25.知恵の泉。
「ゼブラ殿。君には聖域に存在すると伝わる神秘、『知恵の泉』発見に協力を要請したい」
冒険者ギルドに届けられた依頼に、ゼブラは歓喜に震えた。
依頼主は、この国の軍務を取り仕切る王国騎士団長。
つまり、国から個人への指名依頼なのだ。
スラムから成り上がって10年。
冒険者として徐々に名を上げてきたゼブラにとって、これ以上にない大きなチャンスだった。
『知恵の泉』は、英知を司る大精霊ユミルが宿るとされる幻の泉。
その泉の水を飲むと、素晴らしい英知を授かり、賢者の如き先見の明を身に付ける事が出来るとされる。
つまる所、賢くなれる水、という訳だ。
ゼブラ自身、おとぎ話だと思っていた物が、実は確かに存在するのだという。
自分への指名依頼を快く受け入れたゼブラは、依頼を快諾し、騎士団長が率いる部隊と共に知恵の泉へと冒険の旅に出た。
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「君のように経験のある冒険者が必要だったんだ。道中、よろしく頼むよ」
騎士団長は快活に笑って挨拶する。
どうやら森へは騎士団長とその部下数名、ゼブラを入れて10人規模で向かうらしい。
依頼された知恵の泉の水は、時代の王、つまり王子に飲ませる為の物だという。
現在の王はその智謀で国を豊かにしたが、それもこの水を飲んだ恩恵なのだとか。
知恵の泉は、魔物がはびこる大森林を抜けた先にあるとされた。
王国の騎士達は人を護衛するのには長けているが、魔物の討伐は慣れておらず、先行して冒険者であるゼブラが戦った。
そして、森を進む事数日。……ついに泉まで辿り着いた。
「ここが知恵の泉……」
霧が立ち込める水面が、ゆらゆらと日の光に照らされて仄かに光っている。
眺めているだけでも何か……心を穏やかにさせられ、その清廉さが分かる。
この付近には、魔物は近寄って来れないようだ。
「ようやくだ!ここまでありがとう、ゼブラ殿!我々はこの付近の調査をするので、すまないが少し待っていてくれ」
そう言って、騎士団長達は出かけて行った。
「ふぅ……」
ゼブラはここまでの道程を思い、ため息をついた。
これで、依頼の半分は達成だ。
この水を持ち帰れば……。一気に自分の名声は高まる。
何せ、王国の依頼を見事にこなしたのだ。その恩恵は素晴らしいものになるだろう。
この水を……。
その時、ゼブラは閃いた。
この水を、自分が飲めばどうなるのだろうか。
今は誰も見ていない。
この水の加護があれば、先を見通せる英知を身に付ける事が出来る。
……ゼブラは迷った。
だが、これまでの過去を反芻する。
もし最初から頭が良ければ・・・自分は苦労して、冒険者をする事なんて無かったはずだ。
どこかの店の丁稚に入り、安定した将来を考えられたかもしれない。
学がなく、孤児だった自分が選べるものが、冒険者しかなかっただけだ。
身分さえあれば、騎士にだってなれる程の腕っぷしだってあったはずなのだ。
……そんな劣等感に苛まれたゼブラは、
───ゴクリ。
泉の水を手ですくい、そのまま飲んでしまった。
すると……。
───急に視界が開け、酒を呑んだ後のような酩酊感がやってきた。
自然界の様々な情報がゼブラの頭を飛び交い、木々や小鳥、草や土……目に入るもの全ての道理が手に取るように分かるようになっていく。
たまらない全能感をゼブラは感じた。
分からない事なんて無くなった。今なら何でも分かる気がする。
子どもの頃に苦戦した計算も、考えずにスラスラ解ける。
なぜ、空が明るくなるのか。
なぜ、鳥が空を飛べるのか。
なぜ、人は戦うのか。
なぜ、動物は生きているのか。
なぜ、と思えば、すぐにその答えが分かるようになった。
なぜ、両親は俺を捨てたのか。
なぜ、自分はここにいるのか。
なぜ、王国は知識の泉の事を秘匿するのか。
なぜ、自分のような薄汚い身分の男に、指名依頼が入ったのか。
なぜ、騎士団長は複数の部下を旅に同行させたのか。
なぜ、見張りのいない泉に、自分一人残して騎士連中が探索に向かったのか。
───そして、最後に。
なぜ、騎士団長は背後から気付かれぬよう、自分に向かって剣を振り下ろそうとしているのか。
全てを悟る頃には、ゼブラはもう死んでいた。
説明は不要かもしれませんが、
冒険者が選ばれた理由➨身分が低く、切り捨てやすい人物を選んだ。
一人にした理由➨一人にすれば、水を飲むだろうと考えた。水に異常が無いかを確かめる為に実験させた。
最終的に、泉の秘密を守るため、冒険者は殺さなければならなかった。
というのがおおまかな流れです。