってるの?大事な事なので2回言いました、じゃないんだから。
俺は白崎の首に腕を回し掴んで、頭を拳でグリグリと痛ぶる。
「痛い痛い痛い!なんで!?」
なんでじゃねーよ!俺はしばらく白崎の頭をグリグリしていた。
みんな笑っている、黒木さんは腹を抱え、リュウも爆笑、水咲さんはまだ顔を赤くしているがクスクスと笑い、啓は笑いを堪えるのにプルプルしている。俺も恥ずかしさを紛らわすためだったけど、悪い感じで笑っていたと思う。
今日はやけに楽しかった。
「あ!そうだった!」
水咲さんが急に声をあげる。
どうしたのかと皆が注目すると胸ポケットを探っている。
「楽しくて忘れてた。これ、あげるね」
黄色いミサンガだ、いつの間にやら作っていたようだ、時々どこかに行っていたのはこれを作っていたのか。それを、俺、啓、続いて、黒木さん、白崎にも渡す。2人は嬉しそうに笑っている。
「リュウちゃんにも、はい」
水咲さんはリュウの手を取り優しく渡す。
「え、ありがとう...」
水咲さんはニッコリと笑う、いつ見ても彼女の笑顔は可愛らしい。リュウは余程嬉しかったのか、目に涙を浮かばせている。
「なんだよ、今から死にに行くわけじゃあるまいし!」
リュウみたいに背中をバチーンとたたく訳には行かないので、優しくポンポンと叩く。リュウは分かってるよ、と涙を一筋流し、しかし、とびきりの笑顔で俺に笑ってみせた。
「うん、死んじゃダメだよ」
ここにも俺達を心配してくれる人がいる。
水咲さんのためにも、啓のためにも、リュウのためにも、そして、みんなのためにも、俺は死ねない、いや死なない。




