社会のなか
1984年(昭和59年)。宮路守、13歳。
最終学歴が小卒ではまともな働き場所はない。ただ宮路の場合は違った。ホストの友達、8歳年上の俊夫がいたからだ。俊夫は宮路の父・辰男の元舎弟だった。
「俊ちゃん。つまらんから中学やめたけぇ。」
「中学ぐらいは出たほうがええよ。ホストなんていつでもなれる。」
「俊ちゃんが前にワシに言うたじゃろ?”自分の店を持てたら守を店長にしたい”って。それを当てにして辞めたんよ。」
「俺が言うたんはもっとず~~~っと後の話じゃぁ!…いくら守ちゃんでも13で酒を飲む仕事はできんよ。」
「それは13歳だからじゃろ。20歳ってことにしたらええ。将来俊ちゃんの店で店長になるんじゃ。今から勉強しておくべきじゃろ。」
「…。」
ホストに弟子入りして働きたがる理由は一つしかない。家にいれば母・美津子に煙たがられてメンドクサイ。宮路は自分で使える金が欲しかったのだ。俊夫は冗談9割で宮路を20歳だと偽り店長に合わせてみた。
「どうぞ。」
約束の時間に宮路は来店した。
「ほんまに二十歳かいな?!」
缶ピースの蓋を開ける店長の手が止まった。
「よう言われます。ウチの両親は40代ですがタバコを吸っているといまだに未成年に間違えられて補導されそうになるらしいですから、この童顔は血統的なものでしょう。」
大嘘をつくと宮路は愛くるしい表情で微笑んだ。
「面白いやつでしょう?」
俊夫はこみ上げてくる笑いを必死にこらえながら店長の顔を見た。
「俊夫、ほんまにこの子20かいな?」
小声で耳打ちする店長。
「…本当です。」
「未成年じゃったら俊夫、わかっとるのぉ」
「未成年のわけないじゃないですか!ハハハ!」
不安げに大笑いする俊夫のワイシャツの脇の辺りは、ぐっしょり濡れていた。
宮路は13歳にしてホストになった。口八丁手八丁でどうにか仕事に慣れた。酒は麦茶にすり替え、トイレに行く度にチークで顔を赤く塗って誤魔化した。酔っ払いの演技はドリフターズの加藤茶の真似をした。
その年の10月4日。広島東洋カープは横浜スタジアムの対大洋戦で勝利し、4年ぶりのセ・リーグ優勝を決めた。
同月22日。日本シリーズで阪急を4勝3敗で下し4年ぶりの日本一となる。
広島の景気はすこぶるよかった。
「あんた可愛い顔してるけど幼いな~。ほんまに成人しとるの?」
1カラットのダイヤの指輪をした女性客がいぶかしげに宮路に尋ねた。
「ばれちゃいました?本当は…13歳なんです。サービスしますんで内緒にしてください!!」
「やっぱり!訳ありじゃろうけどダメじゃ!次私が来たときにまだおったら店長にいわにゃいけんようになる。」
「冗談ですよ~~!!ハハハッ!!13歳がこんなとこにいるわけないでしょ~!ウチの両親は40代ですがタバコを吸っていると今でも未成年に間違えられて補導されそうになるくらいの童顔なのでそういう童顔の血統なんです。」
「まあ、そりゃあそうじゃのやめてよ!13歳がこんなとこにいるわけないものね!」
「見て下さいよ!13歳がこんなに下の毛生えてないでしょ!?」
宮路がパンツの中からもさっとした黒い毛が出てきた。事務所から拝借した店長愛用のカツラである。
「ちょっとやめてよ~~(笑)」
ところで、宮路に丸め込まれたこの女は地元広島で不動産業を営む三田という大地主で、この店の常連客だ。後にタニマチとして生活を支援するほど宮路の大ファンになる人物だが、全3回で終わるライトノベルの性質上長くなるので詳しい話は割愛する。
1986年(昭和61年)。夏。
15歳になった宮路は八丁堀をキョロキョロと人探しをしながら歩いていた。父・辰男の勧めで”学校に行かないならほかに人生の師匠が必要だろう”と、ある人物を紹介されたのだ。
広電の電停から三つ通りを渡り銀行の前まで来ると体中にぬいぐるみを身に着けたホームレスが、昼間から道端に座り缶ビールを飲んでいた。
「あの、父に言われて着ました。」
「おう、たっちゃんの息子か。授業料の前金はもうもらったわ。これじゃ、暑い日のビールはうまいな~。」
アスファルトの照り返しに焼かれた初老の男の周囲からは強烈に酸っぱい匂いがしていた。
宮路が広島在住の伝説のホームレス仏壇太郎と”師匠と弟子の関係で会話をした”のはこれが初めてだった。
宮路はバックから封筒を取り出して仏壇太郎に渡した。
「…12、13、14、15っと。確かに15万。ありがとう。」
この日から半年間。宮路は毎月15万の月謝を支払い”生きた社会勉強”を伝説のホームレスから教わった。といっても週に一度、全身にぬいぐるみを身に着け、仏壇太郎の隣に座り太郎の話しをひたすら聞くというものだった。この授業を受けた2日は嗅覚が鈍くなった。
15歳から23歳になるまでの8年間に、宮路は1回目の結婚をしたり、スクラップ屋を始めたり、飲み屋を3軒出して3件とも潰したりと職を転々とするが、全3回で終わるライトノベルの性質上長くなるので詳しい話は割愛する。
次回「祝人さん」へつづく