21.三途の川。
とある田舎の村を一台のバスが山道を走っていた。
バスの中には、中学生が二人。
西村康太と津山健治。二人ともこの村で育った幼馴染である。
「……でさ、学校が終わったら釣りに行こうと思うんだ。付き合ってくれよ」
「別にいいぞ。……あ、やべ!……コータ、スマンが300円貸してくれない?」
「何で?ケンジ、定期券持ってたろ?」
「昨日で切れてたんだよ……明日返すから、お願い!」
「仕方ないなあ……ほらよ」
そう言って、コータが財布から100円玉を3枚、ケンジに手渡した。
その瞬間。
───ガラガラッゴゴゴゴゴ
土砂くずれが生じ、大きな岩が二人の乗るバスへ向かって転がって来たのだ。
「「え?」」
バスは土砂の下敷きとなり、運転手含めた乗客全員が亡くなってしまった。
この事故は、犠牲となったのが中学生だった事もあり、夕方のニュースで大きな騒ぎとなった。
そして……。
──────────
「こ、ここは……」
「コ、コータ、一体どうなってんだ?」
二人が目を覚ますと、先程までいたバスの中ではなく、見知らぬ光景が目に入ってきた。
辺り一面、彼岸花が咲き乱れ、遠くの山は燃えているかの如く木々が橙色に揺らいでいる。
空は夕方のように赤く暮れて、骨ばった鳥がキーキーと鳴いていた。
「なあコータ。俺達、もう死んじまったのか……?」
「分かんないよ、そんなの……」
───そういえば……この景色、昔おばあちゃんに読んでもらった絵本にそっくりだ。
『地獄の宗兵衛』だったっけ。あのタイトル。
康太がぼんやり思った。
その時、
───いひひひひひひひひひひひひひひひひひひ
背後の草むらから、ぼろの衣装をまとった老婆が現れた。
バサバサの白髪を腰まで伸ばしている。
目は鷹のように鋭く、鼻は嘴のように曲がり、不気味な魔女のような風貌をしていた。
こちらをじっと見ていたかと思ったら……。
───いひひひひひひひひひひひひひひひひひひ
「う、うわあああ!!こっちに来る!」
「に、逃げるぞケンジ!」
ケタケタと笑いながら、全速力で追いかけてきたのだ。
見かけは老いた老婆のはずが、凄まじい健脚でこちらに迫ってくる。
こちらも全力で走るが、それでもじりじりと距離を詰めてくる。
追いつかれないように、二人は一生懸命、それこそ死に物狂いで彼岸花の咲く草むらを駆け抜けた。
……それから、どれだけ走った頃か。
草むらを抜けた先に、大きな河原が見えてきた。
水面は清らかだったが、水底が見えず、かなりの深さが伺える。
霧が出ているのか、向こう岸が全く見えない。
すると、霧の向こうから、木船に乗った老人が現れた。
顔色は被った笠によって見えない。浅黒い色をした爺だった。
老人は、しわがれた声で、
「渡し賃、6文。あるなら出せ」
ぶっきらぼうにそう言った。
「渡し賃?何の事だよ」
「向こう岸まで連れてってくれるのか?」
───いひひひひひひひひひひひひひひひひひひ
撒いたと思った老婆の声が聞こえてくる。
その声は段々とこちらに近づいて来ていた。
「まずい……ケンジ、金なんて無い。とにかくここを離れ」
康太が振り向くと、
「こ、これでいいか」
健治はポケットから100円玉を3枚、老人に渡していた。
「渡し賃、6文。確かに……乗れ」
「た、助かった」
木船に乗りこむ健治に康太は掴みかかる。
「おい!俺を置いていくつもりか!」
「わ、悪い。コータ」
───いひひひひひひひひひひひひひひひひひひ
視界の端に、老婆の姿が映った。
このままでは捕まってしまう。
「では、まいろう」
老人が船を漕ぎ出す。
「ふざけるな!そもそもその金は俺の物だ!返せ!」
木船に飛び乗ろうと康太は河原に足を踏み入れたが、不思議な事に浸かった瞬間、足の力が抜けていく。
「いやだ!俺を置いていかないでくれ!」
健治を乗せた木船はどんどん遠ざかり、次第に見えなくなっていく。
不気味な老婆の声が近づいてきて……。
肩を掴まれた。
───いひひひひひひひひひひひひひひひひひひ。
1文=50円程。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。