62.恐ろしい弱さ。
イヌ、ネコ、クマ、ヒツジ、ライオン……獣から進化した多くの獣人が共存するこの星において、シマリス族の地位は低い。
背が低く、力が弱い。体力は成人した大人であってもウサギ族の子どもに負ける。
頭が特別に良い訳でもなく、細々と、肩を寄せ合ってひっそりと暮らしている。
昔から……身の回りの世話をさせる奴隷として、愛玩用のペットとして他の獣人に捕まえられるシマリス族も多い。
シマリスは、この星で一番弱い獣人なのだ。
───大陸の果て、未開の大森林
「本当にひどいよね。皆でわたし達シマリス族をイジメるんだもの」
『なるほどな。それで君達、シマリス族はこの未開の深森まで逃げてきた訳か。大変だったなぁ』
プンスカと怒るシマリス族の少女チッピは、巨木に話しかける。
巨木……老樹の精霊モックは物知りで、この辺りの動物の相談役なのだ。
『私の住む森に入ったのは正解だよ。こんな世界の果ての辺鄙な場所、頼まれてもやって来る者などいやしないから』
「モック、何で皆、仲良くいっしょに暮らせないのかな?ライオン族やクマ族みたいに重たい物を持ち上げたり、サル族やイルカ族みたいに賢くて何でも作れたり……皆で力を合わせればもっと楽に、平和に暮らせるはずなのにね」
不思議そうに首を傾げるシマリスにモックは返す。
『自分達の個性に誇りを持ち、他種族より少しでも優位に立ちたいのだろう。こんな様々な個性を持った動物が集まる世界なら、尚更だ。君達のように分かりやすくか弱い生き物が下にいる事が彼らの中で良い緩衝となっている。君達にとっては不幸な事だが、彼らが手と手を取り合い、協力するまではまだまだ時間が掛かるだろうね』
「???よく分かんないや」
『フフフ、君達が他の動物と仲良く暮らせるまで、相当時間がかかりそうだという話だ。そう……これから100年、いや200年はかかるだろうか』
モックの言葉を聞いたシマリスは溜息をついた。
生まれた瞬間に運命が決まる、そんなシマリス族の行く末は暗い。
何か一つでも取り柄があれば───弱いのが個性なんてあんまりではないか。
シマリスはどんよりとした気分でいっぱいだった。
「はー。私がつよい動物だったら、皆の事を守ってあげるんだけどなー。それで、他の弱い種族の子達を守ってあげるのに」
『強い者は弱い者の気持ちに寄り添いにくい。でも……『弱い』という事は必ずしも悪い事ばかりじゃないんだよ』
「ウソだー。ウソだよ。弱かったら、たいせつな物だって取られちゃうし、住んでる所も追い出されちゃうじゃないの。悪い事ばかりだよ!」
『遠くない未来、君達の弱さが強みになる可能性も無くはない……さて、どう説明したものか。とりあえず、その時に備えて今日から日記を付ける事から始めてみようか』
───それから幾年月、シマリスの住む森から遠く離れた中央大陸では様々な変革があった。
サル族が開発した蒸気機関を皮切りに、その有用性を巡って種族間同士の争いが始まった。
武力を用いた闘争が起き、ライオン族の軍が暴走。一部の地域では草食動物の粛清が起きた。
豊かな草原地帯を巡り、犬族と猫族同士で紛争が起き、国を東西に分断する大きな壁が作られた。
怪しげな宗教を初めたヒツジ族のまじない師が国を先導し、クーデターが起きる事件もあった。
種族間同士の争いはそれからも長らく続き、終わらない抗争の末に多くの獣人達は疲弊していった。
戦いに次ぐ戦い。
傷付き、傷付けあう日々。
どの種族も武力を用いて争う事に疲れた頃、残されたのは荒廃した土地だけだった。
種族同士で争うなど、むなしいことだ。
我々の個性は、『皆で助け合うために神様が分け与えた物』でしかない。
動物は、手と手を取り合って生きていくべきなのだ。
いわゆる「獣人平等宣言」がラマ族の君主によって出された頃には、最初の闘争からもう200年以上の時が経っていた。
世界中から諸手を挙げて賛同を受けたこの宣言以降、ようやく───全種族が、平等に仲良く暮らしていける世界へ変わっていったのだった。
──────そして、時は流れ……現代。
中央大陸の大都市。
ビルが立ち並ぶ大通りのど真ん中、我が物顔で抗議活動を行うシマリス族の少女がいる。
「私の先祖、チッピはこんな日記を残しています!『AGE1796年火の月、トラ族の○○領からひどい暴行を受けた子ども達が深森に逃げてきた。領主による奴隷狩りにあい、親とはぐれてしまったらしい。トラ族にはひどいヤツがいるものだ』皆さん、こんなむごい横暴をしてきたトラ族を許していいのでしょうか?」
沸き上がる観衆の賛同を受け、今日も少女は高らかに主張する。
「我々シマリス族は、ライオン族への訴訟に続き今回、トラ族に対して賠償請求訴訟を行います!か弱い生き物に対し、このような仕打ちを許してはなりません!」
動物の国は大きく変わった。
一番「弱い」とされてきた動物がこれまで受けてきた、非道な仕打ちを清算するという目的で民衆運動が活発化。動物の国全体で差別を無くすために様々な取り決めが行われたのだ。
様々な特権が認められ、働かずとも暮らしていけるだけの年金がシマリス達に支給される事になった。
不平等があってはならないと、国の重要な役員の過半数には、能力の是非を問わず必ずシマリスの中から選ばれる事になった。
舞台や映画俳優には、必ずシマリスの俳優が選出され、『有能な人物』として描かれるようになった。
スポーツの祭典では、特別にシマリスはサル族の開発したボデイスーツを着て参加する事が認められた。
ファッション誌のモデルには、すらっとしたキリン族、野性美溢れる狼族よりも足の短いシマリス族が推奨されるようになった。
長い歴史の中で、シマリス族に横暴を働いた者は数知れず。
道徳心が芽生えた獣人達は、これからも続くシマリス達の報復に怯える毎日を過ごすのだ。
タイトルがなかなか思いつきませんでした……((+_+))




