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祝人(ほいと)さん

2015年(平成27年)5月。

宮路はブラックコーヒーを飲みながら別宅のテーブルの上を片付けていた。

タニマチの三田から買ってもらったノートパソコンを置くスペースを確保するためだ。

3人目の嫁と暮らす広島市内の部屋とは違い、一人で使っている廿日市市はつかいちしの別宅は基本的に汚い。

20年前に流行った何とかガールズの写真集をベットの上に放り投げ、支払いの済んだ督促状の束をゴミ箱へ投げ入れた。

「あ!?」

何年も使っていないお気に入りのレザープリンターの後ろから、どこかで見覚えのあるものが見えた。もしや…そう、やはり。返却し忘れたDVDだ!

宮路は青くなった。返却予定日は5ヶ月前の日曜日だった。宮路はスマホを手にした。

「あ、もしもし。宮路といいますが、長いこと返却し忘れたビデオが出てきまして…。」

「そうですか、少々お待ち下さい…。」

そっけない店員だった、不安が倍増した。

「お待たせしました。5枚のDVDが未返却ですね。」

「はい。で、延滞料金はどうなってますでしょうか?」

「1枚につき200円の延滞金ですので…、5枚で1000円、1000円に153日をかけまして、15万3千円になります。」

宮路のほほが赤くなった。

「あ、そうですか、とりあえず今からお店に伺いますね。」

電話を切った直後、顔全体が益々赤くなっていた。高額な延滞金に動揺したのではない。笑いを堪えていたのだ。

「面白いネタができた!これを生放送で全世界に配信しよ!」

宮路は一度やってみたかったライブ配信のサイトに登録しアカウントを作り、新品のノートパソコンと一緒に車に乗り込んだ。


13分弱かかって店に着いた…が、宮路は車から降りてこない。ライブ配信の放送タイトルを真剣な顔で打ち込んでいた。

“44歳。21年無職の男がレンタルビデオ延滞金15万3千円を踏み倒す配信”

タイトルが決まり生放送が始まった。

リスナーが「わこつ」と応えた。「わこつ」とは“(放送)枠取りお疲れ様”を略した配信サイトで使われる挨拶である。

一人また一人と閲覧者が集まりコメントが増えていく。

“44歳で無職とかwww”“15万の延滞金?お前が悪いだけ”

“延滞金を踏み倒すの?警察に通報しますね”

コメントに一通り目を通すと宮路が力強い口調でしゃべりだした。

「はい。リスナーのみなさんはじめまして。江戸時代から続くほいと業の第15代継承者ほいとほいと申します。14代目は私の祖母・芳江よしえだったと聞かされています。ほいと業を引き継いだ証はこのこ汚いきんちゃく袋です。先代が徳川家からの依頼で酒の席で能を舞ったときにお礼にもらったものです。私の次の継承者にはこのきんちゃく袋を手渡します。」

“いらねー”“絶対ウソw”などコメントが流れる。宮路は続ける。

「徳川家からいただいたこの“ほいと袋”の中には私の全財産341円が入っています。」

“44歳で全財産が341円w”“働け!”などコメントが流れる。

「いま私の財産を根こそぎ奪おうとする者が現れました。許しがたいことです!

ことの発端はこうです。私は6か月前にレンタルDVDを5枚借りました。忙しくて返却するのをつい忘れていただけなのに延滞金を15万円払えといわれました。これからこの悪徳レンタルビデオ店の店長と納得いくまで話し合いたいと思います。」

