29.さよなら3年2組。
桜が舞い散る良き春の日。多くの学校では、卒業式が行われていた。
3年間を過ごした校舎に別れを告げ、次の進路へと向かって歩み出す、記念の日。
だが、都内に存在する荒涼中学校では、前代未聞の事件が起こっていた。
「消えたですって?3年2組の卒業生39名とそのクラスの担任が?」
「ええ、式場の準備が出来たので、教室に声を掛けようとしたんですが……」
─────生徒の集団失踪。おまけに担任まで。
式の開始時刻。
他の卒業生、在校生、保護者が着席する中、3年2組の生徒だけが姿形を消してしまったのだ。
「今、校長と教頭が警察と保護者に事情を説明してる所です!まるで煙のように、生徒の鞄はそのまま、机や椅子もそのままに誰もいなくってまして……」
「担任の権藤先生が連れ出してるとか?最後の思い出作りとか」
「あり得ないでしょ?こんな日に!」
「では、一体何が起こったんでしょう?保護者も騒ぎ出してます……もう警察沙汰になってますし、これから新聞社やテレビ局がやってくる可能性も……」
理解が及ばない状況に、職員室が大きな騒ぎになっていると。
───ガララッ
「……すいません。卒業生の澤田です。卒業証書を受け取りに来ました」
職員室の扉が開き、一人の男子生徒が現れた。
─────────
男子生徒、澤田幸成は2年間、学校に来ていなかった不登校生徒だった。
原因はクラスメイトによる陰湿なイジメ。
クラスのリーダーだった不良生徒の目に、たまたま留まってしまった。
それだけで、澤田に対する攻撃は始まった。
財布を取られ、暴力を振るわれる。
筆記用具はボロボロに壊され、机に『死ね』を大量に書かれ。
それに便乗した女子からは、『澤田キモい』『学校来るな』とヤジを飛ばされ。
万引きを強要され、警察の厄介になった事もあった。
イジメの事実を伝えた担任は、話も聞かずに加害生徒に迎合した。面倒事は御免だと、イジメを黙認。
親に迷惑をかけた事は数知れず。
─────ついに心折れた澤田は、学校に行くのを辞めた。
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ある日。
澤田が、いつものように部屋で不貞腐れたように眠っていた時。
……転機は、突然訪れた。
『もし……其方に……お願いしたい事があるのですが』
「だ、誰だ?」
『私はここから遠く離れた異世界の女神、レミリアと申します。私のお願いを聞いて下さいますか?』
自分の部屋に、女神を名乗る美しい女が澤田の前に現れた。
女神は語る。
いわく、自分の管理する世界に魔王が現れ、自分を信奉する人間を滅ぼそうとしている事。
いわく、このままでは、いずれ世界が魔王の手に落ちてしまう事。
……女神に協力し、混沌とした異世界を救って欲しいという事。
『魔王の侵攻は激しく、私にはもうほとんど力が残っていません……このような事、本当ならお願いするのもおこがましい事。ですが、一人でも多く魔王を打倒する人材が必要なのです。どうか……共に異世界に来て下さらないでしょうか?』
「……それって、一人でも多い方がいいんですよね?」
『はい』
「分かりました。……残念ながら、私にはこの世界でやり残した事がございます。ですので、この星でも類まれな力を持った戦士達を紹介しますので、連れて行って下さい」
『まあ!そのような方々が!……ですが、本当に宜しいのですか?……正直な話、危険な旅路になりますよ。生きて帰ってこれないかもしれないのですよ』
澤田は笑って答えた。
「ええ。一致団結し、集団で一つの任務を遂行する事に長けた奴らなんです。必ずやあなたの世界を救ってくれると思いますよ!」
─────
卒業証書を受け取った澤田は、晴れやかな気分で職員室を出た。
猛勉強の末、市外の高校へ進学する事が決まったのだ。ロクな思い出の無い場所にもう用はない。
大騒ぎになっている体育館を通り過ぎ、足取り軽く澤田は帰って行った。
異世界へ旅立った彼らは、結局帰って来る事は出来なかった。
もはや完全犯罪。