30.いじめっ子女子高生、野良犬になる。
久々に投稿。
因果応報とはこの事だ。
私は食べ物を求め、薄暗いスラム街をノロノロと歩いている。
とんがった耳。異様に利く鼻。鋭く尖った牙―――そして毛深くなった体。
元、女子高生だった私、工藤鈴子は小汚い野良犬に生まれ変わってしまったのだ。
前世での事はよく覚えている。
父親が代議士、母親が弁護士という恵まれた家庭に生まれた私。
小さな頃から何でも出来た私は、いつも集団の中心にいた。
頭脳明晰、運動神経抜群。
……気付けば、私は最低の人間になっていた。
出来ない人。どんくさい奴。暗い奴。
そういったクラスメイトを私は嫌い、嗜虐心から彼、彼女をイジメ尽くした。
ストレス解消の捌け口に、意地の悪い遊びに利用したのだ。
だからなのだろう。
ある日、学校から帰る道中の駅のホームで、私は通り過ぎていく電車の前に突き飛ばされてしまった。
───時間が止まったような感覚。跳ね上がる体。
鞄から教科書、ノート、ポーチ…様々な物が飛び出していく。
誰がこんな事を……そんな思いでホームを目にすると。
暗い笑みを浮かべるクラスメイトがいた。
私が、イジメていた女の子だった。
もう私に前世でのプライドなんてない。
見知らぬ街で生きていくためには残飯を漁り、畑から作物を盗んだりと、何でもやるしかなかった。
子どもに石を投げられ、浮浪者から暴力を受け……初めこそ私を殺したクラスメイトを恨んでいたが、それも遥か昔の事。
いっそこのまま死んでしまおうか、そう思った事は何度もあった。
だが、私が思っていたよりも生への執着というものは強い。
犬に転生して数年経つ頃には、もうこのスラムでの生活に慣れてしまった。
そう、これは因果応報。
私に対する神の罰なのだ。
ならば老衰で死ぬまで生き続けるしかないではないか。
───今日も今日とて、腹は減る。
いつものように残飯を漁りにゴミ捨て場に向かっていた所。
「おや、お前、野良かい?」
制服を着た背の高い人間の男が、私に話しかけて来た。
また、いつかの人間のように私をストレスの捌け口にするに違いない、と私は唸り声を上げる。
「ああ、違う違う!僕は君の敵じゃあないよ……ほら、ジャーキーをやるから機嫌を直してくれ!」
男はにっこり笑うと私に食べ物を寄こす。
私は警戒しながらも、久しぶりのごちそうに対する誘惑を抑えられず、むしゃぶりついてしまう。
「ハハハ、美味いかい?そりゃあ良かった。まだポケットに入ってるから、ゆっくり食べてくれ」
私の隣に腰掛けると、男は語りだした。
男が大きな会社に勤めている事。
何やら大きなプロジェクトに抜擢され、成功するかどうかで今後の一生が決まってしまう事。
……大事な仕事らしい。彼の言葉の節々から緊張が伝わってくる。
「それにしても君は賢い犬だね。まるで野良とは思えない……そうだ!」
男は突然立ち上がると、名案だとばかりに言った。
「野良犬君、僕と一緒に来ないかい?ここで会ったのも何かの縁だ。もしかするとここで君と会ったのも、運命なのかもしれない。神様が僕をここに呼び寄せたのかも!」
何と物好きなんだ……私は思った。
でも、男の言った運命、という言葉が私の心に響く。
運命……このままスラムで野良犬として生きるという罰を、神は私に与えた。
辛い思いを積み重ね、その贖罪として私の過ちを神という存在が許してくれたのだろうか。
これからは、この人と共に生きよ、そう言っているのだろうか。
飼い犬として。
私は男の言葉に頷き、男に付いていく事にした。
真面目に生きよう。犬が真面目に……と言ってもどう生きればいいのか分からないけど。
でも、私にも何か出来る事があるはずだ。
精一杯残された寿命を生き、この人に恩を返そう。
そう私は決意した。
男は私を腕に抱くと、嬉しそうに言った。
「お前の名前はライカだ!今日からよろしくな!」
『ライカ』は世界一有名なロシアの犬です。『クドリャフカ』の名前の方が聞き覚えあるかもしれません。
今回はタイムスリップオチ。