32.再会。
俺の名はザック。山奥にある田舎、ジーナ村出身の単なる村人だ。……まあそれも今日までの話。
18歳となった今日、生まれ故郷から身一つでこの王都、ブルッケンまでやって来た。
俺は冒険者になるのだ!
ジーナ村の村長である親父やお袋は最後まで俺の王都行きを反対したが、何とか説得をして無事にこの町までやって来る事が出来た。
夢への第一歩を俺は踏み出した。
意気揚々と王都の門をくぐり、目的地である冒険者互助組合【ギルド】へと向かう道中、どこかで見た顔に出会った。あれは確か……。
「……あっ!おい、カルロス!俺だよ俺、ザックだよ!ほら、ジーナ村で一緒に育ったろ?」
「ザックって……まさか、あの……ザックか!?」
そうだ!カルロスだ。
最近はとんと姿を見なかった同い年のカルロス。
不幸な事に、こいつは幼い頃に両親を亡くし、妹と二人でジーナ村に住んでいた。
体が弱かったはずだが、今では見違えるように逞しい身体付きをしている。頬の十字傷が無ければ思い出す事も無かったかもしれない。
だが、数年前に村を出ていった覚えがある。
村人からは「無謀な」「子どもだけで生きていけるものか」と口悪く言われていた事も。
「おお、そうだ。ザックだ。久しぶりだな!あの時、苦労してたんだろ?困った事があったんなら相談してくれれば力になったのに」
そう言うと、カルロスは少し困った顔で微笑んだ。
「ああ、まあ家の事情ってやつだ。お前の方こそ、元気そうだな!ジーナ村の連中は元気か?」
「まあな、俺も今日からここで働き口を探そうと思ってな!これからはいつでも会えるなぁ!」
「そうなのか!ルドルフやロックも元気なのか?」
「勿論だ!俺を含めていつも三馬鹿って昔からヤジられてたけどな。まあ、積もる話もあるからよ、とりあえず今夜空いてるか?ここで会ったのも何かの縁だ。久々に呑み明かそうぜ!」
「おお、そいつはいいな!楽しみだぜ」
こうして俺はカルロスと二人、約束を交わした。
───その夜。
「「俺達の再会に感謝を!」」
俺達はカルロスの手配した宿で二人、大杯の酒を呑み交わす。
「まさかザックもこの街に来るなんてなあ……俺はてっきり親父さんの後を継いで村長になるものだと思っていたよ」
「よしてくれよ。そんな面白くもないしみったれた人生、俺の性分に合わないさ。それよりも冒険に身を置いて夢を掴む方が何倍も魅力的だよ!それにしてもカルロス……お前、逞しくなったなぁ。村にいた時は色も白くて、ヒョロヒョロで、風が吹けば倒れるような体だったのに!顔に付いてる十字傷が無けりゃあ誰だが分からない程だぞ!」
俺の言葉に、カルロスは十字傷をポリポリと掻きながら言った。
「ああ、言ってなかったな。ザック、俺、冒険者になったんだよ」
「ぼ、冒険者……お前が?虫も殺せないような奴が、冒険者かよ……?そりゃまたどうして……ま、まあいいや。俺も実は冒険者を目指しててよ。先輩として俺に色々と教えてくれよ!」
「ああいいぜ!俺に教えられる事があれば力になるよ。実は俺、この辺では段々と名前が売れて来たんだ」
「ほへーー。人ってのは変わるもんなんだなぁ」
思わぬ旧友の言葉に、俺は驚きを隠せずなかった。
労いの言葉を掛けようと果実酒に手を伸ばす。
すると、幼い頃の記憶が蘇って来た。
「果実酒か……ハハハ、覚えてるか?子どもの頃の事だ。度胸試しと魔の森って呼ばれてる大森林に入ったっきり出て来られず、迷い込んで一晩を森で過ごした事があったなぁ」
「覚えてるよ。忘れるものか。その時その辺に生えてた果実をもぎ取って皆で食べたっけ。あの実の苦い事ときたら……村の大人総出で探しに来たよな。中には魔物に襲われて大ケガをした大人もいたな」
「え?そんな事があったのか?俺、何も知らなかったぞ?」
「ハハハ、それ位覚えておけよ!……それに、あの後お前ん家の親父さんが俺の家に怒鳴り込んできたんだ。『お前か!俺の倅を亡き者にしようとしたのは!』って。元々お前の発案で、俺は巻き込まれただけだったのに。お前は知らないだろうけど大変だったんだからな」
「おお……そうだったのか。そりゃあ済まない事をした……。申し訳ない」
「まあ、子どもの頃の話だから、気にするな」
少しいたたまれなくなった俺は、話題を変えようと話を切り出した。
「そういや、お前の妹さん、元気にしてるか?」
「お前、知らなかったっけ?エリーは六年前、肺を患っちまって亡くなったよ」
「そうなのか……ん?でも六年前って確か、お前がまだ妹さんと二人でジーナ村に住んでいた頃だったよな?だったら何で?俺に金の工面を相談してくれれば良かったのに……医者くらい、呼べただろうに」
「相談って。ハハハ、相談しに行ったじゃあないか!忘れたのか?まあウチの親父は早くに死んで、お袋も病弱で満足に仕事が出来なかったからな。金の工面を頼みに行った先で、『諦めたらどうだ。食い扶持が減って助かるだろう』ってお前の親父につげなく追い返されたんだよ」
「まさか!そんな事、親父が言う訳ない!」
「信じるも信じないもお前の自由だよ。ああ、そうだ。ザック?お前、何で善人ぶった事を言ってるんだ?まるで昔からそうだったみたいに。お前、そんな風に人を気遣える奴じゃあなかっただろう?」
「何を言ってるんだ、お前……」
カルロスは不気味にも、こちらから視線を逸らさない。
「この十字傷の事、何で付いたか忘れただろう?これはな、お前が仲間と一緒に俺をイジメていた時、お前が親から買ってもらったナイフで切り付けられた傷なんだ。『逃げるから深く傷付いたんだ』ってな。言い訳は昔から得意だったな?」
「そんな!そんな事……」
俺が、そんな事するはず………………あれ?
─────ふと気付いてしまった。
俺はこいつと……カルロスと……本当に親しい仲だったのだろうか?
思い出せない……こいつは、カルロスは俺といる時、どんな顔をしていたのか。
記憶が無い……カルロスが笑った顔など、今まで見た事があっただろうか。
もしかして……俺は、とんでもない事をしでかしたまま、記憶に蓋をしていたのではないだろうか。
背筋に冷や汗が浮かぶ。
「お前は忘れたかもしれないが、俺はずっと恨みに思ってきたんだ。お前が勝手に魔の森に迷い込んだお陰で探しに来た俺の親父が大ケガを負って亡くなった。俺のお袋はお前の親父に言い寄られ、随分と辛い思いをしながら俺と妹を育てて身体を壊した……」
「俺が何でこの王都に来たか教えてやろうか?それはな、金も無く、学もツテもない、村を追われた子どもが生きるには冒険者になるしかなかったからだ。お前と違って俺は、それしか道が残されていなかったんだ」
「力をつけ、いつかジーナ村に帰り、お前達一家に復讐する。その一心で今日まで生きてきた。今日ここでお前と会えたのは、神様の導きだと俺は思うよ」
鈍く輝く腰の獲物に手を掛け、カルロスは不気味に笑った。
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