63.本当の狙い。
廃屋の陰から、殺し屋はスコープ越しに今回の殺しの標的を確認した。
「『大統領ジェイコフの心臓を撃ち抜け』か。全く、凄い依頼が入ったもんだ」
ジェイコフ大統領。
国民の信頼が厚い、偉大な大統領閣下だ。
質実剛健、文武両道。国民学校時代は闘球界のスターとして新聞に載っていた有名人でもある。
ガスパール国は小国だったが、この優秀なリーダーの元で見違える発展を続けてきたのだが……まあ、敵対する者からすれば面白くない話だろう。
とはいえ仕事は仕事だ。この国がどうなろうが関係ない。
国民中央広場にて、大統領のスピーチが始まった。
───カチャッ
ライフルを構える。狙う先は奴の胸元だ。
呼吸を整え、照準を合わせていく。その仕草には全くの無駄がない。殺し屋は冷静だった。
スピーチが佳境に差し掛かった頃、教会が15時の鐘を鳴らし始める瞬間。
殺し屋は引き金を引いた。
パンッという乾いた音が広場に響き、壇上から大統領は胸を押さえて崩れ落ちる。
聴衆の悲鳴と兵士の怒号が広場に響く中、殺し屋は廃屋を後にした。
「それにしても……割の良い仕事だった」
裏の仲介人から金はたんまり貰っている。直接の依頼主は明かされていないが、さぞや権力を持った高官に違いない。
優秀なリーダーを失ったこの国は、じきに混沌と化すだろう。その前に、いち早くこの国を脱出させてもらうとしよう。
殺し屋は、手配した馬を走らせて港へと去って行った。
───数か月後
凶弾に倒れたジェイコフ大統領。
ガスパール国は一時騒然となり、民衆が政府に対して暴動を起こすなどの騒動に発展。未曽有の混乱が国中で起きた。
結局、主犯とされる人物は捉える事が出来ず、未だに未解決のままであったが……各地での暴動も段々と収まりつつある。
「号外!号外だよーー!大統領閣下は本日無事に退院。折を見て公務にも復帰されるそうだ!」
大量の号外を抱えた少年が、声を張り上げて大通りを駆け回る。
【大統領就任10周年記念式典、胸ポケットに入った【お守り】が凶弾を防ぐ】
数ヵ月前、我がガスパール国にとって忘れらない事件が起きた。市民の皆様も、明日へも知れぬ不安を感じ、恐怖に眠れぬ夜を過ごした事だと思う。それほどまでに我らがジェイコフは偉大なリーダーなのだ。
では、なぜ凶弾に倒れたはずの閣下が生きて我々新聞社のインタビューに応じる事が出来ているのか?
その理由は、大統領に贈られたプレゼントにある。
ジェイコフ大統領の心臓に向かって発射された弾丸は、守りのまじないが掛けられた【金の懐中時計】に命中した為に威力が弱まり、心臓にまで達する事無く骨折で済んだという事だ。
……これは、脚色一切ない事実である。
まさに奇跡。強運と言える事だろう。
閣下を救ったこの素晴らしき贈り物は───何と数年前より、海を越えた異国から我がガスパール国に滞在されているモシェンニ教大司教からスピーチの当日、直々に閣下に贈られた物だそうで───
閣下は今回の一件で件の教会に深く感謝を示した模様。来年に開催予定の建国パレードに国賓として大司教を招き、歓待するそうだ───
未だに主犯とされる人物は分かっていない、何とも不可解な事件である。だが、幸いな事に天が我らのリーダーを救ってくれた。
我々新聞社も真相の追及に努め、一日も早い事件の解決を願うばかりである。
 




