第12話 陽動
機体の背中にドデカい円盤を載せた飛行機が、滑走路に降りてきた、早期警戒機だ。いつ見ても、よくあんなので飛べるなと思う。今回の作戦は基地から距離が離れる、状況が掴めなくなるのを避けるためと索敵範囲を広げるために、それが投入されることとなった。
また1機、プロペラ機で輸送機のような形の飛行機が降りてくる、それは空中給油機、基地がどんどんと騒がしくなる。2機は直ったばかりの格納庫の前に誘導される。
今回の作戦は陽動、第14飛行隊にだけでは心もとないのか、端島基地から本土で1番近い場所ににある、ファーニナル岬航空隊の6機と合流し、共同で作戦に当たることとなった。その、ファーニナル岬航空隊のための空中給油機だ、着陸してからの給油は時間がかかって仕方がない、作戦の遅延を無くすためなのだろう。
作戦開始はあと4時間後に迫っている。
俺は格納庫にいた。
バチバチと、火花を撒き散らしながら修理されている、自分の機体を眺める。意外と重症なのか、まだまだ時間が掛かりそうだ。
水咲さん達の機体の方を見ると、対空ミサイルが次々と取り付けられている。荒木さんや黒木さん達の留守の間に、この基地を守らないといけないからだ、今までは彼らに任せっきりだったが今回は俺達の番、まあ、俺は飛べないんだけど...。
「早く直るといいですね」
啓が隣に座る、水咲さんの姿はない。
「ほんと、整備員に申し訳ない」
自分の詰めの甘さでの被弾、余計な作業を増やしてしまって整備員の方々には頭が上がらない。
「ところで、気になった事があるんですけど」
気になった事、その言葉に冷や汗が止まらず血圧がどんどん上がっていく。
「な、なに?」
思わず言葉が震え、目をそらす。
「剣くんって『特務』大尉ですよね?白崎くんも『特務』中尉、『特務』ってなんなんですか、階級にしては若過ぎるし」
恐れていたことが起こってしまった、水咲さんは何も気にしていなかったし、俺一人だと、まあ、何か事情があるんだろう、で済んでいた、『特務』という肩書きが、白崎翼の登場で異質な存在だと彼女に認識されたみたいだ、2人して20歳だし、そりゃおかしいと思うだろう。特に勘の鋭そうな啓には。
「え、ああ、兵学校に行ってないから、的な?エルゲートの...」
苦し紛れの言い訳、ボロが出ないように考えて発言しようとするが、言ってはいけないことを言った気がする、汗が止まらずぽたぽたと顔から地面に落ちる。
「エルゲートの?どういうことですか?」
ああ、やっぱり。ほんと、勘弁してください、俺が何したって言うんですか!?啓の疑いのジト目の視線が心臓に突き刺さる。
「いや、その、あのぉ...」
次の言葉が見つからずモゴモゴとする。
「だいたい、よく考えたら20歳でパイロットっておかしいんですよ、この国では最短でも私みたいに22歳が最速、100歩譲って少尉ならまだしも大尉なんて、どうしてなんですか?」
もう泣いてしまいたい、今までいろいろ誤魔化してきた事をピンポイントで聞かれる、察しが良すぎる啓に物理的に推し迫られ、今にもベンチから落ちそうだ。
「えっと、そのぉ...」
既に俺は涙目、目の前には啓の険しい疑いの顔、どうしよう、走って逃げたい。
いっそのこと本当のことを言ってしまうか?いやいや、それは断じて出来ない、いくら信頼している彼女でも、いつか言える日が来るはずだ。
「2人とも、何してるのー?」
助かった!神さま仏さま水咲さま!格納庫の入口から水咲さんが走ってくる、今にも押し倒して来そうだった啓はバッと離れた、それを見た水咲さんは。
「え、啓ちゃん、大胆だなぁ」
「ち、違います!」
啓は顔を赤くする、傍から見ているとそう見えていても仕方がないだろう、よくよく考えると恥ずかしい。俺も、違う違うと顔の前で両手を振る。
「えー、まあいいや」
