22.あなたは気付かない。
「異世界から来られた勇者様。どうかこの国をお救い下さい!」
玉座に座った美しい王女は、僕に語りかける。
「100年前に封印された魔王の復活が近く、このハルゲニアに危機が迫っているのです!魔王軍の数は膨大……このままでは、いずれ世界が魔族の食い物にされてしまいます。どうか……この国を」
王女によると、この国、ハルゲニアで異世界召喚術が行われたらしい。
その結果、魔法陣から現れたのが僕だった、と説明された。
僕が規格外の資質を持っている、という事も分かった。
だが、それよりも先程からこの状況に不思議な違和感を感じていた。
───違和感その1。
王女と顔を合わすと、僕の背筋にゾクッと寒気が走るのだ。
まるで、ライオンに睨まれたネズミのように、手足も微かに震え出す。
初対面のはずなのに、何故か僕は彼女に恐怖を覚えている。
僕の感じている違和感なんてお構いなしに、王女は話を続けた。
「周辺国とも協議を持ちますが、貴方様が不自由のないように旅が出来るようにサポート致します。魔王討伐の際は、恩賞として……」
【この国の全てを差し上げる事を約束致しましょう】
「この国の全てを差し上げる事を約束致しましょう!」
───そして違和感その2。
王女がこれから何を言うのかが僕には分かるのだ。
心が読める、とかでは無い。
だが、自然と彼女がこれから言うであろうセリフが頭に浮かんでくる。
孔雀の羽で作られた扇を仰ぐタイミング、彼女に仕えるメイドがお茶を運んでくるタイミング、そして僕の顔色を、王女の傍に控える大臣が伺うタイミング・・・全て。
彼らが次に何をするのかが分かってしまう。
何故だ……?
その理由が分からない。
「……という事情で、我が国をお守り下さるよう、貴方様にお願い申し上げたのです!勇者様、この世界を救えるのは、貴方様しかいないのです!お力をお貸し下さい!」
僕が考えていると、そう言って王女が頭を下げた。
……奇妙な違和感は体に残るが、悩んでいても解決はしない。
違和感を頭の隅に置いて、王女の今までのお願いについて考える。
『この国を救う事』
異世界の人に頼らなければいけない程の危機って……どれだけヤバいんだ。
何の関係も無い人々を守るなんて、僕はそんな聖人になった覚えはない。
それに、有無を言わさずに連れて来ておいて勇者なんて……。
武器を持てばそれで強くなる訳じゃない。
戦う、傷付け合う日常が続くなんて、そんなの平和な日本で暮らしてきた人間にとっては地獄だ。
このままではこの国が危機に見舞われる。僕を呼んだのが仕方ない事だとしても、有無を言わさず世界を救えと懇願する王女の事が何だか信用に欠けて見える。
もっと他の国の事を知るべきだ。
公平な視線でこの世界で起きている事を知ろう。
魔族とやらの争いに巻き込まれるかもしれないが……もしかしたら解決の糸口だって見える可能性だってある。
何にせよ、元の世界に戻る方法を探す為にも、信用の薄い王女様にはお断りの返事をしなくては。
「……申し訳ありませんが」
そう口を開いた瞬間。
僕の足元が凍り付き、視界が真っ白に変わって……。
「あーあ、また失敗よ。もう!ねえ大臣、今回は何がいけなかったのかしら?」
王女は大臣にそう尋ねると、生きたまま氷漬けになった男を見て溜息を吐いた。
「う~む、見当が付きませんな。前回の反省から、ご助力を願う際の上目遣い、恩賞の提示のタイミング……修正は完璧でした。全てが上手くいったと私も思ったのですが……」
「なかなか首を縦に振ってくれないわね。これで何回目?」
「勇者様との最初の交渉から、52回目となります」
「忘却魔法も結構疲れるのよね~。はあ、じゃあ次はお部屋いっぱいにお香を焚きましょう!甘い香りの、少し頭がぼうっとするやつを用意してね!」
男が違和感を覚えるのも当然だった。
同じシチュエーションを、何度も何度も繰り返し行ってきたのだから。