33.永遠に美しく。
今から300年前、北の大陸に、それはそれは美しい女王がいました。
女王は美しくある為には、手段を選びません。
東に顔が白くなる塗り薬があると聞けば、大金を積んで商人に買い占めさせ、
西に腕の良い整体師がいると聞けば、領地を与えて家臣に加える。
もちろん、女王の好き放題を良く思わない家来もいました。
ですが、女王は傍若無人。冷血な性格で、自分に歯向かう者はことごとく絞首台へと送ります。
結局、誰も女王の言う事にさからうものはいなくなったのです。
……しかし、誰よりも美しくありたいと願う気持ちはまだまだ抑えが利きません。
女王は、どうしようもない苛立ちをメイドにぶつける日々を送っていました。
───そんなある日の夜。
女王の枕元に立つ影がありました。
『もっと、もっと美しくありたいですかな?』
「誰じゃ?そなたは」
女王が振り返ると、目の前には漆黒の衣を身にまとった男が、宙をプカプカと浮かんでいます。
男は女王の瞳をじっと覗き込むと、再度同じ言葉を繰り返しました。
『美しくありたいですかな?』
「そなた……人ではないな?……人知を超えた存在……もしや天使、精霊……いや、悪魔じゃな?」
『ふふふ、その通りでございます。私ならば、ほんの少し代価を頂くだけで、あなたの望みを叶えて差し上げる事が出来ますが、いかがかな?』
女王は、最初こそ訝しみ、この男をどうしようかと考えましたが、今以上の美を与えてくれるかもしれない存在を前にして思い直します。
「ホホホ!良いじゃろう。お前の力を持って、わらわを美しくしてみせよ!」
『契約、成立ですな』
こうして女王と悪魔の間で、契約は為されたのです。
女王が美しくなりたいと願う度、奇怪な事件が起こりました。
髪を瑞々しく、サラサラにしたいと願った翌日。
宮中で働く一人のメイドの髪が根元から抜け、無残にも一本残らぬ禿げ頭に変わってしまったのです。
肌を誰よりも白く、誰よりも美しく、きめ細やかにしたいと願った翌日。
女王は、一夜にして赤子のような柔肌を取り戻しました。
……その一方、宮中で働くメイドの一人に、まるで老婆のような皴が浮き出してきました。
何かの病気を疑われたメイド達は里に帰る事になり、周囲の者は動揺しましたが、一段と美しくなった女王は愉悦が止まりません。
悪魔は女王の何かを対価に、美しさを与えます。
味を占めた女王は様々な願い事をしました。
その度に自分のメイドや家来達に不幸が襲い掛かりましたが、女王は何も気にする事はありません。
女王の美しさが増す一方で、国民の間では女王が住む城を『悪魔城』と呼び、恐れたのです。
誰にも罰されず、己を貫き通してきた女王でしたが、何事にも終わりは来ます。
寿命です。
齢60をとうに超えたにも関わらず、目も眩むように美しくあった女王ですが、病には敵いません。そろそろ人生の終わりを迎える事となりました。
「……いやじゃ……いやじゃ……まだまだ……まだまだわらわは……わらわが……一番美しく……美しく……なければ……」
『おやおや。まだ美しくあり続けたいとは……見上げたお人ですな。ここまでお付き合いしたかいがあるというもの』
「……悪魔、あ……悪魔よ。わらわに、永遠の若さを……。若さを……。誰の寿命を奪っても良い。わらわに……」
『いえいえ、それは出来ません。そこからは【死神】の領分ですので』
「頼む……!……ゴホッ、払える代償なら……何でも払う!わらわに……永遠の美しさを!」
『永遠の美しさ。それがあなたの願いですね?何を代価にしても良いのですね?』
女王が頷くと、悪魔はニヤリと笑いながら瞳を光らせました。
『契約、成立です』
すると……女王は……。
「……長々と、昔話をありがとう。それが、この絵画だというのかね、商人どの」
でっぷりと腹の肥えた伯爵は、貿易商だと名乗る男にそうぼやく。
「ええ、そうなのです!この『ローラの嘆き』こそ、伝承に残る名画!何せ、女王の魂がそのまま絵に残っているのですから当然でございます」
「確かに、目を引く絵ではあるが、そのような眉唾な昔話に簡単に引っかかると思われては困るよ。子どもじゃあるまいし、神や悪魔を信じる者など今時いないしね。せいぜい銀貨8枚って所じゃないかな」
伯爵の気の無い言葉に、男はガッカリした様子でうなだれた。
『左様ですか……では、今回は縁が無かったという事で』