と言って水咲さんは俺の隣に座る。その間に啓から(ちゃんと説明して下さいね)と小声で釘を刺された、勘弁してくれ、そんな事しか思えなかった。
夜。
滑走路の手前には7機の戦闘機が離陸の順番を待っていた、滑走路の誘導灯に照らされ幻想的に浮かび上がる。5機のF-16は対地攻撃装備で両翼に爆弾を4つ抱え、1機のF/A-18と、F-35は対空装備で身を固めている。シエラ隊が対地攻撃、オメガ隊は彼等の護衛だ。
既に、早期警戒管制機と空中給油機は飛び立ち、空中給油機については、端島の西30キロにてファーニナル岬から飛んできた戦闘機に順次給油を行っている、彼等がみな合流する頃には終わるだろう。
彼等が滑走路に向け動き出す。
1機、また1機と西の空へ飛んでいき、月明かりに照らされた星空へと消えていく。俺はただ、生きて帰ってきて、と願うことしか出来なかった。
「隊長、行きますよ」
彼等が飛んで行った西の星空を眺めていると、冷たい声の啓に呼ばれた、水咲さんも隣で俺を待っていいた。ごめんごめんと俺は2人に駆け寄る、啓は俺が追いつく前に、先に歩いていく。
「え、なに?喧嘩でもしてるの?」
追いつくと水咲さんに肘打ちされ、小声で聞かれる。
ついさっきまで、剣くんと呼んでた人が他人行儀で俺を隊長と呼んでいるのだ、気にもなるだろう。
「うーん、ちょっと」
喧嘩って程でもないんだけど、彼女は俺の事を不審に思っている、水咲さんにはどう言ったらいいのか、説明に困る。
「え、早く仲直りしてよね」
「…わかった」
ギクシャクした関係だと、戦闘に影響が出ることぐらいは分かっている、しかしこれはかなりデリケートな問題なのだ(特に俺にとって)すぐに元通りになればいいのだけれど。
「啓ちゃん!」
水咲さんは啓を呼び止めると、彼女に駆け寄り何やらヒソヒソと話をしている。気になるけど、ここは聞かない方がいいと判断して少し離れて待つ。
2人ともチラッと俺を見た、?としていると2人で歩き出していく。ちょっと置いていかないで欲しい、俺は。
「え、ちょっと待ってよ」
と、2人を追いかけた。
※
シエラ隊の部隊マークはブルドッグと最近決まった、垂直尾翼にミサイルを咥えた、ブサ可愛いブルドッグの顔が描かれている。これはほとんど俺の趣味だ。え?犬で、1番可愛いのはブルドッグだろ?黄色い線1本書いただけのブルー隊よりは、カッコイイと自負している。
俺、シエラ1は今、敵基地アンタルツィオに向け編隊の先頭を飛んでいる、後ろにはリンと、ひよっこ共、ファーニナル岬から来たロメオ隊の6機、その後ろ、両翼に黒木たち、と三角形になるように飛んでいる。
《陸の明かりが見えたぞ、気を引き締めろ》
既に敵の防空識別圏に入っている、いつ何があってもおかしくない。
目的のアンタルツィオまでは海岸線からさらに、40キロ内陸に進んだところにある、だいたい3分ぐらいだ、その間に何も起きないことを祈ろう。
しかし、この基地も敵の最前線に違いない、警戒は怠らない。だが今は夜、見えるものも見えないし、不安だけが膨らんでいく。
《こちら早期警戒管制機、スカイアイ、レーダー画面上敵影探知なし》
空中管制機がいるだけでこんなにも違うのかと不安が少し和らいだ、戦闘機の探知圏外も探知してくれるので優秀この上ない。
そして、俺達はなるべく探知されないように低空を進み海岸線を越えた、もうここは敵地だ。
町灯りが眼下を過ぎ去っていく。
1分、2分と時間が過ぎる。
《各機高度500まで上昇しろ、ロメオ3、ロメオ4は指定高度まで上昇、爆弾投下用意》
運良くまだ発見されていない、されていたとしても、報告が上がるより先に目的に到着しているはずだ、俺たちは爆弾を投下するために高度を上げる、目の前に滑走路に明かりを灯した基地が見えた、暗闇に映える真っ直ぐな光の線、アンタルツィオ基地に間違いない、レーダー画面上のマップに登録しておいた目標に狙いを定める。
パッ!
