51.鑑定。
「ドニよ、儂はこれから商業ギルドへ行く用事があるんじゃ。悪いが、店番頼めるかの?」
「ええ、勿論よ。行ってらっしゃい」
「では、任せたぞい」
ドニ・サリアスは、今年で15歳になる見習い商人だ。
商人にとって必要な才能は、幼い頃から目利きの研鑽によって得られる。
ドニはまだ見習いながら、戦士の扱う武具から美術品、装飾品、あらゆる分野において深い見識があり、素晴らしい鑑定眼を持っていた。
だが、所詮まだ見習い。師匠である祖父は持ち込まれる品物の鑑定をドニの力だけでは許さない。
そこで、祖父が孫娘に貸し出したのが『魔導グラス』だった。
虫眼鏡のような形状をしたこのアイテムには特殊な古代魔法が掛けられていて、『覗いたアイテムの価値を品質、希少性、成長性、将来性、骨董的価値や未知の可能性……あらゆる観点から本当の価値を探る事が出来る』のだ。
これを手にする事で、祖父の仕事の手伝いをしていたのだが……。
今朝、持ち込まれた物を手に、ドニは頭を悩ませていた。
「どこからどう見ても……普通のナイフね」
名も無き若手職人が作ったという作品。
純銀製……ではなく合金。材質は安物。
切れ味が良いわけではないが、収納には便利そうな折り畳み式のナイフ。
値段はせいぜい銅貨3枚。タダ同然で引き取った物だった。
しかし、魔導グラスを使った私の目に映るナイフの価値は
名称【普通のナイフ】
素 材:合金
威 力:G(悪い)
耐 久:F(脆弱)
特殊性:―(無し)
希少性:G(日用品)
総合価値:A(※但し、骨董【古美術・古道具】として)
アイテムの性能表示がおかしい。
骨董価値─────時を経て価値が高まる?
職人見習いの作り立てに、なぜこんな高評価がなされるのだろう。
頭を悩ませていると、天幕を捲って急な来客があった。
「店主、すまないが、護身用の短剣を売ってくれないかな」
こんな雨降りの日に……珍しい。
長髪を雨で濡らした優男は、ぼろ布で体を拭きながら店内にやって来る。
「愛用の武器を無くしてしまってね……。ハハハ、間抜けな話だよ」
男は、旅の途中で手ごわい魔物に襲われ、逃げている内に手持ちの武器をどこかに落としてしまったのだという。
なんとまあ、そんな間抜けな事があるのだろうか……ドニは他人ながら不安に思った。
「貴方、冒険者?」
「違うよ。ただの旅商人さ」
「はぁ……護衛なりなんなり雇えなかったの?」
「ハハハ……実はまだ駆け出しでねぇ、そんな余裕はないのさ」
話を聞いていると頭が痛くなりそうだった。
「……手持ちはいくら?」
「銀貨2枚」
「なまくらしか買えないわよ」
「金欠なんだ。せめて……そうだな、身を守れる物が欲しいんだけど」
そう言って男が目を向けた先に会ったのは、ドニが鑑定中のナイフだった。
「あ、それ!それがいいや。お嬢さん、そのナイフ、僕に売ってくれないかい?」
「え……?」
「見た所、そんな値打ち物じゃなさそうだし……あ、ひょっとしてお高い物だったり?」
「いえ、そうじゃないけど……」
ドニはしばし悩んだ。
このナイフは、どこからどう見てもただの安物だ。
祖父に見せてもただのゴミだと言われた。
そんな物に価値があるはずない……もしかすると魔導アイテムが壊れているのかも。
「いいわ。これ、銅貨3枚で売ってあげる」
「高くない?せめて2枚に……」
「3枚!」
「はあ、分かったよ」
「ありがとっ」
結局、ドニはナイフを売る事にした。
魔導アイテムの不調はたまに起こる。
小言を言われるかもしれないが、祖父にメンテナンスをしてもらおう……と苦笑し、手にした銅貨を金庫に入れた。
─────雨音が強くなってきた。
黒い雷雲が辺りを暗く包む。
多くの露店は、この雨の影響でどこも早めに閉じていた。
もう、お客も来ないだろう。祖父の帰りを待っていると更に遅くなる。
品物を木箱に収納していると……天幕に吊るしたランプに照らされ、背後に人影が現れた。
「あら、貴方まだいたの?……悪いけどもう店じまいするの。今夜は嵐が来そうだから早めに帰った方がいいわよ」
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─────国立博物館
スーツを着た老紳士が、ケースに入れられた展示品に見入っている。
「ほほう……これが、かの有名な剣闘士アブダラの兜。歴戦の勇士を思わせる良い代物だ!その横は……おお、海賊王ロブルスが用いたピストルか。なるほど、いずれも貴重な一品………………ん?」
「君、少し尋ねたいのだがね」
「はい、どうかされましたか?」
「あの品はありふれた日用品にしか見えないが、一体どんな代物なんだい?」
「ははぁ……こちらは、『殺人鬼ジム・チッパが犯行に用いたとされるナイフ』でございます」
「ああ、あの有名な『切り裂きジム』か。若い女性ばかりを狙ったっていう、100年前の迷宮入り事件の。こうした物にも価値が出るんだねぇ」




