ニヤニヤ動画と小説家になれる/作品を投稿することについて/パターンR・KS
信濃は一人のミュージシャンで、元々は動画投稿サイトの『ニヤニヤ動画』で活動していた。ニヤニヤ動画からその名前を世界に知らしめた彼も、今ではメジャーデビューを果たした有名人である。ニヤニヤ動画に動画はもう、五年ほど投稿していない。
最上は一人の小説家で、元々は小説投稿サイトの『小説家になれる』で活動していた。小説家になれるからその名前を世界に知らしめた彼も、今では直木賞を受賞した有名人である。小説家になれるに小説はもう、五年ほど投稿していない。
一部の人間は、彼らの、インターネットへの復活を切に待たれていた。その予定は今のところ、無い。
ある日、あるイベントで、彼らは顔を合わせることとなった。裏側での対談だ。表側での彼らの接触は無かった。
「ずっと、お会いしたいと願っておりました。信濃です。」
信濃が短めの挨拶をした。
「こちらこそ、ずっとお会いしたいと願っておりました。最上です。」
最上も返しの挨拶をした。
二人は長椅子に並んで座り、信濃はグラスに注がれた酒を、最上は火のついたタバコを、それぞれ手にしていた。
「わたしはあなたの書く小説が大好きです。小説家になれるで活動していた時から、あなたの投稿する小説を拝読しておりました。」
信濃が酒を一口飲んで、言った。
「わたしの方こそ、あなたの作る音楽が大好きです。ニヤニヤ動画で活動していた時から、あなたの投稿する音楽を拝聴しておりました。」
最上がタバコを一口吸って、言った。
酒は残り少なく、タバコも残り少なかった。
「もう、小説家になれるでの活動は、お止めになられてしまったのですか。わたしは、あの頃のあなたの作品も、なかなか好きでしたよ。」
ふいに、信濃が質問した。
「そちらこそ、もう、ニヤニヤ動画での活動は、お止めになられてしまったのですか。わたしこそ、あの頃のあなたの作品も、なかなか好きでしたよ。」
最上が淡々と返した。
「そうですね、うーん。」
信濃はちょっと口ごもった。
「いや」
するとここで、最上が遮った。
「ここでそんな、くだらない嘘をついても、しょうがない。わたしは正直に言うが、わたしは、小説家になれるが嫌いだったんだ。」
最上が強い口調で言った。
「そして、それはきっと、あなたも同じはずだ。あなたも、ニヤニヤ動画が嫌いなはずだ。わたしには分かる。」
最上はそう言い放った。タバコの火は疾うに消えていた。
「え、あ、うーん。」
信濃は言いよどんだ。グラスの酒はもう底を突いていた。
信濃は酔っていた。
「そうですね。わたしも、ニヤニヤ動画は嫌いです。」
信濃はその事実を認めた。
「このことはお互い、秘密にしておきましょう。世間にこのことがバレたら、お互いに良くない状況に陥ってしまう。このことはお互い、秘密にしておきましょう。どっちかが言ったら、言われた方も言ってやると、そういう取り決めにしましょう。」
最上は提案した。
「そうですね。ごもっともだ。そういう取り決めにしましょう。」
信濃は了承した。
新しい酒がまたグラスに注がれ、新しいタバコはまた火をつけられた。
対談は、その後も続いた。
数年が経った。
最上が小説家になれるへと復活することになった。
どうやら、編集者の指示らしい。
これには多くのファンが喜んだ。
信濃も喜んだ。
この復活劇について、信濃はインタビューを受けた。
「今回の復活について、一言お願いします」
「喜ばしく思います。わたしも、もう、長いことファンをやっておりますから。」
こんな質問が続いた。
そして、こんな質問もされた。
「最上さんと小説家になれるの関係は、どのようなものでしょうか。」
この時信濃は、あの時の対談を思い出した。しかしそれは、一部のみである。
「いやあ、どうですかね。彼自身、そんなに好きではないと言っておりましたし。」
ここで信濃はやっと、あの時の取り決めを思い出して、しまったと思った。
思わず口を滑らしてしまった。
インタビューはよく分からない終わり方をして、信濃は解放された。
信濃はインタビューを受けたことを後悔した。
取り決めを破ったから、いずれは、最上もあのことを言うに違いない。そうなれば、わたしの評判もただでは済まないだろう。
最上があの取り決めを忘れているとは思えない。
翌日行われた最上自身へのインタビューを、信濃は、生放送で見るよりほかなかった。
最上自身へのインタビューが、今、終わった。
最上は最後まで、わたしの話題にもっていこうとしなかった。
最上はあの取り決めを忘れていたのだろうか。
信濃にはそう思えなかった。
わたしの発言が源である最上の悪い噂に包まれる中、彼は、インタビューに応じた。
大きな画面の中の最上は見事、小説家になれるへの完全な復活を遂げたのだ。