59.かぞく。
度重なる商売の失敗。
多額の借金が残り、破滅寸前のカルロス=ノーツの枕元に───しわがれた老人が現れた。
───よいかカルロス。お前の曽祖父をはじめ、かつては信心深かったノーツ一族を助ける為に私はここに来た。一度だけこの状況から脱するチャンスをやろう。
「あ、あなたは一体……」
寝ぼけ眼のカルロスに、その老人は続けてこう言った。
───ただの土地神たる私が出来る、最初で最後の祝福だ。いいか、よく聴け。『明日は一日、家族と共に仲良く過ごせ』。さすればお前の運命は変わり、幸福な未来が拓けるだろう。いいか、これが最後のチャンスだ。逃せば……お前には破滅が待っていると思え。
これで終わりだ、とばかりに老人が枕元から消え去ると……いつの間にか、庭の老犬のやかましい遠吠えが聞こえてカルロスは目を覚ました。
寝床から飛び起きたカルロスは、急いで女房と一人娘を居間へと呼んだ。
「何寝ぼけた事を言ってんのアンタ……。神様ァ?借金取りの間違いじゃないのかい……」
「パパ、疲れてるのよ……早く夜逃げしましょう。今夜あたりあいつ等が本当に身ぐるみ剥がしにやって来るかもしれないわ……」
「本当なんだ!二人とも、俺を信じてくれ!」
カルロス自身は元から信心深い訳では無かったが、今朝枕元に現れた存在は妙に現実味があった。
また、老人の言っていた通り、確かに商店を立ち上げた先々代は信心深い人物で、神殿に多額の寄付をしていたと聞いた覚えもある。
これは何かある───カルロスは自分が見た夢の老人を信じる事にした。
「このままだと、どのみち一家で都を捨て、借金取りから逃げ回る羽目になるだろう?だったら俺の夢のお告げの通り、今日一日皆で仲良く過ごそうじゃないか」
必死の形相で声を掛け続ける一家の大黒柱に、二人はため息をつきながらも了承した。
「はぁ……本当、何でこんなのと一緒になったんだか……」
「はぁ……実家なんて早めに見切りを付けとくんだった……」
「さあさあ!どうせやけっぱちなんだ!それならじっとしててもしょうがない。今日は家族一緒にどこかへ出かけよう!なあに、今日が終わればじきに幸運が我が家にやって来るんだ!」
万が一、借金取りがこの家にやってくれば、私だけ家族と引き離される可能性がある。家にいるのはまずい。家族と安全に一日を過ごすなら、都から離れるべきだ。
家に残されていたわずかばかりの干しブドウと、都で最後の一日を過ごすためにと特別にとっていた酒をカゴに入れる。裏山にある湖のほとりでのんびりと祝杯をあげるのだ。
そうすれば、もう一度代々続いた店を守る事が出来る。
「皆、『仲良く』な!喧嘩はダメだぞ!」
呆れる二人を気にすることなく、意気揚々と前を歩き出す。
こうしてカルロスは、女房と娘を連れて家を飛び出したのだった。
家族仲良く。家族を大事に。
ぶつくさ文句をいってばかりの女房に、行き遅れた愛想の無い娘。商売が上手くいかなくなってからは、喧嘩ばかりの日々だった。
だが、今日でその辛い日々も終わりだ。
暗い思いに浸ってばかりだったカルロスは、二人の大事な家族に感謝した。
───その頃、都では。
「君が人を呼んでくれなかったら今頃私は……。ありがとう、其方は命の恩人だ。何でも言ってくれ。私が出来る事なら何でも叶えてやろう」
お忍びで領内を見回る最中、突然の病に倒れた自分を救ってくれた恩人に、モルガーノ伯は精一杯の礼節をもって尋ねた。
「ワン!ワン!ワオーン!」
「ハハハ、なかなかに年寄りながら、元気な犬だ!しかし、見た所首輪が無いな。飼い主がいたなら礼をと思ったが……まあ良い。こんなにやせ細って、さぞや苦労したに違いない。じい、この犬を我が家に迎え入れるぞ。丁重にな!」
「畏まりました」
カルロスの犬を乗せた馬車は、カタカタと都の奥に消えて行った。
馬車とすれ違いに、人相の悪い男達を大勢連れた借金取りがカルロス家へと向かって行った。
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