14.賢者の正体。
ナダール王国は建国以来、最大の苦境に立たされた。
北方の帝国が周辺諸国を攻め、大陸を我が物にしようと動き出したのだ。
国土は王国の10倍以上。軍備は勿論、農耕、産業、あらゆる面で周辺国をはるかに凌駕する。
この事態を打破する為、国王は『異世界召喚術』を行う事を発表した。
「いよいよこの時が来てしまったか……」
国王は、差し迫った国難に目を覆い、ため息をついた。
これから行われる異世界召喚術が、成功する事を祈る。
残された道は、それだけだった。
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大陸最強である帝国侵攻が、ナダール王国に与える影響は大きい。
本来、王国は国土が狭く、作物が育ちにくい寒冷地帯にあるために毎年食糧が不足している。
その補填を周辺国からの輸入に頼るのだが……周辺国が戦の準備を始めた為、年々物価が上がり続け、食料や生活用品の供給が減っている。
また、帝国によって故郷を捨てた移民である獣人を中心とした亜人が、国境を越えてこの王国に住み着いている事も大きな負担となっている。
基本的に移民は貧困街やスラムに住み着き出すが、宗教・倫理観の違いから様々なトラブルを起こす。
強盗をする者、身売りをする者が出て、治安は悪化の一途を辿った。
このまま手をこまねいていては、いずれ王国も帝国によって滅ぼされてしまう……。
そこで国王は領民を通じ、情報を集め、この国難を乗り越える方法を求めた。
全国民から調査した結果、移民の中にいたエルフ族より、古より伝わる魔術『異世界召喚』を知る。
『この世界と異なる世界の扉を通し、多大な力や才能を持つ人物を呼び出す』
誰もがその儀式に眉を顰めたが、それ以外すがる術が無い。
この現状を打開するには、正に暗闇に一筋の光が灯されたのと同義であった。
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入念な準備の元、国王はエルフ族に協力を要請し、異世界召喚術式を行った。
魔法陣に光が溢れ、異界の扉が開き……現れたのは。
「この者が……この国を救えるのか?」
思わず、国王が心の声を漏したのは無理もない。
召喚された者は、疲れた様子の中年男性だったからだ。
だが……。
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異世界召喚から5年後。
異世界から呼び出された男は一見、みすぼらしい世捨て人にしか見えなかった。
だが、この世界に住む誰よりも素晴らしい知恵と巧みな話術をもってこの国の危機を救った。
今では全国民が尊敬の念を持って異世界の知恵者を『賢者』と呼んでいる。
賢者はまず、輸入による物価の高騰、貧困者の救済を同時に解決に導いた。
王都を中心とした、人が集まる都市に『コウソクドーロ』を敷設するという国家事業を国民に発表し、その仕事を貧民やスラムの住人に優先させて行わせたのだ。
仕事には安価ではあるが賃金を払い、一食分の食料を渡す。それだけで子どもや老人などを含めた困窮者を救う原動力となった。
この『コウソクドーロ』は馬車の運航が2車線で行われるという前代未聞の発想で、自国の流通がしやすくなった。その成果か、他国の商人もこの国に頻繁に訪れるようになり、交易が盛んに行われるようになったのだ。
次に、治安の問題も賢者は即座に解決に導いた。
国軍を一部解体し、『ケイサツ』という治安維持部隊を組織させ、国民の監視を行わせた。
問題を起こす移民を収容し、罰を与える。
罪によってはこの国から強制退去、もしくは過酷な労働を課し、奴隷に落とす。
当初は混乱もあったこの方策を、異世界の賢者は『エンゼツ』という巧みな話術によって国民を先導し、支援者を増やす事で徹底させ、味方を増やしていった。
今では貧困街やスラムにも一定の秩序が生まれ、賢者を信奉する者も多い。
まだまだ残された問題は多く、立ちはだかる帝国侵攻の問題がある。
だが、怯える必要はないだろう。
なぜなら、この国には異世界からの賢者がいる。
彼が元の世界でどのような存在だったのかは分からない。
しかし、どんな問題も解決し、我々ナダール王国の民を導いてくれるはずだ。
今日も彼、賢者のエンゼツが始まる。
「親愛なる同志諸君!我々はようやくこの日を迎える事が出来た。ついに我が王国は北の帝国に対し、攻勢に打って出る準備が整った!」
「選ばれた血族である我々は、帝国のような野蛮な猿共に怯える事はなくなるだろう!我が国一丸となって奴らの侵攻を防ぎ、彼の国を焦土に変えるのだ!」
「その団結の為には、とある存在が我々の大いなる天敵として残っている。それが獣人だ。人やエルフのような知恵もなく、ホビットやドワーフのような技術を持たぬ。そもそも、人と獣が混じり合った存在は穢れを呼ぶのは常識だ。教会の教義にも認められぬ野蛮な存在だ。奴らこそ亜人の劣等種族である!生きる意義のない無能を排除し、これより我々は真の統一を果たし、帝国を倒すのだ!」
賢者による改革は止まらない。
農場開発を奨励し、民が飢えぬように麦を育て。
国民に番号を付けて管理し、無駄な献金や汚職を防ぐ。
社会的弱者である者達を抹殺し、言葉と──────ほんの少しの暴力で経済を動かすのだ。
王国は、これから大きく生まれ変わる。
いい意味でも、悪い意味でも。
この後、左翼っぽい政策を進めます。あとプロパガンダ。