第15話 赤翼
剣くんは単機でドローンの中に突っ込んで行った、どこかで見た光景だ。彼はいつでも無茶をする。
ドローンは彼に翻弄され編隊を乱して宙をバラバラに飛ぶ、今を逃すことは無い。
そこに私と、啓ちゃん、黒木くんと白崎くんが二人一組となってドローンに襲いかかる。
ミサイル発射!
出し惜しみしていると、後でどうなるか分からない、惜しむことなくミサイルを発射する。
バババババーン。
統率を失っているドローンに見事に命中、近くを飛んでいたドローンにも、誘爆を起こしミサイル以上の敵を落とすことが出来た、しかし、落としきれなかったドローンが剣くんに迫る。
《全部俺に来るのかよ!》
私たちのために囮を買って出た剣くんだったが、そこまでは想定していなかった様子。かなり焦っている声が無線から聞こえた。
しかし、安心して欲しい、私たちが落とす。
啓ちゃんと黒木くんが阿吽の呼吸で、剣くんとドローンの間に割って入り左右に散開、見事に半分づつ自らに引きつける。
それぞれを、私と白崎くんが追い、機銃掃射。
バラバラと砕け散りながらドローンは落ちていく。
そして、残り数機の剣くんに迫るドローンは、一段とキレが良くなったコブラマニューバで、剣くん自らが落としていた。
まさにあっという間だった、ついこの間まで苦戦していたのが嘘のよう。
《さすがイエローラインだ...》
どこからともなく称えられる声がする、すごくいい気分。少し、自慢げになってしまう。
《ブルー1からソーサラー1、弾薬を使い切りました、基地に帰投します》
《了解だ、我々も1度ファーニナルへ帰ろう。各機、帰投せよ》
ちょうどみんな弾薬を使い果たしたようだ、ソーサラー隊達による一通りの空爆は終わっていた、制空は旭要塞の戦闘機に任せて弾薬補充のために私達は剣くんを先頭に、端島基地に帰投することとなった。
※
「ごふっ!!」
格納庫に痛々しい声が響いた。
「なん...で...」
みぞおちを押さえ込みながら倒れ込む。この前の数倍痛い...。
「...バカ」
そう言い残して啓はスタスタと早足で格納庫を出ていく、呼び止めようにも息ができない。
「そりゃあ、あんな無茶するとねぇ」
水咲さんがしゃがみ込んで、優しく背中をさすってくれる。手のひらの体温が暖かく、飛行服越しにも伝わってくる。
「だって、あれが、最善策...」
涙目で水咲さんに訴えるも、クスクスと笑われるだけ、意外とあっさり勝てたのに、何でこんな痛い目に合わないといけないのか。
「体張りすぎだよ、死んだら誰が悲しむと思ってるの?」
「……ごめん」
謝ることしか出来ない、今は俺一人の体じゃないんだなと思う。それと同時に、そうか、彼女達は俺が死んだら悲しんでくれるんだと、少し嬉しくも思った。
「でも、誰かがやらないと...」
地面に座り込んで、みぞおちを擦りながらボソッと言う、そう、誰かが囮にならないとみんなやられてしまう。
しかし、水咲さんは俺の頭を優しく撫でて。
「無理しないでね」
ニコッと笑って啓の後を追いかけていった。
格納庫に1人残される。
「無理もしたくなるよぉ…」
格納庫の天井を見上げて俺は呟いた。
3時間後。
弾薬補給を済ました俺達は、またアバシ基地の上空にいた。先程から状況はイマイチ変わっていない。
片道1時間ちょっとかかる戦場、正直、行き帰りだけで参ってしまいそうだ。
《ソーサラー1より各機、敵戦闘機が2機接近中、方位350、早いぞ、注意しろ》
編隊長の言う通り、広域レーダーを確認すると2つの目標が高速で接近している、かなり早い、レーダーの点の動く速さが普通のそれとは違う。
全機警戒のため高度をとる。
機影が見えてきた、どんどん距離が縮まる。
《爆装のロメオ隊、ケベック隊は下がれ》
遅かった、いったい何が起こったのか、敵の2機が勢いそのままに通り過ぎた後には、ロメオ隊、ケベック隊は火を拭きながら全機木の葉のように落ちていく。敵の機体が見えた、暗灰色のSu-27。しかし、両翼の端は赤く塗られている。
あいつだ。
《くそっ、あいつか》
編隊長も、どうやらあいつの事を知っている様子、俺が活躍している裏でかなり好き放題やっていたみたいだ。後で聞いた話だが、俺が『イエローライン』と呼ばれる一方で『赤翼』と恐れられていたらしい。
《俺が対処します》
何回やられそうになったことか、因縁の相手だ、ここで蹴りを付けてやる。3対2なら勝機もあるだろう。
水咲さんと啓が後ろにつく。
《行くぞ》
《了解!》
《わかりました》
あいつの後ろには付いていけているが、なかなかミサイルをロックできない、ドッグファイトに持ち込もうかと考えるが、あと少しという所でかわされる。
試行錯誤しているともう1機の敵機に後ろに付かれそうになるが、そこは水咲さんと啓が上手く援護をしてくれる。