「仕事もせず呑気やな」リスナーがコメントを打つ…。

「仕事をしないと暮らせん奴に言われたくないわ」宮路が返す。

「悪徳なのはお前だよ」「ほいとってなんだよ」「お前の家は代々たかりをやってるの?」

リスナーのコメントを流し読みしながら宮路は満面の笑みを浮かべ、さらに舌を出しながら店内に入った。


「いらっしゃいませ。」

おそらく電話に出たそっけない店員だ。胸の名札には店長と書いてあった。

「あ、店長さんですか?」

「はい。」

「さきほど電話した者です。」

「お待ちしていました。これが延滞金の請求書です。」

「15万3千円…。」

「はい。」

「これを払えということですね?」

「はい。」

“そいつ341円しかもってないぞw”“さっさと払え!”とコメントが流れる。

「ところで店長さん。消費者契約法10条って知ってますか?」

「ええと、聞いたことはあります…。」

「消費者を一方的に害する規定は、無効なんですよ。知ってます?」

「はあ。ええ、その…。」

店長の顔にははっきりと“めんどくさい”と書かれていた。宮路の口調は激しくなる。

「何より一度も催促の電話もしてくれていませんよね。それって過失があるんじゃないんですか!?」

「実は先月からここで働いてまして。5か月前のことはわからないんです。」

「じゃあこっちもわかりませんよ!それに確か5枚とも抜けなかったんですから。」

「え?」

「いや、5枚も借りたのに一発も抜けるものがなかったんですよ!」

男性専門のレンタルビデオ店に宮路の声が響く。

「お客さん、ほかのお客もいるので大声は出さないでください!」

“DVDって全部アダルトかよwww”“アホだこいつwww”とコメントが流れる。

「わかりました。オーナーにもう一度確認します。」

「オナニー?」

「いえ、店のオーナーです。いま電話で確認します。」

「あ、オナニーって言ったのかと思った。ええ、確認お願いします。」

レジの奥にいきスマホで電話をする店長。そのころコメントは3倍に増えていた。

“くだらねー”“逆切れじゃん”“お店かわいそう”

宮路は電話を待ってる間、ニヤニヤしていた。生まれて初めての生放送を楽しんでいた。

「お客様、オーナーが直接話したいと言ってます。かわってもらえますか?」

「いいですよ、オナニーと話すのは初めてですけど。もしもし?」

「もしもし、店の責任者のかじといいます。」

「かじさん?」

「はい。広島にある系列店3店舗の責任者をしております梶です。あの、店の者から聞いたのですが、大事なお話ですので一度配信を切っていただけませんか?」

「ネット上に証拠が残ると都合が悪いんですか!?」声を荒げた宮路だが、証拠が残って困るのはお前だろ!というコメントが一斉いっせいに流れた。

次の瞬間、生放送の音声がミュートになった。何も聞こえない。

“おい!!”“いいところで”“音を出せ”とコメントが流れる。


しばらくすると配信画面に耳にスマホを当てたまま大笑いしている宮路が映し出された。

“気でも狂ったか?”“こいつキチガイだろ”とコメントが流れる。

店長は不安げな表情をしたまま動かない。

30秒ほどして宮路がミュートを解除した。

オーナーの梶と通話していたスマホをパソコンのマイクに近づけた。梶がしゃべりはじめた。

「この配信をご覧になっているリスナーのみなさま。いま配信をされているこの方は徳川家が認めた第十五代ほいとの、ほいとほいさんであることがわかりました。今回の延滞金15万3000円は私の判断でなかったことにさせていただきます。」

“ええ!嘘だろ”“そんな偉いの?”“台本だろこれ”などとコメントが流れた。

間もなく30分の放送枠が終わった。


「ありがとう!オーナー。それにしても名演技じゃったわ」

梶智久かじともひさ。宮路は旧友との偶然の再会を心から喜んだ。

「守ちゃん代金はいらんよ。それよりどこのサイトで配信してるのか教えてや。」


翌日、午前11時過ぎだった。

智久のスマホアプリの一つが宮路の生放送の開始を知らせた。

サイトに飛んでみると、ひどい寝癖に寝ぼけた顔。大きな腹を出したまま愛飲しているタバコ・バイオレットに火をつける宮路が映った。

「はい。みなさん。おはよう。昨日は古い友達と朝まで飲んだんで、ちょっと二日酔いでね。頭がまだ寝てますけども。」

“わこつ”“よ!詐欺師”“働け”“くさそう” まだ2度目の配信にもかかわらずよくコメントが流れた。

しばらくすると“ビデオ屋”というハンドルネームのリスナーがコメントをした。

“ほいとさん。昨日はウンコマンダンス、大笑いした。ありがとう。”

智久のスマホのアドレスのハ行に、メンバーが一人増えた。

“ほいとほい(宮路守)”


ちなみに、この日の配信で宮路はウンコマンダンスを披露した。その際に股間を露出してしまい、10日間の配信停止のペナルティを食らった。

その様子をみていて喜んだタニマチから10万円相当のプレゼントがあった。この男は無職だが、現在も3人のタニマチがいる。

みずからは支援を求めず、他人がどうしても何かしてあげたくなる存在。人を笑顔にし、必要とされないところに長居はしない。これが江戸時代から続く稼業、ほいと業の生き方である。




                                   END


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