9.スローライフ。
王都から離れた小さな村の片隅で。
─────チュンチュン
小鳥のさえずる声がする。
「おはようチッチ達。今日もいい天気だね!」
僕の名前はアルス。この平和な村に住み始めた元冒険者だ。
今はその稼業を引退し、自給自足の生活を楽しんでいる。
いわゆるスローライフってやつだ。
「イッチニ、サンシッ……」
ゆっくりと体をほぐしながら、昨夜汲んでおいた水桶で顔を洗う。
朝ご飯でも食べようと、2階の自室から階段を降りた。
すると、栗色の髪をした、可愛らしい女の子がテーブルに座って僕の事を待っていた。
「やあマリー。どうしたんだい今朝は?」
マリーは僕が住んでいる家の大家の娘だ。
よく僕の家を訪れては、王都での様子を聞いてくる。茶飲み友達のような存在。
「……」
いつも元気で明るい彼女だが、今日は珍しく沈んだ様子で暗い顔をしていた。
ははぁ……こりゃ親子喧嘩だな?
マリーは早くに母親を亡くし、大家である親父さんに育てられたと聞いた。
若い年頃の娘さんとの二人暮らしだ。こういう日も偶にあるだろう。
そう思った僕は、
「マリー、これから朝ご飯を作るけど、一緒に食べようか!」
うつむく彼女にそう言った。
今日のメニューはパンと……山菜とキノコのスープにしよう。
この近くの山道で採れる山菜は、種類が豊富で栄養価が高く、何よりおいしい。
まず、水を張った鍋に、一口大に切った山菜を入れて煮込む。
干した魚でダシを取ると、出てくるアクを除いてキノコを投入する。
山菜の色が変わったら、充分煮えてきた証拠。
仕上げに、ちょっとだけ香辛料を振り、完成だ。
マリーは待ちかねたのか、早く食べたいと視線で訴えかけてきた。
「ハハハ、焦らなくても大丈夫だって!マリーの分もきちんと用意してるから」
二人分の料理をテーブルに配膳する。
我ながら良い出来だ。
「よし、じゃあ食べようか!」
─────ズドンッ
その時、一発の銃声が辺りに響き渡った。
──────────
「死んだか?」
騎士団長は部下に確認を取る。
「はい、頭部に銃弾が命中しました。即死しています」
「王都で指名手配されている元冒険者、アルス=ジモントに間違いありません!」
「……一緒に座っている娘は……うっ……死体が、腐敗し始めています」
「可哀そうに。他の住民は?」
「生存者はいません。村人は皆、殺害され、その場に放置されていました……凄まじい腐臭です。早く火葬の準備を」
「全滅か……」
アルス=ジモント。
王都でも有名な冒険者チーム『草狼』のリーダーで、数多くの依頼を成功させてきた実力者だった。
他のチームからも信頼され、多くの貴族や商人とも繋がりを持つ一流冒険者として名を馳せていた。
だが最近、彼が裏で違法薬物を他国より買い入れ、王都で売買を行っている事が分かったのだ。
「穏やかだったあの日常に帰りたい」
アルスは『草狼』のメンバーにそう言い残し、追手が出される前に王都を出ていったのだという。
この奇行から察するに、彼自身も薬物に犯されていたのだろう。
彼が最後に何を思ったのかは分からない。
だが、その死に顔は、とても穏やかな微笑みを浮かべていた。