#18 一つの提案
「何してるの、お兄ちゃん?」
巴と出会って三分十四秒で連絡先を交換した未来は、携帯電話をバックにしまいながら望に聞いた。巴と未来が連絡先を交換している間、望も権藤の傍でずーと窓の外を見ていたのである。
「お見舞いに来たのに突っ立っててもしょうがないでしょ」
「だ、だけど……」
望と未来のやり取りを見ていた巴が
「あっ、ごめんなさい。権藤さん、喉を怪我されてて喋れないんです。言ってませんでしたよね?」
「ハハ、初耳です……」
巴が権藤に筆談用のボードを渡し、改めて望と権藤の会話が始まった。
《権藤といいます。危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございます》
「いえ、たまたま通りかかって当たり前の事をしただけす」
《それでも助けて頂いた事に違いはありません》
権藤が筆談という事もあり、巴と未来の様にトントン拍子で話が進むという訳では無かったが、それでも二人の間にも微かに意思疎通の細い糸が繋がった様に見えた。
《事故の影響で事故前後の記憶を無くしまして》
「伺っています。大変でしたね」
《失礼ですが、私の事を何かご存知ですか?》
「すみません、私も事故当時のあなたの事しか存じ上げていません。お力になれず申し訳ありません」
《いえ、謝罪して頂く筋の事では。では事故当時の事を教えて頂けますか?》
望は出来るだけ客観的に事故当時の事を説明したが、権藤の中で記憶回復の糸口になりそうなものは見当たらなかった。
《ありがとうございます》
そう書き終えると明らかに落胆した様子の権藤を見て、望も何か力になりたいと思う様になった。
「一緒に花火……観に行きませんか?」
望の背後でふいに未来の声が聞こえた。
「え”?」
慌てて振り向いた望を見つめながら
「兄もきっとあなたの力になりたいと考えていると思います」
ーーこいつ絶対に俺の心の中、透えてる……
この提案に権藤も驚いていた様だが、やがて微笑に変わった。巴も初めてみる権藤の笑顔であった。
《私なんかが一緒でご迷惑ではありませんか》
「花火はみんなで見た方が楽しいですよ。それに環境が変われば何かを思い出すかもしれませんし」
望がそう付け加えた。
《ありがとうございます。喜んでお伴させて頂きます》
そう書かれたボードを見た未来は
「よし、決まり!」とガッツポーズを作った。
「そういう事なら権藤さんの外出許可は任せて下さい。必ず取り付けておきます」
素人の望と未来はそんな物が必要である事を知らなかったので、巴の存在に改めて感謝した。
◇ ◇ ◇
「……しかし毎度の事ながら、お前のする提案は別次元のそれだな」
「何よ、お兄ちゃんだって何かしてあげたいって思ってたくせに」
「そう、それ。未来、正直に言いなさい。俺の心の中、透えてるんだろ?」
帰りの車中、半ば真剣に心を詠まれていると疑っている望は、未来に問い質した。
「何バカな事言ってんの? そんな事出来る訳無いじゃない」
「本当にホントだな? 勝手に人の心の中、透るのは犯罪だぞ」
別に犯罪では無いが、それだけ心の中を詠まれるとまずい妄想をしているのだろう。
「しかし兄妹水入らずの花火大会が、権藤さんも一緒とはな。まっ、当初の予定通り三人になるって訳か」
「三人って?」
「え?」
「巴さん達も一緒なんだけど、まずかった?」
「…………。」
いきなり無言でうつむく望。
「…………未来っ!!」
「な、何よ急に。……ごめんなさい、相談もしないで勝手に決めて。許して下さい」
望の血相に驚いた様に、未来が小さくなって素直に謝る。
「おやじ、おふくろ! この愚妹が人生最大のグッジョブをかましてくれました! ありがとう、この世の全てにありがとう!」
望は完全に崩壊した。
「もう何よ! やっぱり嬉しかったんじゃない。鼻の下伸ばして。バカ、エロガッパ!」
生まれて初めて、望に本気で叱られると勘違いした未来は、まだ動悸が収まらない胸を押さえて半分涙目で悪態をついた。