#1 二又瀬 望
「だから言ったのに!!」
二又瀬 望は歯軋りと共に携帯電話をベッドに叩きつけた。
定年間近の母親が自分の老後の為にと、家族が止めるのも聞かず無謀な個人投資を繰り返し、抱えきれない程の借金に押しつぶされて、悲鳴に近いにメールを送ってきたのだ。
早朝のメールに嫌な予感はしたものの、想定を上回る内容であった。
「俺には関係無い」
朝陽をカーテンで遮ったままの薄暗い部屋で、望は自分が止めるのも聞かず、想定通りの結果へ堕ちた母親に哀れみとも憎しみともつかない呻き声を漏らした。
容姿は人並み、所謂フツメン。少し歳が離れた妹の未来と二人兄妹で、妹は広告会社に勤めるOL。勝気な性格の妹とは対照的に、争い事を嫌い意見が分かれると大勢に着く。
中肉中背で勉強がとりたてて出来る訳でも、スポーツが得意な訳でもない。普通に受験して普通に就活して今の会社に入社した。社内恋愛で同い年の彼女と五年前に結婚し、一人息子も生まれ、マイホームも購入し、人並みの幸せを掴んだと思っていた。
だが幸せは長く続かなかった。
父親は、望が小学生の頃に他界していて、長男の望が母を引きとり同居していたが、嫁・姑の仲は最悪に近かった。仕事が忙しく家庭を顧みない望と妻の間には次第に溝が生まれ、妻の浮気が契機となり離婚。息子の親権は妻に譲った。その頃の望にとって、家族はどうでもいい様な存在に思え、ただただ面倒くさかった。
ーー俺はただ家族の為に真面目に働いていただけだ……離婚から立ち直ったと思ったら、又やっかい事を持ち込みやがって。くそ、くそ! しかし俺が見捨てたらおふくろはどうなる? しかしあんな額の借金なんて俺がどうこうできる額じゃない。自己破産? ……プライドが高いおふくろが納得するだろうか?
思考が堂々巡りして、次第に面倒くさくなるのが望のパターンだった。
ーー物事を選んでその責任を負うなんて、まっぴらごめんだ。自分が選んだ訳じゃ無い。離婚した事だって、嫁が別れたがってから、その通りにしてやっただけだ。親権だって譲った。
おふくろがあんな詐欺みたいな投資話にだまされない様に、注意だってした。何度もした。俺は間違っていない。
間違い……、間違いってなんだ? 今の俺の人生が間違いなのか?
ジリリリリ
不意に目覚ましが、望の思考の中断を要求する。カーテンの隙間から漏れる朝陽が、先程より明るさを増している。時刻は7時45分。望が起きる時間になっていた。
「とりあえず仕事に行かなきゃ……」
そう望は自分に言い聞かせ、朝陽を浴びる為にカーテンを勢い良く開け放った。




