50.幸運。
この世界では誰もが皆、母親のお腹にいる時に、神様から特別な加護を授かる。
『健脚』『識者』etc……授かる加護は人それぞれ。
10歳になる頃、どんな加護を授かったのかが初めて分かるのだ。
─────教会の礼拝堂。
「おお、ミケロ。君の加護は『幸運』です」
私の名前はミケロ。農家に生まれた次男坊である。
神官様曰く、私は「幸運」の加護を授かったのだという。
幸運という加護が最後に確認されたのはおよそ100年前。非常に珍しい力で、『物事が、自分の都合の良い方に転がっていく』という。
言われてみれば……体の弱い母から健康に生まれてきた事から始まって、不運な目に遭った事は一度も無い。だとしたら─────何と素晴らしい力なのだろう!
農家の次男に未来はない。腕っぷしに自信のあった私は、一流の冒険者になる為に村を飛び出した。
そして……この神様が授けてくれた力の素晴らしさを体感する事になる。
大して銭を持たずに入った王都。
チンピラに因縁を付けられ、路地裏に連れて行かれそうになった所……新人冒険者チームに助けられ、幸運にも彼らのチームに参加する事が出来た。
ふと立ち寄った寂れた武器屋。
商人に騙され、錆び付いた剣を無理やり押し付けられてしまったのだが……実はその剣が古代の魔法剣で、私は自分に眠っていた剣士の素質を開花させることが出来た。
噂に名高い東の大陸に広がる魔の森。
大規模な魔物のスタンピードが起き、冒険者の多くが魔物の大群に殺されていく殺伐とした状況。
「お前が道を決めてくれ」と仲間達に頼まれ、恐る恐る私が道先を選ぶことになった所……驚く事に魔物の一匹も出現することはなく、安全に魔の森を抜け、帝都へと入る事が出来た。
何が起きても、『幸運』は私の都合の良い方向へ物事を進めてくれた。
そのお陰で、ただの村人だった私は有名な冒険者となり、多くの人々から尊敬を集めるまでになったのだ。
自分には勿体ない力だな、と神様の祝福に感謝を込めて祈る。
この力に溺れぬよう、私は鍛錬を続け、いつしか王国でも指折りの実力者として名を馳せる事となった。
そして時は流れ─────私は28歳になった。
この頃になると、私は冒険者の引退を考えるようになっていた。
肉体の衰えが始まるとされる区切りのタイミング。これからは目覚ましい成長は見込めず、後は技術を高めていくだけ。感覚の衰えが危険の多い冒険者稼業には直接死に繋がる。
それに……引退を考えるのにはもう一つ理由があった。
「あら、あなた。何か考え事?難しい顔をしてるわよ?」
冒険者仲間だった女性、ミラと結婚したのだ。
ミラは冒険者をやめた。家庭に入りたい、というのも一つの理由だったのだが……大きな理由はお腹の中に私の子を宿した為だ。
「いや、何でもないさ。次の就職先を決めないと、と思ってな」
「フフ、何の冗談?王都の冒険者ギルドが貴方を放っておかないわよ。何なら帝都にも貴方を欲しがる所は沢山あるじゃない。貴方なら何にでもなれる気がするわ」
「そうだな、王様や貴族にはなれないが、な」
二人して笑う。
そうだ、この力がある限り、私達家族に不幸は訪れない。
明るい未来を想像していると、家の扉を叩く音が聞こえた。
「た、大変です!西の草原から魔狼が大群で押し寄せて来ました!ミケロさん、西門の兵士たちが食い殺されています!どうか、どうか救援に向かって下さい!」
「魔狼?Aランクの魔物がどうして……?」
「わ、分かりません!ですが、このままだと王都に入って来てしまいます!」
その凶報を聞いた私は、衛兵に妻と民の避難を願って西門へと向かった。
西門まで数十キロ。馬を走らせて向かった時には、魔狼の大群が西門の守りをほぼ崩壊させた後だった。
─────GRYUUUUUUUUU
─────UGAAAAAAAAAA
数にして50頭……といった所か。
門兵が必死に槍で応戦していたが、素早い動きで身をかわす魔狼にはまるで効果がなく、首を噛まれて倒れていく。
なぜ、こんな時期に魔狼が?単独行動を好む魔狼が集団で押し寄せるなど、ありえない。
そんな考えが頭に浮かぶが、考えている暇はない。剣を振るい、魔狼の侵攻を抑える。
引退間際でも、私の剣は重い。
一匹一匹を油断なく倒していくが─────数が多過ぎる。
「ぐっ……」
剣を握る右腕に噛みつかれ、動きが鈍った私に集団で飛び掛かって来る魔狼。
少しずつ、少しずつ私は疲弊していき、剣を握る握力がなくなってきた。
「ミケロさん!あと少し、あと少しで救援が来ます!」
門兵が叫ぶ。
そうだ、私はここで死ぬ筈がないのだ。
『幸運』だ。この加護が私を守ってくれる筈だ。
こんな所で命を落とすなんて……そんな不幸な目に遭う訳がない!
頭から血を流して剣を振るう。
肩から、腹から、噛まれた傷口から血が滴り落ちるが、私は己の身に秘めた力を信じて戦った。
だが─────数時間後。
王都から騎士団が救援にやって来た頃には、私は死んでいた。
─────10年後。
僕の名前はミケロ。領主貴族の息子である。
と言っても、養子としてフラヌス家に招かれた、生まれはただの平民の子だった、らしい。
らしい、というのは、母親が僕を産んですぐ、流行り病で亡くなったからだ。
元の父親も、僕が産まれる前に起きた魔物のスタンピードで亡くなっている。
王国を守って死んだ英雄、として有名なのだが、そんな人物の血を受け継いでいると聞いてもあまりピンとこない。
ちなみに、僕の名前は亡くなった父親の名前を貰ったのだと聞いた。
両親が死んだ後、残された僕を引き取ってくれたのは領主貴族のフラヌス家だった。
義に厚く、何よりも清廉な心を持っているこの家は、「恩義に報いるのは貴族の矜持」と赤子の僕を迎え、育ててくれたのだ。
当主も奥さんもとても良い人で、僕を実の息子と変わらず接してくれた。また、兄さんや姉さんも僕を疎まず、それどころか弟が出来たと喜び、可愛がってくれる。
こんな事、普通ならありえない。
自分は何と恵まれているのだろう……僕は神に感謝した。
今日は僕の加護を伝え聞く、大切な日。
当家に招かれた神官は僕の頭に手を置き、祝詞を読む。
そして、驚いた顔でこう言ったのだ。
「おお、ミケロ様。あなたの加護は─────豪運です」
豪運>幸運。
【補足説明】
・豪運は『物事が〈物凄く〉自分の都合の良い方に転がっていく』という幸運の上位互換の加護です。
・前書きにある通り、この世界の加護は〈母親のお腹の中にいる時に〉授かります。
・主人公の幸運と、まだ自我の無い赤ん坊の豪運がぶつかり、結果上位互換の加護が勝ちました。
※豪運という言葉は造語なので存在しません(麻雀漫画で採用される事があるみたいです)。
物凄い幸運、という定義でお願いします。




