少年期
この物語はフィクションであり、登場する人物・団体・名称等はすべて架空で実在のものとは関係ないが、…広島に在住するモデルがいる。
“ほいと(祝人)”とは?
紀元前数百年前から“ほいと”業は行われていた。釈迦もキリストも“ほいと”だった。
“ほいと”を職業化したものが現在の芸能界・スポーツ界等である。
“ほいと”は他人から見てどうしても何かしてあげたい存在である。
ちなみに“ほうぎと(法義人)”とはお坊さんの事である。
小学校時代クラスに一人はとんでもない負けず嫌いがいた。
宮路守の場合、負けず嫌いが突きぬけていた。
小学4年のときだ、学校からの帰宅途中に宮路はうんこを漏らした。それを同級生の智久がからかった。宮路はその場に立ち止まると下を向きガタガタと震えた。智久は泣き顔を拝んでやろうと宮路の顔を覗き込んでこういった。
「ウンコマン!お前くさいんじゃ!」
智久は目の前が真っ暗になった。
「…うう!」
宮路は右手にウンコを握りしめて地鳴りのような音を出して笑った。
「ワシがウンコマンならウンコマンのクソがついたお前はワシの子分じゃ!ハハハハッ!」
智久の顔はやや下したクソで覆われていた。安易に人を馬鹿にするものではない。
智久は怒りに震え宮路に殴りかかろうとした。が、宮路の顔を見てやめた。宮路の顔は智久よりもクソまみれだった。
「ええか智久?ワシのことはウンコマンと呼べ、ウンコマンの必殺技は顔面ウンコ塗りじゃ!」
宮路の大きな口から白い歯がきらりと光った。
智久は腹を抱えて笑った。
「ハハハハハッ!守は面白いやつじゃな~!自分の顔にも塗るなんて気が狂っとる。俺の負けじゃ!」
この日を境に智久は宮路の舎弟になった。
明日からクラスでいじられるだろうがそうなれば智久にしたのと同じやり方で自分の子分にすればいいと思った。“ウンコマン”という名前は子分集めのいい宣伝文句になると思ったのだ。
結論からいうと小学校を卒業するまで子分は智久しかいなかった。”あいつをからかったらウンコを顔に塗られるぞ…噂は翌日には全校生徒に広まっていた。怖くて誰もからかわなかった。いじめられることもなかった。人生は開き直ったもん勝ちじゃな…宮路はそう思った。
宮路が骨太な性格なのは父親の影響も少なくない。広島で有数の暴力団組織・九相会の幹部だった父・辰男は宮路が幼稚園に上がるころ庭先でケンカの仕方を教えた。ボロボロのサンドバックを叩きながら
「ええか守。ケンカは一瞬じゃ。相手より早く急所を叩いたもんの勝ちじゃ!ほら、ここを相手の金玉だと思うて蹴りあげてみい。」
”あしたのジョー”が大好きでボクサーに憧れていた宮路は父親からパンチの打ち方を教わりたかったのだが、辰男が教えたのは相手の急所を狙うエゲツナイ技ばかりだった。父親とのスキンシップは週に1度、この小さな庭で行われる宮路格闘道場で過ごす30分だけ。宮路は父親のいう事は割と素直に聞いた。
小学生時代の宮路守の一日の大半は、学校で先生に叱られるか、家で口うるさい母親・美津子に叱られるか、子分の智久と、学校から歩いて15分の太田川で遊ぶか、はたまた広電を見て過ごすかのどれかだった。週末には横川にあるパチンコ屋に忍び込みパチンコ玉をポケットに入れた。回収した玉は祖母・芳江の形見のきんちゃく袋に一度溜め、それが一杯になると母・美津子に渡した。美津子が稼いだときには小遣い代わりにお菓子をもらっていた。
中学校の入学式のあと、宮路は智久と太田川の河川敷で石切をして遊んでいた。
「まもるちゃん、中学の3年間も仲良くしてな。」
「もちろんじゃ」
宮路の最終学歴は中学を中退したので小卒だ。忠誠心のある子分を残して親分は1年で辞めたことになる。
辞めた理由は不明だが、辞めた日のことは舎弟の智久はよく覚えている。
1984年(昭和59年)6月16日。智久は当時TBSの人気番組だった「8時だョ!全員集合」を見ていた。いまだに語り継がれる伝説の放送だ。埼玉県入間市内からの公開生放送中に停電になったのだ。ざわつく会場とおどけるメンバー、再び明かりがついたあと、もう一度電源が落ち、ドリフターズのリーダー・いかりや長介が懐中電灯で顔照らしたその直後、宮路の家の黒電話が鳴った。
「ほれ、守。電話じゃ。」
「今、忙しいけぇ。出られんわ!」
「ともちゃんからじゃよ!はよ、でんさい!」
「え!?…わかった。」
宮路は視線をTV画面に向けたまま受話器をとった。
「まもるちゃん!停電みた!?びっくりしたな!今日のドリフすごいな!」
「ともちゃん俺な、学校やめるとこにしたわ!」
「うん…え!?どういうこと!?」
「今度遊んだとき詳しく話すわ!」
プー、プー、プー。宮路はTVに集中したくて一方的に電話を切った。
智久は6月16日という日付けをしばらく忘れることができなかった。
国民的超人気番組の伝説の生放送と宮路の退学の知らせが、同じ日だったからだ。
次回〈社会のなか〉へつづく…