56.二度目に呼ばれた男。
昼休み。
サラリーマンの俺が屋上で煙草をフカしていると……突然、眩い光が俺の足元を照らし出す。
そして───気が付くと、俺は豪華な宮殿の一室に佇んでいた。
「かの世界の扉が無事に開かれた!これで、また国に平和が戻る。良かった……良かった……」
涙を流して安堵する年配の男───大統領が、訳も分からず呆然とする俺を出迎えた。
大統領は、俺を宮殿の私室に連れて行った。
そしてこの世界について話をする。
ここは、シグルカ国。
元々は豊かな国であったらしいが……突如現れた魔王の侵攻によって苦しんできたという。城の窓の下に広がる城下町にも、荒れ果てた街の様子が伺えた。
突然の事態に困惑していた俺は、近くにいたメイドさんが淹れてくれた紅茶を一飲みして気持ちを落ち着ける。
「なるほど、俺を呼び出したのは……この国を救う為に魔王と戦って欲しい、という事なんですね?」
悪い魔王を異世界からやってきた勇者が倒す、というのは物語で聞いた事がある。俺にもそうした活躍を求めているのだろうか。だが、悪いが俺は普通のサラリーマン。そんな勇気も力も持ち合わせていない。困ったな……。
そんな事を思いつつ、目の前に座る大統領に話しかけると、彼は首を横に振った。
「いいえ、違います。実は……もう既に、魔王は前回召喚した勇者様が討伐されているのです」
「え?勇者……俺より先に呼び出された人がいたのですか」
大統領は首肯する。
勇者……俺より前に召喚された男。そいつが魔王と戦い、世界を平和に導いたらしい。かなりの傑物で、剣を一振りすれば海を割り、魔法一発で山の斜面を吹き飛ばすほどの力を持っていたようだ。
「では、どうして俺を呼び出したのですか?魔王が滅んだのなら……この世界が平和になったなら、もう俺なんて必要ないでしょうに」
「いえ、実はですね……魔王亡き後、今度はもっと大きな争いが起きまして。貴方様に、その解決に従事して頂きたいと今回二度目の異世界召喚を行ったのです」
「え?……もしかして、魔王が復活した、とかですか?第二の魔王が現れた、とか?」
「違います。その……人間同士のもめごと、とでも申しましょうか」
大統領は大仰に頭を下げた。
ここまでの話を聞いた俺に、再び疑問が浮かび上がる。
人間同士のもめごとだって?……それは、国と国との戦争とかか?
人類の危機を救うのであれば大義名分もあるだろうが……国同士の争いなんて単なる縄張り争いだ。日本でも、外国との争い事など日常茶飯事。そんな下らない事の解決に自分が呼び出されるなんて、と男は少し落胆する。
「悪いですけど、政治や戦争の道具にされるというのはちょっと……」
「何やら誤解されていますね。貴方を呼び出した理由は、誰かと戦ってもらう訳ではありません。それに、他国と争うだけの体力なんて、もうこの国には残されていません。あくまで、貴方様には戦後復興の手助けをして頂きたいのです」
戦後復興……なるほど、人助けか。
俺は、その言葉に少しほっとした。
「私は何をすれば良いのでしょうか?」
「そうですね。貴方様には、これから国民広場に立ち、復興の礎となってもらいます」
「ハハハ、礎とは大げさな。私は先程ここにやって来たばかりなのに……気が早いのでは?」
「いえ、文字通り、礎になってもらうのです」
「???よく分かりませんね。復興と言っても、具体的には何を?愛国の為のスピーチでもすれば良いのですか?」
「……いえ、広場に来ていただくだけで良いのです。後は、勝手に事は済みます」
「え?」
───ドクンッ
途端、急に体の力が抜けていき、俺は椅子から地面に倒れ落ちた。
「なっ……がっ……」
「すみません。紅茶にしびれ薬を仕込ませていただきました……さて」
───今から、私は貴方にとって、『非常に理不尽な事』をお話します。
そう言って、大統領は兵士に命じ、俺を椅子に無理やり座らせると再び話を始めた。
「昔、魔王が人々を苦しめていた頃、その討伐の為……我が国は『異世界召喚』を行いました。そして現れた男、勇者は類稀なる力を持ち、恐るべき魔法を用いて……ものの数年で魔王を討伐せしめたのです。誰もが勇者を称えました。ここまでは良かったのですが……」
「彼は、自分に反抗する者がいないと分かると……今度はこの国を乗っ取り、国中の人々を支配する為に行動を起こしたのです。城下町の荒れ果てた街並みは、その為です。ここはまだマシな方で……首都を抜けた村々などは……更に悲惨な状態なのです」
「彼は魔王以上に、暴虐の限りを尽くしました。面白半分で魔法の実験台にされた者、人間狩りと称して家族を殺された者、愛する者を無理やり攫われた者……多くの罪の無い民衆が彼の者によって殺されました。それはまさに悪魔の所業。さからう者は容赦なく殺されていき、その暴虐は彼の者が死ぬまで続いたのです」
「彼が老衰で死ぬまで50年。50年もの長い間、召喚してしまった勇者によって、国民は苦しめられてきたのです。呼び出した責任は政府にあり、当時の担当者は処罰されたのですが……国民はそれで怒りの矛先を収めてくれません。このままだと、国への不満からシグルカ国は崩壊してしまいます。その為に、貴方を呼び出したのです」
大統領が命じると、背後に控えていた兵士が俺の腕や足を縛り付け、首に怪しげな首輪を取り付けた。
「これから貴方には彼と同じ『異世界人』として、民衆への怒りの捌け口になってもらいます……申し訳ない、貴方には何の関係も無い事ですが……運が悪かった、と思って下さい」
体が痺れて動かなくなった俺を一瞥し、大統領は部屋を出た。
─────国民広場
衛兵達が、沢山の投石が入った箱を広場の中に運んでいく。
広場には、ぞくぞくと国中の人々が集まりつつあった。