傍から見ると何をしてるんだろうと言うぐらい、空をクルクル回っているだけだが、こちらは必死だ、勝利への打開策が見いだせない。
全くの互角だ。
3対2で互角なのだから、若干こちらが劣っている気もする。
くそ、どうしたものか...。
《オメガ2、フォックス2!》
太陽を背に白崎が急降下、これ以上に無い、ヘッドオンという最高の形でミサイルを放ったが、あいつは間一髪でフレアを放ちそのまま、左ロールして旋回、躱してみせた。
そこに追撃をかけ、俺もミサイルを放つが、クルクルっと不思議な機動を見せてかわされた。
《くっそーーー!》
白崎の悔しがる声、あれを外したのは痛い。
しかし、何も言っていないのに、俺の動きが分かっていたのかのように、ちょうどいい所にミサイルを撃ってくるものだ、さすがエリート。
こうなってしまうと消耗戦、ミサイルを早く使い切った方が負けだ。
※
どうしたらいいのか分からない、剣くんは必死に敵機を追っているが、ふわぁ、と躱される。そして、四苦八苦している彼の背中につこうとする、もう1機の敵機を捉えようと試みるも上手くいかない、さっきからグルグル回っていて目が回りそう。
黒木くんと、白崎くんも参戦したけど状況は変わらず、なぜ私達はたった2機に、ここまで翻弄されているのだろう。ここは1度離脱して建て直した方がいい。
《剣くん、1回建て直そーー》
《水咲さん後ろ!!》
※
気づいた時には遅かった、敵の追跡を躱すために大きく上昇し後方を確認すると、俺を離れて追う、水咲さんの真後ろに暗灰色で両翼端が赤い機体がピッタリとくっついていた。
今から旋回しても間に合わない、啓は俺を追っていた敵を追っている。黒木さん、白崎も1度離脱していて遠くに離れている。
最悪のタイミングだった。
一瞬で状況を理解した俺は。
《やめろーーーー!!》
涙ながら、そう叫ぶ事しか出来なかった。
《吉田ぁ!!》
ガシャーーン。
爆発音とは違う音、鉄と鉄がぶつかり合う音が空に響いた。
あいつが片翼を失い、しかし、フラフラと空を滑空している。そして、もう一方の機体も片翼を失って推進力を失い、きりもみしながら落ちていく。
《本田くん!》
水咲さんの、元同僚、本田さんが決死の覚悟で敵に体当たりしたのだ。
《泣いてんじゃねぇぞ、俺はまだ生きてる、ベイルアウトするだけだ》
彼はなんて強い人なんだろう、墜落しているのに気丈に水咲さんを叱る。ミサイルが当たらないならと自らの体当たり、思ってはいても行動に移すとは...。
本田さんの機体のキャノピーが吹き飛び、彼が射出されパラシュートが開く、どうやら大丈夫のようだ。無事が分かればあとは、あいつらを落とすまで、敵に目線を向ける。
あいつはまだ飛んでいる、タフな野郎だ。
一気にケリをつけてやる、そう思い、操縦桿を倒したその時。
ビービービー。
突然警報が鳴り出す、どうしたどうしたと画面を確認すると、右エルロンの異常を知らせるランプが点灯している。
《おい、マジかよっ!》
込み上げる怒りと焦りを堪えきれずキャノピーを叩き、画面を殴りそうになる。オメガ隊が追撃を強行しているが上手くいっていない。
《隊長、どうしました?》
急に旋回しなくなった俺を不審に思ったのか、啓がすぐに後ろに付いた。
《右エルロン不調、くそっ、アラームが止まらない...》
《えっ!?》
自己診断プログラムを何度試しても警報は消えない、これは本格的にまずい...。
《スカイアイから各機、敵増援7機接近中。状況に鑑み、一旦全機撤退せよ》
《ソーサラー1了解、俺らも弾薬がない、帰投する》
俺は戦闘不能、オメガ隊も弾薬残りわずか、ソーサラー隊も弾薬を使い切り、ロメオ隊、ケベック隊は壊滅、2機に好き放題やられた格好で、みんな満身創痍。7機編隊と言えば何回か戦ったことがある、それと同じ編隊なら今の俺達には勝ち目がない。
悔しいが俺は大きくゆっくりと旋回し水咲さんのエスコートの元、帰投の進路に向ける。
《端島まで持ちそう?》
《大丈夫ですか?》
心配そうな水咲さんと啓の声、ここから1番近い基地は旭要塞だが、修理できる施設も部品もないだろう。次はファーニナル岬基地だが、端島と大して距離は変わらない、陸岸を見ながら飛ぶか、海を見ながら飛ぶかの違いだ。
《んー、多分...》
断言は出来ない、頑張って帰るしかない。
すると、ザザザ、と無線に雑音が入る。
〈......黄色線...、次は...〉
雑音混じりで聞きづらい、これは敵と混線しているのか?
〈......会お...、つ...ぎよ...〉
胸に息苦しい何かを感じる。
あいつらは、増援に来た7機を引き連れて北の空へ帰ってゆく。
俺達は端島へ、ソーサラー隊はファーニナルへと帰る。
俺を囲むように、前に水咲さん、右に黒木さん、左に白崎、後ろに啓とひし形の陣形で飛ぶ。また無茶をした、後ろの啓に撃たれそうでヒヤヒヤする。
そして、俺達は無事に端島へと帰ることが出来た。




