45.故郷の味。
ジーナス=ボナパルトはロマリア王国の優秀な軍人である。
質実剛健、清廉潔白、まさに軍人の鏡と言うべき傑物。
そんな彼の、今日の晩ごはんは……。
「ふぅ……今夜はやけに冷える」
暦ではまだ秋のはずだが……今年はやけに冬の到来が早い。
外は冷たい風がヒュウヒュウと音を立てて吹いている。今夜は……何か特別な、心も体も温まる物を口にしたい。
生憎と、仕事で職場を離れる事が出来ない私は、部下に頼んで特別に料理を運んでもらう事にした。
「シェフに何を作らせましょう?」
「そうだな……」
食べたいもの。
思い浮かんだのは、遠く離れた故郷の味だ。
軍人でもそれなりの階級に着いた私は、職務上会食も増え、贅をこらした食べ物を口にしてきた。
だが、今は─────舌が無性に素朴な家庭の味を求めている。
「シチューが食べたいな。キノコがたっぷり入った、ロマリア風の」
部下の質問に、逡巡しながら私は答えた。
故郷は年中気温が低く、凍てつく寒空の下で私は育った。
家庭料理とはいえ、山の恵みが少ない時期のシチューは毎日食べられるものでは無かった。寒村に住む人々にとって最高のごちそうだったのだ。
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「お待たせしました」
運ばれてきたシチューを前に、私は思わず顔が綻んだ。
あたたかな乳色のスープから漂う、食欲を誘う香り。
皿の中には注文通り、アツアツで具沢山のおいしそうなシチューがたっぷりと入っていた。
スプーンでひと匙、ゆっくりと口に運ぶ。これを食べるのもいつぶりだろうか。
─────ズズズ
……ああ、懐かしい味わいだ。
大粒にカットしたポテトのホクホクとした食感が実に心地よい。
オニオンにキャロット……多くの野菜の美味しさがシチュー自体に染み込んで、とても濃厚な一皿になっている。シェフが私に気を使ったのだろうか。
何よりも……注文通り、たっぷりと入ったキノコの旨味は格別だった。シチューの具材にした時の、モチモチとした柔らかさ、噛むとじんわり口に広がる風味がたまらない。
子どもの頃は、代り映えの無い食事に興味など持ってはいなかった。
たまにやって来る行商人が話していた『子牛の姿焼き』や『フルーツのタルト』など、貴族や金持ちしか食べる事が出来ない食事に憧れ、いつか自分も王都で一旗揚げてやろう!と夢見た事もあった。
しかし、今更ながら私は悟った。
この世には美味いものは沢山あるが、故郷の……思い出の味は舌がいつまでも忘れずに覚えているものなのだな、と。私にとってシチューは─────例え田舎臭い味付けの料理だとしても、これに勝るものは思い浮かばない。
激務続きだった私にとって、この一皿は何よりも代えがたいごちそうだった。
─────最後のひと匙を口にすると私は立ち上がり、こう言った。
「至福のひと時だった。後は……煙草があれば言う事はないのだが」
部下は……いや、部下だった男は俯きながら肩をすぼめる。
贅沢は言うまい。いや、最後にこれだけ贅沢をさせてもらえた、といった方が良いのだろう。
「……時間だ。私に出来る、最後の責任を果たすとしよう」
─────ゴーン、ゴーン……
定刻を告げる鐘が城内に響き渡る。
手錠をはめられ、目隠しをされた私はいよいよその時を迎える事となった。
「ジーナス、ボナパルト大佐。此度の帝国との会戦における戦争の責任、ならびに我が国を混乱に陥れた罪は重い。これより、貴様に対する刑罰を執行する」
もしも生まれ変われる機会があるならば……。
ほのかに口に残る味の余韻を噛み締め、私は一歩一歩、絞首台の階段を登った。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました!
年内にあと1~2話更新出来れば……と思っております。
追記:ブクマ500突破致しました。応援頂き感謝致します(*'ω'*)




