64.女難の相。
──────昼休みの事だ。
石切職人のダンが馴染みの飯屋に入った所、店の隅が何やら騒がしい。
「うむ、お主は水難の相が出ておるぞ。今日一日は水辺に近寄らぬ事じゃ」
「そこのお主は金運が近づいておる。賭け事に出れば大勝ちが期待出来るぞよ」
この辺りでは珍しい『キモノ』を着た異国の老人だ。東の国の出身なのだろう。
飯屋の客を相手にまじないをしているようだ。
近頃は蒸気船の発達で、この共和国にも大勢の流れ者がやって来る。
特に、来年から始まるお祭りを目当てに旅行者は増える時期でもある。大道芸じみた事で日銭を稼ぐ輩も多いが、この国ではそれほど厳しく取り締まる事も無い。
「ほ~ん、爺さん、東の国ではそんな虫眼鏡を使って占いをするんだな。俺も一つ、占ってくれよ」
こういった見世物が嫌いではないダンは、上機嫌に老人にチップを渡す。
しばらく虫眼鏡でダンの顔や左手を眺めていた老人は……渋い顔をして呟いた。
「女難の相。お主には、ドぎつい女難の相が出ておる」
「女難?女の子に何かされるっての?ハハハ、爺さんよ。俺は30になるが独身だよ。んで今は【超】大事な仕事の真っ最中だ。女遊びにかまける暇なんてないぜ。娼館にだってとんとご無沙汰だ」
「いや、儂の見立てじゃ……確かに『女難の相』が出ておる。こんなにはっきりと結果が出た事は今まで一度もない。気を付けた方が良いぞよ」
「つっても……心当たりがないしなあ。あ、(飯屋の)親父、俺、仕事の続きで来たから、頼んどいた弁当を貰ってくよ。まあ、一応気を付けておくことにするぜ。あんがとよ」
まあ暇つぶしに見てもらったまじないの結果など、気にしても仕方あるまい。
とりあえず寄って来る女には気を付ける事にするか……という程にダンは考えていた。
今日は給料日だという事もあり、足取り軽く仕事場の中央広場に戻るダン。
だがその数時間後────悲劇は突然起きる。
─────ドドーン
まるで隕石が落ちたかのような大きな音が街中に響き渡った。
「一体何が起きたんだ!」
「国民中央広場だ、ホレ、建造途中の大きな巨像が倒れたんだ。建国100周年に向けて建設中だった女神様を模したあの……」
「連日の雨で地盤が緩んでたのか……運悪く、石切職人が下敷きになったそうだ。可哀想だがペシャンコだ」




