48.今日は記念日。
王都にひっそり軒を連ねる大衆居酒屋『熊の隠れ家』。
今日は、店主にとって特別な記念日なのだ。
「今日はやけに上機嫌じゃねーか、親父」
「何かいいことがあったのかー?」
冒険者達は、鼻歌交じりに洗い物をする酒場の親父に尋ねる。
「お?分かるか」
「そんな顔してりゃあなぁ~」
「誕生日……ではしゃぐような歳でもねえし、ははーん、さてはとびきりの美人とでもお知り合いになったとか……」
「馬鹿言え、こんな顔のコエーおっさんに女が付くかよ……分かった!拳闘場の……賭け試合に勝って大穴を当てたとかだろ?んん~?」
「ハハハ、違う違う」
水洗いしたジョッキを丁寧に拭きながら店主は首をふった。
「まあ、金に困ってる、なんてこたあねえだろうしな」
「良い取引先でも見つけたのかよ?まさか……本当にどっかのキレイどころと良い仲に!?」
「ガッハッハ!ハズレだハズレ。今日はな……この店が、開店して20年目になる……祝いの日なんだ。こう順調だと、どこか感慨深くてな」
しみじみとした様子で店主は懐かし気に語る。
「なるほど~。もうそんなに経つのか。俺達まだここに来て新参だけど、そんなに前から商売してんのね」
「こんだけ店が繁盛してたら嬉しくもなるか。ちぇっ……いいよなー親父は」
「おいおい、俺だって昔はお前らと同じ冒険者パーティの一員だったんだぞ!これでも昔は異名だってあったんだぜ」
「あーはいはい、『穴熊』ね」
「知ってるよ。石橋を叩いて渡る、大きな体に小さな肝っ玉、『穴熊』ドーガ。昔、帝国に居たんだって?」
「まあ、アンタは美味い飯作ってた方がお似合いだよ」
「ちげえねえ、ハハ」
冒険者達は、ジョッキに残った酒を一飲みして笑った。
「散々飲み食いしてきてよく言うぜ……ホラ、今日は早めに店じまいするんだ。帰った帰った」
「ええー!早えよ」
「せめてもう一杯」
「ダメだダメだ!ホラ、酔いを醒まして家へ帰んな」
「ちぇっ」
─────二人の冒険者が帰途に着くのを見届けてから、店主は秘蔵の酒瓶を棚から取り出した。
今夜はこれで閉店だ。
ボトルグラスに酒を注ぐ。
今日までの長い道のりを思い出し、ようやくここまで来れたのだと深いため息をもらした。
20年前、帝国に『森の狩人』という名の有名な冒険者チームがいた。
様々なクエストを完遂し、若手冒険者の中でも群を抜いて実力のあった4人組は、ある日を境に帝国から姿を消すことになった。
リーダーの突然の失踪。
残った仲間達もその行方を知らず、捜索隊が組まれたが……誰もその行方を掴めない。
パーティの柱が抜けた事で、自然とチームは解散する事になったが─────帝国法により、名目上以後20年は事件の追及と解決に衛兵は動くことになっていた。
─────『穴熊』……よくこんな俺に似合った二つ名をくれたもんだ。
ああ、この名を最初に付けたのはリーダーだったか。
もう、こんな事件、風化して誰も覚えている奴なんていない。そもそも、冒険者が突然失踪するなんて、珍しいが取り立てて騒ぐ事ではない。偶に起こる事だ。誰も真剣に調べる者などいやしない。
だが、慎重な俺は、5年、10年、15年……どんなに時が経とうがあの日の事を忘れられず、今日まで心のどこかで怯えて過ごしていたのだ。
「これで……ようやく俺は……」
アイツに付けられた右目の古傷を撫でながら、店主はホッと肩の荷を下ろした。
記念日=時効。




