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#19 夏の終わり

「お兄ちゃん!」


 自らの叫び声で未来は飛び起きる。


ーーそう、そういう事……。そんな事は絶対にさせない!

 激しい動悸で額には油汗が滲み、呼吸も少し荒くなっていたが、人知れず未来は孤独な決意を胸に秘める。



 今日は花火大会。

良く晴れ、そしてうだる様な暑さでもあった。いつもの様に豪快に寝癖をつけて起きて来る望。テーブルの上には望仕様のアイスコーヒーが既に準備されていた。


 どうしたんだ未来の奴? やけに気が利くな。ま~そんな事より、夕方まで特にする事もないから……、当然やる事は一つっしょ! テレビゲームのスイッチON! さてここからが最初の山場だ。未来は……まだ隣の部屋の掃除の最中だな。よし、我ながらいいタイミングだ。さて前回のセーブは……、これだこれだ。さぁ~て、広大なオープンワールドにダイヴ……、う、未来の奴もう隣の部屋の掃除が終わったのか……。く、来る。掃除機のノズルがすさまじい勢いで前後に反復運動していやがる。くそ、あと一メートル……、五十センチ……、キタ!

望は掃除機のノズルが当たる衝撃に備えてギュッと目を瞑る。

しかしノズルは望を十センチ程それる。そしてそのまま何事もなかったかの様に、掃除機の吸収音が遠ざかる。


 ほんとにどうしたんだ? 未来の奴……。う~ん、まっいっか。さて今度こそダイヴ!


◇ ◇ ◇


夕方

 

「早くしろ、未来。おいてくぞ」

「ちょっと待って」

「まったく」


 浴衣を着ると言っていた未来だが、出てきた姿は白のTシャツにジーンズというラフな格好であった。


「あれ、未来、浴衣じゃないのか?」

「お兄ちゃん、私の浴衣姿期待してたの?」

「あほ抜かせ」

「お兄ちゃん……やっぱり花火大会行く?」

「え、今更何言ってんだ? 権藤さんや選家さん達とも約束してあるだろう」

「そうだよね、ごめん、変な事言って」

「変な奴だな」


 車は大渋滞が予想に難くないので、比良坂駅から躑躅ヶ先駅まで電車で行き、そこから月見山病院まで歩いて十五分程で巴達と合流する手はずであった。


《納涼 阿良川花火大会 二0一六》


 県下で一番の規模を誇る花火大会で、電車も臨時便をフル稼動させていたが、それでも駅は人混みでごった返していた。


「お兄ちゃん……ちょっとお手洗い」

「お前……この人混みの中でそれ言うか」

「だって……」


 そうは言っても行かせない訳には行かないので、結局人混みから少し外れて、望は未来を待つ事にした。



「お前はもうすぐ死ぬ」


 駅の改札を出たすぐの階段の手すりに寄り掛りながら、道行く人々を見るとも無しに見ていた望の横に、いつの間にかあの黒尽くめの男が立っていた。見届ける者は望と同じ様に階段の手すりに寄り掛かり、スーツのポケットからタバコを取り出す。左手で風を遮り右手でライターのスイッチを入れる動作は無駄が無く、タバコを大きく吸い込むと紫煙を吐き出した。


「お前、見届ける者……」

「ああ」

「……俺は死ぬのか?」


 望の背中を冷たい汗が流れる。日は暮れ始めていて体感温度もだいぶ下がったとはいえ、まだ三十度近くはあるはずだが、望は寒気さえ覚えていた。街の喧騒はどこか遠い世界の事で、まるでこの世には望と見届ける者の二人しかいない様な、そんな錯覚が望を包む。


「死は選択肢の一つだ」

「助かるのか」

「お前の選択肢は2つ、このまま死を受け入れるか、ある者に助けてもらうかだ。選べ」


 どこかで鳴くヒグラシの声が、まるでフィルターにかかった様に遠くに聞える。自分の未来を宣告されているのに実感が沸かない。


「考える迄もない、助けてもらえるなら助けてもらうに決まってるだろ」

「未来は変えられるが選択は変えられないぞ」

「どういう意味だ」

「別に。そのままの意味だ。お前の選択結果に向けて全ての事象が動き始めるという事だ。お前が望むと望まざると関わらずな。全ての因果は繋がっている」

「助かる為だ、多少の無理は止むを得ないんじゃないか」

「……わかった、お前の選択を見届けよう」


現れた時と同様、いつの間にか見届ける者は居なくなっていた。


ーーもったいぶった野郎だ。自分が助かる選択肢があるのに、わざわざ死を選ぶやつなんている訳ないだろう。


「お兄ちゃんゴメン。お待たせ」

「ああ、行くぞ」


 人ごみに消える二人を見送る黒い影。その男は真夏であるにも関わらず黒い手袋をしていた。



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