#17 約束
「お兄ちゃん小腹がすいたよ」
「お前の小腹は見境なしだな」
両親の墓参りを終えた二人は、未来の小腹の為に近くのレストランでお茶をする事にした。かつて望が不審者扱いされたメイプルで。
エアコンの効いた店内は、ランチタイムのピークも終わった様で客も疎らであった。二人は玄関とドリンクバーの双方に一番近いテーブルを陣取ると、望はドリンクバー、未来は季節のフルーツパフェを注文し良く冷えたお冷を飲み干した。
「もう一つ寄りたいところがあるんだけど」
季節のフルーツパフェの大きなマンゴーを一口で頬張る未来に、若干引きながら望は提案した。
「お見舞いでしょ」
「……絶対に俺の心の中、透えてるよな」
「そんな訳無いでしょ。それはいいけど、私も一つお願いがあるの」
「お願い?」
「明後日の阿良川の花火大会に行きたいの」
「兄妹でか?」
「本当は家族三人で行きたかったけど、お母さんと約束する前に……」
アイスを頬張る未来の手が止まり、手で顔を隠す様にうつむく。
「い、いいよ、行こう。約束だ。たまには兄妹でデートするか」
「その言い方ちょっとキモい」
「キモいって……お前が急に落ち込むから俺が気を利かせて……」
「落ち込む? なんで?」
「なんか手で顔を隠すようにしたじゃないか」
「ああ~、アイスが冷たすぎて、こめかみにきてたの」
ピンポ~ン!
「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか? 四名様ですね、かしこまりました。お煙草はお吸いになられますか? はい! ではあちらの窓側のお席にどうぞ!」
「……さてと、そろそろ出るか」
「待ってよ、まだ食べ終わって無いんだけど……ね~、なんで怒ってんのよ!」
会計を済ませ出て行く望。未来はパフェグラスに残っていたフレークとマンゴーソースを慌てて口の中に頬張ると、急いで兄の後を追った。
◇ ◇ ◇
月見山総合病院
ここは看護師の巴が勤め、記憶喪失の権藤が入院する市内で一番大きい総合病院である。
三五五号室
特殊な患者用の個室で、現在は権藤が使用している。望は部屋の前で立ち止まりドアをノックした。しかし返事が無い。
巴とのメールのやり取りで、今日お見舞いに行く予定を伝えていたはずなので、不審に思った望はそっと病室のドアをあけた。ベッドには喉と額に包帯を巻いた権藤が、半ば開け放たれた窓から外を眺めていた。
「い、居た!」居るのは当たり前なのだが反射的に声をあげた望を、未来が後ろから蹴飛ばす。
「い、痛た!」おしりの辺りをさすりながら振り返ると、未来が無言で前に行くように目で促した。
「ど、どうも、初めまして。二又瀬といいます」
未来に後押しされ望は自己紹介をするが、男は無言で窓の外を見つめたままであった。しばらく気まずい沈黙が辺りを支配していたが、その沈黙を一人の乱入者が吹き飛ばした。
「あ、二又瀬さんいらしてたんですか。すみません、ちょっとナースコールで呼ばれていたもので」
勢い良くドアを開けて部屋に入ってきたのは巴であった。
「えっと……彼女さんですか?」未来を見つけた巴が望に聞いた瞬間
「ち、違います。妹です」と未来が慌てて否定した。
「あ、ごめんなさい。そういえば妹さんと来られるかもっておっしゃってましたよね。あっ、目の辺りがそっくり! 私、選家 巴っていいます。よろしくね!」
「二又瀬 未来です。いつも兄がお世話になってます」
「やだ、お世話だなんて。それより私の事は巴って呼んで下さいね」
「はい巴さん、私の事は未来って呼んで下さい」
五二秒
巴と未来が仲良くなるのに要した時間である。その間、望は完全に放置プレイで、権藤はずーと窓の外を見ていた。