急に空が明るくなった、基地からの探照灯照射だ、何本もの白く眩しい光の線が俺達を探している。
《進路を維持しろ、安全装置解除》
俺達はそんなものはお構い無しに、それぞれの目標へと進路を維持、ロメオ3、4については貫通爆弾を使用し、庁舎らしい目標に急降下爆撃を行う。
駐機場には2機の戦闘機が離陸しようと、滑走路に向かっているのが微かに見える。
《オメガ隊、戦闘機を頼むぞ。全機、爆弾投下!》
両翼から2つの火薬の塊が投下され、ヒューと音を立てながら落ちてい行く、無誘導爆弾だが安定して進路を維持していた、ほぼ間違いなく当たるだろう。
ロメオ3、4も急降下を終え上昇体制に入っている。
ドゴーン、ドゴーン
ロメオ3、4の貫通爆弾が先に地表に到達する。
やばいものでも爆発的したんじゃなかろうか、と言うほどの赤く燃えたぎる炎がキノコの形に巻き上がる。
よし、とりあえずは成功だ。
ビー、ビー。
敵のレーダー照射だ、補足された。
《各機散開、それぞれの目標に攻撃続行、自由戦闘を許可する》
まだ、爆弾が残っている、全て落とすまで帰れない。それにいくら陽動とはいえ、すぐに、はいさいならと帰る訳にもいかない、多少のリスクを負っても、攻撃続行だ。
《黒木!戦闘機が上がったぞ、さっさと落とせ!》
《わぁかってますよ、オメガ隊、交戦!》
オメガ隊が俺を追い越し、飛行場から飛び立ったばかりの戦闘機の後ろにピタッとくっつく、手際の良い奴だ。
敵機は回避行動を取るまでもなく黒木の機銃掃射によって落とされる。
《よっしゃ、おとと!》
それと同時に、飛行場からの激しい機銃掃射が始まる、闇夜に走る無数の曳光弾、まるでロケット花火大会のようだ。
黒木たちは堪らず、上空に避難する。
すると、なにやら1箇所、地面がピカっと光った。レーダーに感あり、しかしミサイルアラートは鳴っていない、なんだあれは?
俺の、すぐ脇を掠めそうになりロールしてギリギリかわす。その時に、チラッと見えた、あれは!
《島木!かわせぇ!》
《くっ!》
それは、俺の斜め上方を飛んでいた島木の機体に一直線、彼はすぐにフレアを発射するが。
刹那。
バァーン。
夜空に大きな花火が花開く、島木機にそれは命中し爆発、赤く燃え上がりながら暗闇の地上へと落ちていく。
《くそっ、パッシブホーミングミサイルだ、レーダーをよく見ろ!》
自ら、レーダーを照射せず、またはレーダーの反射波を使って追尾しない、目標そのものの熱源やら映像やらを使ってる追尾するミサイル、補足されているか分からないので、非常に厄介なミサイルだ。しかし、フレアには見向きもしなかった赤外線追尾ではなさそうだが...。
また、同じ場所が光る。
《リン、前につけ!》
《了解!》
《あそこに爆弾を落とす、スマンが囮になってくれ》
《任せてください!》
俺はレーダーマップにミサイルが発射されたであろう場所に目標を設定する。あそにランチャーがあるはず、そこをどうにかしなくては皆が危険だ、リンには危険なことをさせてしまうが、考えている暇はない。それに、なんの疑いもなく俺の指示を聞いてくれるリン、可愛いやつだ。
リンが俺の前についた、レーダーの目標を共有し、目標に機首を向ける、2発目は黒木に向かったようだが、奴は急旋回を繰り返してかわしている。
そして、ちょうどリンが俺とミサイルランチャーとの間に入り、俺を隠すように飛ぶ。上手くいくかは分からんが、作戦開始だ。
ピカッ!
また光った、レーダー探知、まっすぐこっちに向かってくる。
《荒木さん、どうします!》
《そのままぁ!》
《えぇ!》
俺はギリギリまでミサイルを引きつける、リンに申し訳ないが我慢だ。
レーダーのミサイルの点がどんどん近づく。
《フレア!かわせ!》
《オラァー!》
リンがフレアを発射し、雄叫びと共に機首を上げ上空に逃げる、俺の目の前にはリンが発射したフレアが光々と光り眩しい。そして、ミサイルはリンに向かって方向を変える、狙い通りといえば狙い通りなのだが...。
俺は今にも爆発しそうな心臓を押さえ込み、フレアでチカチカする目を擦って、ランチャーを目視で確認した、迷わず爆弾投下のスイッチを押す。
急上昇と共に地表ではドカーンと爆発、凄まじく大きな火柱が上がる。
よしっ!と思うが、ガッツポーズをする暇もない、俺の囮となったリンの方向を見る。
ピッタリとミサイルに追われていた、距離が徐々に詰まる。
《リン!避けろ!!》
バァーン...。
また1つ、空に大きな花火が開いた。




