27.孤独な戦い。
悪夢だ。
そうとしか考えられない。
帝国、1級冒険者アラン=スチュアートは目の前の光景に絶句する。
仲間と共に、魔の森の人食いモンスター幽鬼【オーガ】討伐を終えて帝都に帰った翌日。
町が……どこからともなく現れた幽鬼【オーガ】で溢れかえっていたのだ。
異変を感じたのは早朝。
自宅で寝ていたアランが目を覚ますと、近くにいた幽鬼がいきなりアランに向かって飛び掛かって来た。
───GYAAAAAAAAAAAA!!
「く、クソ・・・!」
飛び掛かる幽鬼を頭から殴りつけ、ベットの脇に立てかけていた愛剣で斬り付ける。
幽鬼はしばらくのたうち回ったが、最後はピクリともしなくなった。
「なぜ幽鬼が帝都に……見張りの兵士は何をしていたんだ?」
アランが家を出ると、まるで魔の森にいるかのような錯覚に陥った。
宿屋が、武器屋が、飯屋が、教会が、民家が。
全てが荒らされており、その中を幽鬼【オーガ】が這いずり回っていたのだ。
「う、うわああああああああああああああああああああ!!!」
混乱のあまり、アランは叫んだ。
昨日の朝までは普通だった。
向かいの酒屋の親父が、元気に酒瓶を運んでいたのを覚えている。
お隣のモリスおばさんが、花壇に水をやっていたのを覚えている。
教会のシスターが、朝の祈りを捧げていたのを覚えている。
だが……目の前には幽鬼、幽鬼、幽鬼……。
気が動転しそうになりながら、アランは町を駆け出した。
「ハッサン!ドリー!ライラ!どこだ!!いないのか!!」
親しくしていた友人の名を叫ぶ。
「ルドウィン!幽鬼が町に出やがった。皆がいない、手を貸してくれ!!」
昨日まで、魔の森で共に戦った親友の名を叫ぶ。
「カリーナ・・・カリーナ、どこだ!どこにいるんだ!!」
唯一の肉親である妹の名を叫ぶ。
だが、その言葉に答える者はいなかった。
───GYAAAAAAAAAAAA!!
そして、気付くと。
アランの周囲は幽鬼【オーガ】によって囲まれてしまっていた。
幽鬼の1体が俺に牙を立てようと襲い掛かって来る。
それを剣ではじくと、返す刀に背中を斬り付ける。
それを皮切りに幽鬼との死闘が始まった。
幽鬼は仲間を呼び、次々にアランを殺そうと攻撃をしてきた。
襲い掛かる幽鬼を迎え撃ち、何度も剣を振るう。
皆、こいつらに食われてしまったのか?
アランの胸の中に焦燥と怒りが溢れ出す。
幾度も幾度も幽鬼を相手に戦い続けた。
だが……。
時が経つと、次第に剣を振る肩が上がらなくなってくる。
必死に幽鬼を相手に戦ったアランの体は、限界を迎え始めていた。
すると、
───GYAAAAAAAAAAAA!!
幽鬼の群れから、一際大きな個体が現れた。
逞しい両手に、大剣を携えている……冒険者から奪ったのだろう。
この近隣の……森の主か……?
体の節々が痛い。
体が重く、目もかすみ始めた。
皆は……やはり、溢れかえった幽鬼に食われてしまったのだ。
───お兄ちゃん、来月の結婚式には絶対に来てね。約束よ!
魔の森に向かう前日。
妹、カリーナが自分に言った言葉が俺の中で甦る。
これが……走馬灯ってやつなのか……。
───GYAAAAAAAAAAAA!!
大きな体の幽鬼は鳴き声を上げながら、手にした大剣を振り下ろす。
俺の命は、もうこれまでのようだ。
カリーナ……お前の花嫁姿、見たかったよ。
───ザシュッ
幽鬼の一撃を受け、アランは死んだ。
町の住民を、仲間を、妹を守れなかった事を悔やみながら……。
───アランが死んでから半年が経った。
「アラン……どうしてこんな事になっちまったんだ」
親友の墓の前で、ルドウィンはぼそりとつぶやいた。
魔の森を冒険した際、幽鬼の襲撃から頭部に大きなダメージを受けたアラン。
かろうじて依頼を達成した後、帝都に着いた途端にアランは倒れ、そのまま自室に運ばれた。
医者の見立てでは、単に過労だという話だったが。
目を覚ましたアランは、兄の看病をしていた妹を剣で斬り伏せ、殺害。
絶叫する彼を止めるために動いた住民を巻き込み、多くの者に被害を出した。
最終的にアランを止めたのは、同じ1級冒険者であるルドウィンだった。
……発狂した彼を止めるには、殺すしかなかったのだ。
帝国市民の平穏を脅かしたアランの、突然の凶行は瞬く間に国中に広がった。
調査隊が派遣され、その原因を追究される事になった。
……アランの遺体を解剖して分かったのは、前日受けた頭部の負傷により、脳の重要機関の一部が機能不全となっていたという事。
アランは、後遺症による知覚異常を起こしており、全ての人間が醜悪かつ奇怪な形で見えるようになっていたのだった。
きちんと意志がある生物を、魔物と勘違いした主人公が殺してしまう話を書こうとしたのですが、なぜか『◯の鳥』っぽくなってしまいました。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。