20.復讐。
───深夜。
とある国の街道で。
「ま、待て……やめてくれ、話せば分かる!」
「……その言葉、お前が殺したシリカの前でも同じ事が言えるか?」
「違う!ルイス、頼むから話を」
ルイスと呼ばれた男は、手に持った大きな斧を振りかぶり、
「死んで詫びろ、アルバートォォォ!」
「ぎゃあああああっっっ」
目の前の男、アルバートの頭をかち割った。
頭部から噴き出す血をかぶり、体中が真っ赤に染まりながら男は歓喜に震えた。
ようやくこの憎き男を、この手で殺す事が出来たのだ。
「ようやく復讐を果たした。シリカ……君の無念は晴らしたよ!」
男は星空に向かって叫ぶ。
もうこの世にはいない彼女に向かって。
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俺、ルイスは山村の村で育った。
親はいない。
父親は俺を残して早くに亡くなり、母親は俺を捨てて他の村へ旅立った。
物心つく頃には一人、残された家で過ごしてきた。
村人は皆、力のない俺を疎み、話しかける事すらしなかった。
野垂れ死ねばいいとでも思っていたのだろう。
孤独な日々だった。
そんな俺を救ってくれたのが幼馴染の女の子、シリカだった。
シリカはいつも俺を気にかけてくれた。
腹が減って死にそうだった時、パン切れをくれた。
俺の手を握り、励ましてくれた。
村の収穫祭で独りぼっちだった俺の手を取り、一緒にダンスを踊ってくれた。
いずれ二人で一緒に暮らそうと、13歳になった秋、彼女に指輪を送った。
俺の愛しい幼馴染。
そんな女の子を……。アルバートが俺たちの運命を捻じ曲げた。
アルバートは王都からこの地へやってきた有望な冒険者集団のリーダーだった。
貴族の依頼で、近くの山に住むワイバーンを討伐する道中で俺達の村を拠点にしたのだ。
見た目良く、明るくて話の面白いアルバートはすぐさま人気者になった。
奴の周りにはいつも人がいた。
村の女どもに甘い言葉をかける、調子に乗った色男。
そんな中、村で一番美人だったシリカが奴の目に留まる。
嫌がる彼女を口説こうと、毎日のように彼女に付きまとった。
山の探索から帰ってくると、奴は仲間を使い、俺を足止めしてシリカと二人きりになろうとした。
抵抗したが無駄だった。
俺がシリカに近寄ろうとする度に奴らは俺を妨害した。
「彼女が嫌がる事をやめろ!」
俺が何度そう口に出しても、奴は気にもせずにシリカに付きまとった。
そんな屈辱が2ヵ月程続いた頃。
アルバート達がワイバーンを討伐し、王都へ帰る事が決まった前夜に事件が起こった。
シリカがいなくなったのだ。
家にも、林の中にも、彼女の姿が消えていたのだ。
シリカの両親にこの事実を話したが、いくら話しかけても門前払いされた。
他の村人にも聞き回ったが、冷たい目をして無視された。
いよいよ頼る者がいなくなった俺は……帰参の準備をしていたアルバートに相談した所、奴はこう言い放った。
「彼女は……シリカはこの村を離れ、静かに過ごしたいそうだ。彼女の事は諦めろ」
そんなはずはない!俺は問い詰めた。
俺に黙って彼女が行くはずがない。
しかし、奴は俺の言葉を鬱陶しそうに聞き流そうとした。
間違いない。コイツは何か知っている。
俺は悟った。
シリカが危ない目に遭っているのではないかと感じ、俺は奴の口を割らす為に殴りかかった。
だが、悲しい事に俺の腕では全く歯が立たず、簡単にあしらわれてその場に気絶させられてしまった。
目を覚ますと……アルバート達はこの村を去っていた。
唯一の手掛かりを失った俺は、もう一度、村中を探し回った。
来る日も来る日も、手掛かりになりそうな物を探し続けた。
───そして秋が終わり、雪がちらつき始めた頃。
村はずれの古井戸の傍に……俺が彼女に贈った指輪が落ちていた。
その時、ようやく俺は悟った。
奴は……アルバートは自分に靡かないシリカに腹を立て、密かに彼女を殺し、どこかに埋めてしまったのだと。
でなければ、この状況に説明がつかない。
俺はアルバートに対する憎しみから絶叫し、この世を呪った。
あまりの悔しさに血の涙を流し、奴に手も足も出ずにやられてしまった自分を恥じた。
そして……ただの村人に過ぎなかった俺は、奴に復讐する力を付ける為に旅立ったのだ。
───それから10年。
国から国へ放浪し、自らの体を苛め抜いた。
剣の才能がなかった俺は、ひたすら体術のみを鍛え続け、やがて斧で戦うスタイルを身に付ける。
それでも奴に敵わないと判断し、違法とされる禁術を自らに施し、寿命と引き換えに怪力を得た。
全ては、この日の為に。
……禁術の代償によって、肉体はやがて朽ちていく。俺はもうすぐ死ぬのだろう。
だが、もうこの世に未練はない。復讐を遂げた今、彼女の待つ黄泉の国へ向かうだけだ。
ああ、シリカ……待っていてくれ。
もうすぐ俺もそっちへ行くから。
───10年前。
───村はずれの古井戸の傍で。
「えっと、シリカさんだったよね。同じ村の……ルイス君の魔の手から助けて欲しいって……一体どういう事なんだい?」
アルバートは村娘、シリカに呼び出されていた。
「もう駄目なの!私、もう限界。このままだと……いずれ私はあいつに殺されちゃう!」
それから彼女は語り出した。
昔、少し優しく接しただけのルイスに付きまとわれている事。
嫉妬深く、妄想癖のあるルイスが、自分に無理やり迫ってきた事。
収穫祭、自分のダンスパートナーを務めるはずだった年上の想い人を闇討ちし、大ケガを負わせた事。
自分が贈った指輪を付ける事を強要し、外すと暴行を加えるようになった事。
「もう、こんな物、付けていたくない!」
───シリカは、はめていた指輪を叩きつける。
「お願い!私を助けて!もう嫌なの。どこへ逃げてもあいつは私を探しにやって来る!怖いの。私のせいで誰かが傷付くのはもう見たくない。お願いアルバート!冒険者である貴方にしかこんな事は頼めないわ」
「……事情は理解したよ。では、こうしよう。王都には私と懇意にしている商店がある。店主にお願いし、君はそこに身を隠すんだ。……何、君が旅に出た事にすれば、彼も諦めるだろうさ」